3-10:「霊たち:2」
3-10:「霊たち:2」
丈士は、必死になってこの場から逃げ出す方法を考えた。
だが、何も思い浮かばない。
(占いの通りにしときゃ、良かった! )
丈士は、そう後悔したが、どうすることもできない。
ゆかりという少女が占いで言っていたように、護身用のお守りなどを持ち歩いていればこんな状況に巻き込まれずに済んだか、巻き込まれていてもその力で何か対処する方法があったかもしれない。
「アンタにも、味あわせてやるよ。……俺たちの受けた苦しみってやつをな」
焦りの表情を浮かべる丈士の姿を見て、サラリーマンの霊はその口元に笑みを浮かべ、そして、彼の言葉を合図としたかのように、3人の霊たちは一斉に包囲網を狭め始める。
正面に、サラリーマンの霊。
左側には、女子高生の霊。
右側には、若い男性の霊。
背後は、鉄道の線路。
ホームの端に追い詰められた丈士たちには、逃げ場はなかった。
「くそっ、下がってろ、星凪! 」
丈士はせめて妹の星凪だけでも守ろうとそう言い、自身の身体でかばうようにする。
だが、そんな丈士の身体をすり抜け、星凪は霊たちの前に、丈士を守るように立ちはだかっていた。
「お兄ちゃんには、手は出させない」
星凪は、その全身に黒いオーラを身にまとわせ、その黒髪をふわりと浮き上がらせながら、低い声で言う。
そして、星凪は叫び、その手を頭上に振り上げた。
「だって! お兄ちゃんは、あたしのモノなんだから! 」
星凪が振り下ろした手からは、衝撃波が放たれていた。
霊的な力を集中させて、ただ、標的に放つだけの単純な技だ。
「ぐぎゃっ!? 」
だが、そんな反撃をされるとは思っていなかったのか、星凪の正面にいたサラリーマンの霊は、そんな奇妙な悲鳴をあげながら吹き飛ばされていた。
サラリーマンが星凪に吹き飛ばされる姿を見ると、女子高生の霊と若い男性の霊は、それぞれ叫び声をあげながら一斉に星凪に向かって行った。
霊的な力を持たず、異界においては霊たちから一方的に攻撃されるだけの丈士と違って、霊体である星凪には霊を攻撃できる力がある。
霊たちにとって、星凪は脅威と映ったようだった。
「このっ! 2人がかりなんて、ズルいわよ! 」
星凪は怒ってそう言いながら、ナイフを振り上げて襲いかかって来た女子高生の霊を衝撃波で吹き飛ばし、つかみかかって来た若い男性の霊から身をかわす。
戦い慣れていないせいでぎこちない動きではあったものの、星凪は、自分や丈士を守るために必死だった。
「よせっ、星凪! 」
そんな星凪に向かって、丈士は叫んでいた。
「オレのことはいい! お前だけでも、逃げろ! 」
「バカ言わないでよっ、お兄ちゃん! 」
丈士に叫び返した星凪は自身につかみかかって来た男性の霊を振り払い、蹴り上げながら、振り返りざまに女子高生が振るってきたナイフをかわして再び手の平から衝撃波を放って女子高生の霊を吹き飛ばす。
「逃げるなら、一緒! 」
そう言いながら星凪が振り返った時、丈士と星凪の目の前には、何とか逃げ出せそうな道ができていた。
若い男性の霊はよろめいた状態から体勢を立て直したばかりで、女子高生の霊は星凪に吹っ飛ばされて距離がある。
サラリーマンの霊の姿は、よほど遠くまで吹き飛ばされたのか見当たらない。
今なら、逃げ出せる。
「おっ、おう! 」
本来なら兄である自分が星凪を守らなければならないはずなのに、自分の方が守られた。
そのことに悔しさを覚えながらも、丈士は星凪に向かってうなずくと、全速力で駆け始める。
(今は逃げて、とにかく、どこかに隠れる! そして、時間を稼ぐ! そうすりゃ、きっと、満月さんが来てくれる! )
丈士は駆け出しながらそんなことを考え、必死にどこに隠れればいいかを考えていた。
だが、唐突に、丈士の視界がぐにゃりと歪む。
「あ……れ……? 」
丈士の足がもつれ、丈士はその場に両手をついて四つん這いになっていた。
視界が歪み、かすんでいるだけではなかった。
自身の身体に、まったく力が入らない。
筋肉はまるで収縮する方法を忘れてしまったかのように頼りなく、丈士は今の姿勢を保っているだけでも精一杯だった。
「なにが、どうなって……? 」
「お兄ちゃん!? どっ、どうしたのっ!? 」
丈士には、血相を変えて心配そうに自分の顔をのぞき込んでくる星凪の顔を見返すのが、精一杯だった。
自分に、何が起こっているのか分からない。
どうして、突然、全身に力が入らなくなってしまったのか。
それも、この、危険な状況で。
「へへへへっ、捕まえたぞぉっ」
丈士が戸惑っていた時、突然、丈士の足を、冷たい何かがつかんでいた。
視線を向けると、そこには、いつの間にか丈士の背後へ、線路側へと回り込んでいたサラリーマンの霊の姿があった。
サラリーマンの霊は、虚ろな視線を丈士へと向けながら、強烈な力で丈士を線路の方へと引きずり始める。
「お前も、電車にひかれてシね! ぐっちゃぐちゃのバラバラになって、飛び散ってシね! ガハハハッ! 」
丈士は必死にそのちからに抗おうとしたが、今の丈士には、どうすることもできなかった。
「お兄ちゃんッ! ……あっ、このっ、放せっ! 」
星凪は丈士を救おうとしたが、その星凪の背後に近寄っていた若い男性の霊が背後から星凪を羽交い絞めにしてその身動きを封じていた。
そして、拘束を解こうと暴れる星凪にナイフを突き立てようと、女子高生の霊がナイフをかまえてゆっくりと距離を詰めていく。
「星凪ッ! くそっ、何で、動かないんだよっ!? 」
丈士は星凪を助けようと全身に力をこめようとしたが、やはりだめだった。
丈士の身体はふにゃふにゃで、少しも力が入らない。
どうすることもできない間に、丈士はホームの端からほとんど落とされかけていた。
「ひひッ! イヒヒヒヒッ! 」
ホームの下では、サラリーマンの霊が狂ったような歓喜の笑みを浮かべている。
丈士は必死にホームにしがみつこうとしたが、霊の力によってずるずると引きずられていく。
そして、線路の向こうから、再び電車がやって来る地響きが聞こえてくる。
ライトが見え、そして、電車の運転席に座っている、ぼんやりとした影のようにしか見えない運転手が、警笛を何度も鳴らした。
(チクショウ! せめて、星凪だけでもっ! )
丈士はそう強く祈ったが、それは叶いそうもない願いだった。
やがて、丈士の手はとうとうホームから離れ、丈士は電車が滑り込んで来る線路へと転落してしまう。
丈士がその瞬間に聞いたのは、星凪の必死な叫び声と、サラリーマンの霊の勝ち誇ったような笑い声、そして、これまで聞いたことのないほど透き通った涼やかな鈴の音だった。
(鈴……? )
そう思った瞬間で、丈士の意識は途切れた。




