3-4:「異変」
3-4:「異変」
「抵抗しても無駄だよ? お兄ちゃん? 」
「星凪、落ち着け! お前は霊体なんだから! 」
「幽霊だっていいじゃない! そこは想像で補っちゃえば大丈夫だよ! 本で興奮できるんだから、あたしだってオッケー、でしょ!? 」
「よっ、よせっ! いやっ、いやーぁぁぁぁっ!! 」
興奮した様子で舌なめずりしながら接近してくる星凪に、丈士があられもない悲鳴をあげた時、2人はほとんど同時に異変を感じ取っていた。
急に、辺りの気温が、数度以上、一気に下がったような感覚がしたのだ。
肌寒いというだけでなく、身体の芯まで冷えるような、そんな冷たい感覚。
「お、おい、コレって……? 」
その感覚に身に覚えがあった丈士が星凪にそう確認すると、星凪も丈士と同じことを考えていたのか、周囲をきょろきょろと見まわしていた。
「チッ。もう少しのところで……! 」
それから、憎々しげな表情でそう呟くと、星凪は丈士から離れ、丈士にかけていた金縛りを解除した。
解放された丈士は内心でほっとしつつも、周囲を覆う冷たい感覚に、険しい表情を作る。
「これって……、異界、だよな? 」
「うん。……あの、薙刀オンナの時とは違う。霊が作ったモノだと思う」
星凪は丈士の問いかけにうなずいてみせると、いつの間にか、いつものセーラー服姿に着替えていた。
「お兄ちゃんも、服を着て? その間に、あたし、周りを見てくるから」
「お、おう。分かった! でも、星凪、あんまり遠くに行くなよ? 何が起こってるのか分からないんだから」
「分かってるよ、お兄ちゃん」
丈士の言葉にうなずくと、星凪は壁をすり抜けて消えていった。
それから、丈士は急いで風呂から出ると、身体をふき、服を着る。
それでもやはり、肌寒い感覚は消えなかった。
(やっぱり、また、異界だ! )
そう確信した丈士は、急いで部屋の中を確認する。
普段と一見、何も変わったところのない部屋だったが、試しにテレビをつけてみても[受信できません]というメッセージが表示されるだけだったし、窓から外を見ると、見慣れた街並みには誰1人として姿がない。
そして、よく見ると、その街並みには違和感があった。
全体としてはもっともらしく見えるのだが、その細部を意識すると、微妙に違うというか、曖昧でぼやかしたようになっている部分がある。
そこが、現実世界でないことは確かであるようだった。
(202号室の、あの幽霊の仕業か? )
丈士はまずそう思ったが、その可能性はすぐに捨てた。
202号室の幽霊は、満月の手によって確かに除霊されているはずだったし、丈士はその場面に居合わせ、霊が消滅していく様をこの目で見ている。
加えて、202号室では満月がお祓いも行い、除霊は確実に行われている。
(そう言えば、満月さんが、「最近、急に幽霊関係の依頼が増えた」って言ってたな)
この異界を生み出しているのは、202号室とは別の幽霊である可能性が高かった。
だが、どうして、丈士と星凪が巻き込まれてしまったのか?
また星凪が何かやったのかとも思ったが、今回の星凪は丈士にずっとつきまとっていたので、他の霊を怒らせるようなことをしている余裕はなかったはずだ。
「星凪! 星凪、どこだ!? 」
「ここだよ、お兄ちゃん! 」
丈士が呼びかけると、壁をすり抜けて星凪が姿をあらわした。
無事に戻って来た星凪の姿にほっとしつつ、丈士は星凪に急いで「どうだった!? 」と確認していた。
「多分、あたしたちまた、異界に取り込まれちゃったんだと思う。だけど、202号室には何もなかったから、前の幽霊とは別の霊の仕業だと思う。あと、取り込まれちゃっているのは、あたしたちだけみたい」
「そ、そうか。……しかし、どうして、オレたちだけが? 」
丈士はその場で腕組みをして、考え込んでしまう。
というのも、今回、いきなり異界に取り込まれてしまったが、その理由に少しも見当がつかなかったからだ。
それに、タウンコート高原には丈士たち以外にも住人がおり、そういった住人たちはこの異界に巻き込まれていないというのが、不思議だ。
「どうする? お兄ちゃん」
明らかに異変が起こってはいたが、星凪は落ち着いた様子だった。
すでに異界は1度経験済みであるということもあるし、何より、兄の丈士と一緒であるということもある。
「とりあえず、今はこの部屋から動かないでおこう。……また、満月さんが助けに来てくれるかもしれないし、ヘタに移動するより合流しやすいはず」
丈士も、星凪がいるおかげでかなり冷静なままでいることができた。
「了解。お兄ちゃん」
星凪は満月の名前を聞いて少しだけ不満そうな顔をしたが、今はそれが最善手であることを理解できたのだろう。
丈士に向かってうなずいてみせると、大人しく丈士の方針に従ってくれるようだった。
「とりあえず、何か寒いし、毛布にでもくるまっとくか」
「ん。あたしは平気だけど……、そうした方がいいかもね」
今は、動かないで助けが来るのを待つ。
そう決めた丈士と星凪は、2人並んでベッドに腰かけ、じっとしていることにした。
だが、2人はその場に長くとどまっていることはできなかった。




