2-9:「手当て」
2-9:「手当て」
「ぅぅ……。どうして、こんなことに……」
ようやく冷静さを取り戻したゆかりは、ぶつぶつとそんなことを呟きながら、薙刀の刀身にカバーをかぶせて、安全に持ち運びやすくするための布製の袋の中に薙刀しまっていく。
「星凪、大丈夫か? 」
傷心しているゆかりを横目に見ながら、丈士は、床の上にへたり込んでいる星凪に寄り添うようにして、その腕の傷の様子を確認する。
「うん……。びっくりして、最初はすごく痛いって思ったけど、今はあんまり。変な感じだけど……、ほら、あたし、幽霊だから」
星凪はそう言って気丈(気丈)に笑ったが、薙刀で本気で切りつけられた恐怖からか、その表情は青ざめたようになっている。
叫び声をあげながらゆかりに向かって行ったのも、本当は、恐怖で[そうせざるを得なかった]からかもしれなかった。
「うわっ。コレ、生身だったら、縫うようなケガじゃないですか」
丈士の横から星凪のケガの具合をのぞき見た満月が、痛々しそうな表情になる。
「満月さん。何か、してやれることはありませんか? 」
「あっ、はい、そうですね……。幽霊ですし、安静にしていれば大丈夫だとは思いますが……、とりあえず、私の家まで来ていただければ、何か使えるものがありませんよ」
「そうですか! なら、ぜひ、お願いします! 」
星凪のケガのことを話している丈士と満月の背後で、薙刀をしまい終わった満月は、愕然としたような視線を丈士へと向けていた。
「満月さん……、だと? 」
ショックを受けたように呟くゆかりの言葉は、丈士たちには届かない。
「さて。……それじゃ、ゆかりちゃん? そろそろ結界を解いてもらえますか? 」
「……。分かり、ました」
やがてゆかりの方を振り返ってそう言った満月に、ゆかりは、なぜかとても悔しそうな表情でそう答えていた。
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ゆかりが結界を解き、辺りには元通りの喧騒が戻ってきていた。
202号室の幽霊が作り出した[異界]のように、禍々(まがまが)しい雰囲気はなかったものの、ゆかりが作り出した[結界]によって、丈士たちは現実世界から確かに隔離された状態になっていたようだった。
「……私、認めませんから」
後始末を終えたゆかりは、星凪のことを10秒ほど、そして、丈士のことをなぜか30秒ほどたっぷりと睨みつけてからそう言い、スタスタと歩き去って行った。
問答無用で丈士たちに襲いかかった手前、これ以上一緒にいることは気まずかったのだろう。
実際、丈士としても、ゆかりには良い印象を持っていなかった。
満月に認められるほどの確かな霊能力を持ち、霊能アイドルとしてテレビやラジオに出演するほどに愛らしい少女とはいっても、自分自身の妹を傷つけようとしたことには変わりがない。
ゆかりと別れたあと、丈士たちは満月の自宅へと向かった。
「さ、遠慮せずにあがってください。どうせ、わたし以外には誰もいませんから」
「おじゃまします」「……します」
玄関を開き、丈士と星凪を笑顔で招き入れた満月に、丈士はぎこちなく、星凪はやや警戒するような様子でそう言いながら、家の中へとあがらせてもらう。
見た目も中身も近代的にリフォームされてはいたが、満月の自宅は、古くに建てられたものをそのまま使っているようだった。
丈士たちの実家も江戸初期から続く農家で、家は古くに建てられたものに手を加えながら住んでいたから、その雰囲気と少し似ている。
満月は2人を和室の客間へと通すと、奥の方に消えていった。
丈士と星凪は和風の背の低いテーブルを挟んで座りながら、周囲をきょろきょろと見まわしながら満月が戻ってくるのを待つ。
自分以外に誰もいない、と満月は言っていたが、どうやらそれはかなりの長時間、そうであるようだった。
満月との会話で、何となく父親とは一緒に暮らしているのだろうなと丈士は思っていたのだが、どうやらその父親は忙しいらしく、家に戻ってくることは少ないようだ。
そこが客間だからかもしれなかったが、そこは小ぎれいで、少し生活感に欠けるような場所だった。
「すみません、お待たせしました」
やがて満月が戻ってくると、その手にお札のようなものがあるのを目にして、星凪は警戒するように、半ば反射的に立ち上がっていた。
「くっ! やっぱり! 手当てとか言って、あたしを騙すつもりなんでしょう!? 」
まったく満月のことを信用していない視線を向ける星凪に、満月は苦笑しながら、お札を持っていない方の手をひらひらと振ってみせる。
「そんなことしませんって。これは、霊的な力を補充するためのものですから、幽霊に、星凪ちゃんに害はありませんよ」
そんな満月に、丈士は興味ありそうな視線を向けた。
「霊的な力を、補充する? 」
「はい。……霊体の傷を直接治癒するような方法はとりあえずないと思うのですが、その力を補ってやれば、回復も早まると思うんです」
「なるほど。……星凪、良かったじゃないか」
丈士がそう言って笑顔を向けると、まだ疑うような表情ではあったものの、星凪は元の場所にストン、と座って、自身の傷を黙って満月に向かって差し出した。
その態度に苦笑しながら、満月は持ってきたお札を星凪の傷口に張りつける。
「すみません。手当と言っても、これくらいしかできなくて」
「……。でも、なんか、少し楽になったような気がする……」
星凪はそう言うと、憮然とした表情を浮かべる。
だが、すぐに満月の方を振り返ると、軽く頭を下げた。
「その……、ありがと、ございます」
「はい。お役に立てたようで、嬉しいです! 」
その、しぶしぶといった様子のぎこちないお礼に、満月は屈託のない嬉しそうな笑顔を浮かべた。




