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妹でもヤンデレでも幽霊でも、別にいいよね? お兄ちゃん? ~暑い夏に、幽霊×ヤンデレで[ヒンヤリ]をお届けします!~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第三章 「ゴールデンウィーク」

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3-6:「怪異:2」

3-6:「怪異:2」


「星凪! よけろ! 」


 丈士は星凪に向かってとっさにそう叫びつつ、恐怖と焦りを感じながらも少女の霊が振り下ろすナイフの切っ先の行方を、冷静に見極めていた。


 霊が振るったナイフは、ポケットにでも隠しておけるほど小ぶりなものだが、諸刃で、相手を傷つけ、場合によっては命をも奪うことができるものに見えた。


 だが、稚拙ちせつな攻撃だった。

 霊はナイフなど自分ではほとんどあつかったことがないのか、間合いもデタラメで振りも遅く、その軌跡も、どこを狙っているのかはっきりとしない曖昧あいまいなものだった。


 だから、よけることはたやすかった。

 丈士は身体を半身にして傾けることで霊のナイフから逃れ、すぐにまた、どんなふうにでも動けるような体勢を整える。


 そのナイフが、どうして少女の腹部に突き刺さっていたのか。

 霊の攻撃が、実体を持つ丈士に、あるいは霊体である星凪にどんな結果をもたらすのか。

 そのどちらも分からないことだったが、危険を冒してまで確かめることはするべきではなかった。


「アァァァッ! ナンデ! ミンナ! ミテルダケナノヨォ!! 」


 霊はそう叫ぶと、今度はナイフを両手で持ち、下腹部のあたりにかまえて、丈士の腹部に突き刺すべく突進してきた。


 だが、丈士には対応する準備ができている。

 すばやく身をかわした丈士は少女の霊の背後へとすり抜けることに成功していた。


 丈士はふたたび身構え、霊はゆらりと身体を揺らしながら丈士の方を振り返る。

 ちょうど、さきほどまでの丈士と霊の位置が入れ替わったような形になっていた。


「星凪! 逃げるぞ! 」

「……うっ、うん! お兄ちゃん! 」


 攻撃をよけることはできるが、しかし、丈士に霊と戦う力はない。

 今は逃げるべきだと判断した丈士はきびすを返して駆け出し、一瞬遅れて星凪も丈士のあとを追った。


────────────────────────────────────────


 玄関でもどかしい思いをしながら靴を履き、廊下に出た丈士は、背後を振り返ることなく一目散に廊下を走り抜け、階段を駆け下りていた。


 満月がいるはずの稲荷神社に向かって逃げようとしたが、しかし、そちらの方にはすぐに壁のようなものがあって、それ以上進むことができない。

 振り返った丈士は、自分をちゃんと星凪が追いかけてきているということを確認して、駅前商店街がある方向へ向かって走り出した。


 少女の霊が追って来るかとも思ったが、しかし、その気配はない。

 霊はタウンコート高原の2階の廊下から、走る丈士のことを見おろしていた。


 その口元には、どういうわけか笑みのようなものが浮かんでいて、丈士はゾっとしたが、今は逃げて時間を稼ぐために走り続けた。


 以前、202号室の霊の怪異に巻き込まれた時、異界の広さはアパートの一部を囲む程度に過ぎなかったが、今回の異界は、かなりの広範囲に及んでいた。

 走っていればそのうち何かに突き当たるだろうと思っていたのだが、異界は駅前商店街の近く来てもまだ続いていた。


 人の姿は1度も、車の姿だって見かけなかった。

 明かりのない、不気味な静寂に包まれた夕暮れ時の街の中を、丈士は自身の影を追うように走り続けた。


 やがて、正面に大きな交差点が見えてきた。

 片側2車線の道路が交差する、高原駅の駅前にある、この高原町でいちばん大きな交差点だった。


 同時に、その交差点は、何度も交通事故が発生することから、地元では[呪われた交差点]として知られている場所でもあった。


 きちんと信号機が設置されているし、見通しも街中ではあるがそれほど悪くはない。

 近くには、交番も設置されている。


 そんな交差点なのに、年に数回、事故が起きる。

 それも、そのほとんどが自動車と歩行者がからむ事故だった。


(アレ? これって、マズくね? )


 そこまで思い出した丈士は、交差点の手前で一度立ち止まって、警戒するように周囲を見回した。


 あの少女の霊からはなるべく遠くに逃げたかったし、駅前商店街まで逃げ込むためには、この交差点の横断歩道を渡るしかない。

 だが、地元で[呪われている]などという場所を、霊が起こした怪異の中で、現実世界のものとは異なる場所である異界の中とはいえ、通り抜けるのは危険ではないのか。


 そう思った丈士は、目と耳をこらし、意識を集中して周囲を確認したが、何か変わったところは何もなかった。


「お兄ちゃん、どうして渡らないの? ほら、信号も、もうすぐ変わっちゃう」


 それでも嫌な予感が消えず、周囲を見回し続けていた丈士に、背後を警戒していた星凪が慌てたように信号機を指さした。


 確かに、星凪が言うとおり、目の前で歩行者用の信号機が明滅し始めている。


「お、おう、そうだな。今のうちに渡っちまおう」


 丈士はその星凪の言葉に(いや、ここは異界なんだし、信号とか無視でいいだろ)と呆れつつも、あまり悩んでいる時間がないのも確かなことだったので、信号が変わりきる前に横断歩道を渡ってしまおうと駆け出した。


 その瞬間、丈士の進む先に、ぼんやりとした人影が見えたような気がした。


 それは、おぼろげで、輪郭も色もはっきりとしないものだったが、若い、男性のように見えるものだった。

 そして、その男性は、慌てて横断歩道を渡り始めた丈士のことを見て、笑ったように思え、そして、すぐにその姿を消した。


 男性の霊の姿が、消えた。

 その直後、丈士は、すぐ近くに巨大な質量の気配を察知していた。


 見上げると、そこには1台の大型トラックの姿があった。

 街中で見かけることは珍しい、工事現場などで働いているところを多く見かける、ダンプだった。


 そして、そのダンプは交差点を左折しようとしていて、そのすぐ先に丈士がいた。


(さっきまでは、何もなかっただろ!? )


 丈士は、こんなことありえないと思いつつ、ただ呆然ぼうぜんとして、そのトラックが自分に向かって突っ込んでくることを見ていることしかできなかった。


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