3-3:「ゴールデンウィーク」
3-3:「ゴールデンウィーク」
星凪や幽霊との騒動でいろいろゴタゴタがあり、季節はいつの間にか、4月末になろうとしていた。
明日から、4月末から5月の初めまで公休日が連続する、いわゆるゴールデンウィークが始まる。
社会人ならそうもいかないのだろうが、公立の大学に通っている丈士は、ゴールデンウィーク中の公休日はすべて休みとなっている。
間に挟まるわずかな平日は休みではないが、ゆっくりできるということは間違いなかった。
大学で新しくできた友人たちの中には、サークル活動やバイトで忙しい、という者もいたが、丈士はまだそのどちらの予定もない。
幽霊関係の出来事でそういったことに注意を向けることが難しかったからという理由だ。
もっとも、生活費や学費などに充てるためバイトについてはなるべく早く決めなければならず、なるべく近場でバイト先を探し、話が決まっているものもある。
駅前商店街近くの出店のアルバイトで、ゴールデンウィーク中は忙しくて教育する暇がないからという理由で、ゴールデンウィーク明けからお試しで入ってくれということで話がまとまっていた。
(さて。長い休み、どうするか)
丈士はそんなことを考えながら、風呂に入っていた。
シャワーで済ますことも多いのだが、満月に心配されたこともあるし、ゆっくり湯につかれば疲れもとれるだろうと考えたからだ。
悪くない気分だった。
あの霊能アイドル、満月の後輩のゆかりという少女の占い番組によると、今日の丈士の運勢は「最悪」で、[信頼できる神社やお寺でもらったお守りを肌身離さず持ち歩くべき]などと、半ば脅迫されているような内容だったが、特に悪いことも起こってはいないし、何事もなく1日が終わろうとしている。
(おふくろから、一度帰って来いって、言われてるしな)
こちらでずっとゆっくりしていても良かったのだが、丈士は数日前に母親から電話をされていて、今度の連休には実家に帰って来いと言われている。
慣れない土地での新生活、ちゃんとやれているかどうかを、直接報告しに来いというのがその目的であるらしかった。
バイトで補う予定ではあるものの、丈士の学費や生活費は実家からその多くが出されている。
そういった手前、親の要請を無視するわけにもいかなかった。
「なぁ、星凪。実家に帰るとしたら、いつ頃がいいと思う? 」
丈士の入浴中に、それがさも当然の権利であるかのように、壁をすり抜けて浴室に侵入してきた星凪のことをちらりと見た後、丈士は肩まで湯につかりながらそう聞いていた。
そんな丈士に、スクール水着姿の星凪は不満そうな顔をする。
「なによ、お兄ちゃん! せっかくサービスしてあげてるのに、リアクションが薄い! 」
「そりゃ、毎日のように風呂に乱入されちゃぁな」
丈士の反応がご不満である様子の星凪に、丈士は肩をすくめてみせ、それから丈士はいぶかしむような視線を星凪へと向けた。
「てか、前から聞こうと思ってたんだが、なぜスク水?」
「だから、サービスだよ、サービス! お兄ちゃん、好きでしょ? こーいうの! 」
すると、星凪は少し得意そうな顔になり、自分のスク水姿を丈士に見せつけるように、空中で身体をくるりと一回転させてポーズを決める。
(オレが、好きだから……? だから、スク水? )
その間、星凪の言葉の意味を考えていた丈士は、あることに気づいてはっとする。
「まっ、まさか、お前!? お、お、お、オレのベッドの下、見やがったな!? 」
「ええ、そりゃぁ、見ましたよ」
慌てる丈士に、星凪は不敵な笑みを浮かべる。
「大体、あんなお見通しのところに隠すなんて、お兄ちゃんは油断し過ぎだよ? 」
「くっ! お、お前以外に、気づいているのは……? 」
「う~ん、お母さんは気づいてそうだったけど、見て見ぬふりをしてたかなぁ。だけど、安心して? お兄ちゃん。もう、誰かに見られるような心配はないから」
隠しごとがバレバレだったことに焦って取り乱していた丈士は、星凪の言葉にいぶかしむような視線を向けた。
「どういう、ことだよ? 」
そんな丈士に、星凪は笑顔を向ける。
だが、それは、冷たい、影のさした笑顔だった。
「だって、あたしがみ~んな、処分しちゃったもの」
「な、何だってぇっ!!? 」
丈士はその星凪の言葉で思わず湯船の中から立ち上がりそうになり、慌てて身体を再び湯船の中に沈めた。
星凪は、その丈士の様子を見て「クスクス」と小さく肩を震わせながら笑い、それから、ハイライトの消えた双眸を開いて丈士のことを見おろした。
「だって、お兄ちゃん。……あんなモノ、あたしがいるんだから、必要ないでしょう? 」
「そ、そんなっ、なんてことを! 」
丈士は顔をうつむかせ、両手で頭を抱えた。
「ってことは、何か!? 部活の先輩から譲ってもらった秘蔵のレア本コレクションも、ぜんぶパーってことか!? ……チャンスがなくて、まだ見てないやつもあったってのに! 」
「うふふ。……安心してよ、お兄ちゃん」
悔しさでいっぱいだった丈士だったが、その星凪の言葉で、今はそれどころではないということを思い出して、星凪の方を見上げ、その表情を見て「ヒッ!? 」と小さく悲鳴をあげた。
遠くの故郷で失われてしまった秘蔵本よりも、今は、目の前のヤンデレの方が問題だった。
星凪は、丈士を見おろしながら、怪しく微笑んでいる。
光の失われた暗い瞳の奥では、抑えきれない丈士への感情が渦を巻き、その頬は紅潮し、危険な色香が漂っている。
「あたしね。本を捨てる前に、勉強したの」
「べ、勉強って、なんだよ? 」
「お兄ちゃんの好み。……知ってる? お兄ちゃん? よく見る本のページって、本に[クセ]がついてそこだけ開きやすくなるから、分かっちゃうんだよ? 」
怯えたような顔の丈士に、星凪はゆっくりと、自身の水着の肩ひもをずらしながら迫ってくる。
「だから……、お兄ちゃんの[好き]なこと、あたしがぜー~んぶ、してあげるね? 」
そうして、今晩も、人としての尊厳を守りたい兄と、そんなものかなぐり捨てたい妹のバトルが始まるのだった。




