3-14:「そんなのウソだ! 」
3-14:「そんなのウソだ! 」
「そんなのウソだ! 」
満月のその言葉を聞いた瞬間、星凪はそう叫びながら立ちあがっていた。
そして、怒りに満ちた表情で満月のことを睨みつけ、怒鳴りつける。
「お前は、ウソをついてるんだ! あたしとお兄ちゃんを邪魔しようとして! あたしからお兄ちゃんを盗ろうとしてる! だから、そんなウソをつくんだ! 」
怒りを隠すことなく叫ぶ星凪を、満月は落ち着いた、静かな瞳で見返した。
その姿を見て、星凪は「ぅぐっ!? 」と言葉に詰まったようなうめきごえをあげる。
「丈士さんにとっても、星凪ちゃんにとっても、ショックだったと思います。……ですが、わたしはウソを言っていません」
「……っ! 」
満月のその言葉に、星凪はまた怒鳴り声をあげようとして、言葉にできず、逆に怯んだようにたじろいだ。
星凪を見つめる、満月の真っすぐで落ち着き払った視線が、満月の言葉が真実であると、少なくとも満月はそう考えているということをはっきりと主張しているからだ。
星凪は何かを言おうとして、何も言うことができず、やがて、悔しそうな顔をする。
それから星凪は、今度は丈士の方を睨みつけた。
「お兄ちゃんも、何か言ってやってよ! 」
星凪にそううながされた丈士は、半ば呆然としたまま星凪の方へ視線を向け、それから、満月の方へと視線を向けた。
「今までは、なんともなかったんだ」
やがて、丈士は、抑揚のない声で何とか話し出す。
「今まで、星凪とはずっと一緒だった。……普通に、暮らしていたんだ。そん時は、何にもなかったんだ。……やっぱり、何かの間違いなんじゃないですか? オレが倒れたのは、ぜんぶ、あの幽霊たちの仕業でしょう? 」
その丈士の言葉を聞いて、満月は辛そうな、申し訳なさそうな表情を見せる。
だが、すぐに満月は首を左右に振り、丈士の言葉を否定した。
「あの霊たちが丈士さんから生命力を吸い取ったのなら、状況はもっとひどいことになっていたはずです。もしそんなことができれば、霊たちの力はもっともっと強くなっていたでしょう。そうなれば少なくとも、わたしの力では丈士さんも星凪さんも助けられなかったはずです。……それに、丈士さん。ここ最近、疲れが取れないと、そうおっしゃっていましたね? 」
「あ、ああ。確かに、そうだったけど……、けど、実家にいたころは、本当になんともなかったんだ」
「新しい場所に住んでいろいろあったことや、星凪ちゃんが力を使うようなことが重なった結果、そういった症状があらわれたのだと思います」
満月は丈士の疑問にすぐにそう答えたが、丈士は簡単に納得することはできなかった。
「……分かりました。でしたら、星凪ちゃん。少し、試してみてください」
丈士からは疑いの視線を向けられ、星凪からは怒りの視線を向けられた満月は、何かを決心したかのように息をつくと、そう言って星凪の方を見上げた。
「今から、わたしに星凪ちゃんの力を使ってみてください。いつものように抵抗したりはしませんから、どうぞ、お好きなように」
そして満月は、挑発するような不敵な視線を星凪へと向ける。
「……やってやろうじゃないの! 」
すでに怒りで理性を失っていた星凪は、その満月の挑発に簡単にのった。
「お、おい、星凪、よせっ」
丈士が星凪を止めようとした時にはもう、星凪は満月に向かってその力を使っていた。
星凪はまず、満月を空中に持ち上げ、それから、壁に叩きつけるように押しつけていた。
そして星凪は満月に向かって飛びかかり、両手をその首筋にかける。
「コロしてやる! お前なんか! オマエナンカ! 」
星凪の全身をどす黒いオーラが包み込み、満月の首をつかんだ手に力がこもった。
霊体であり、実体を持たないはずの星凪だったが、今の星凪の手はまるで実体を持っているかのように、満月の首を絞めつける。
満月が、小さく苦悶の声を漏らした。
だが、満月は、宣言したとおり抵抗しないつもりであるようだった。
丈士にも、満月の首が絞めつけられる、満月の骨格がきしむ音が聞こえるような気がした。
「せ、星凪ッ、いい加減にしろっ! 」
このままでは、本当に星凪が満月を絞め殺してしまう。
そう思った丈士は、星凪を止めようと、立ち上がりながらそう叫んでいた。
だが、丈士の視界は、ぐにゃりと歪む。
そして、立ち上がろうとしたが、全身に力が入らなかった。
「なっ、なん……、でだっ……!? 」
丈士はそんな戸惑いの声を漏らしながら、ベッドの上から転がり落ちた。
何とか床に手をついて顔面からフローリングに突っ込むことは避けることができたが、丈士は倒れ、そして、その状態からもう、身じろぎもすることができなかった。
「おっ、お兄ちゃん!? 」
その音に気づいた星凪は振り返って、ベッドから転がり落ち、そしてピクリとも動かない丈士の姿を見て、悲鳴をあげた。
同時に、星凪の手は満月の首筋から離れ、満月を空中に持ち上げていた星凪の霊的な力も解消される。
星凪から解放された満月はそのまま壁伝いに崩れ落ち、苦しそうに何度も咳き込んだ。
「そんな……、どうして……? 」
星凪は、倒れた丈士と、咳き込んでいる満月のことを呆然としたまま見比べ、それから、ショックと恐怖で焦点の定まらない瞳で、自身の両手を見つめ、その場に立ちつくした。




