2-8:「真剣白刃取り」
2-8:「真剣白刃取り」
丈士は全速力で駆け抜け、そして、ゆかりが薙刀を振り上げ終わり、振り下ろし始める瞬間には、星凪とゆかりの間に割って入っていた。
「何でッ!? 」
ゆかりの表情が丈士の突然の行動に驚き、双眸が見開かれる。
しかし、薙刀の動きは、止まらない。
星凪を確実に除霊するために前進の膂力を使って振り下ろされる薙刀の勢いは鋭く、すぐには止めることができなかったのだ。
そして、薙刀の切っ先は、丈士の顔面へと向かう。
直撃すれば、おそらくは頭蓋骨をも切り裂いて、その傷は脳へと達し、丈士は即死することになっただろう。
だが、その刃が丈士に届くことはなかった。
丈士が咄嗟に伸ばした両手が、ゆかりの振るった薙刀の刀身を左右から挟み止めていたからだ。
それは、文字通り、真剣白刃取りだった。
その場にいた3人は、誰もがこの状況に驚き、何も言うことができなかった。
丈士は、自分が本物の刃を持つ薙刀を咄嗟に受け止めることができたことが信じられなかったし、星凪は、突然割り込んで自分を守ってくれた丈士の姿を呆然と見上げ、ゆかりは丈士の無謀な行動に驚いていた。
「……なっ、なんてこと、するんですか!? 」
やがて、額から冷や汗を流しながら、ゆかりが丈士に向かって叫んだ。
「いきなり割り込んできて! これは、本物の薙刀なんです! 幽霊を救うために自分を犠牲にするだなんて、何を考えてんですか!? 」
「うっ、うるさい! 」
丈士も、緊張と、もしかしたら死んでいたかもしれないという恐怖で冷や汗を流しながら、ゆかりに向かって怒鳴り返す。
「コイツは! 星凪は! 幽霊でも、ヤンデレでも、オレの妹なんだ! ……オレの目の前で妹が消されちまうなんて、もう、絶対に、そんなことはさせねェ! 」
「なに、言ってるんですか!? その人はもう、亡くなってるんですよ! 」
星凪の表情が丈士のその言葉で心底嬉しそうなものとなり、そして、その次のゆかりの言葉で、辛そうなものへと変わる。
「死した者の魂は、行くべきところに行かなければならないんです! そうしなければ、現世でずっと、永遠に! 苦しみ続けることになるんです! 妹さんが大切だというのなら、私の邪魔をしないでください! 」
「ぅっ……ぐッ! それでも、オレはッ! 」
丈士は何かを言おうとして、うまく言葉にできず、その表情が悔しそうに歪む。
「理由も言えないのだったら! そこをどいてください! 」
「はい、そこまでー」
ゆかりが丈士に向かってそう叫んだ時、唐突に、満月の声がした。
いつのまにかこの場に現れ、そして、緊迫したやりとりをしている丈士たちに接近した満月は、ゆかりの背後に立っていた。
そして満月は素早い手つきでゆかりのスカートの端を持つと、思い切り上に向かって持ち上げた。
満月にめくられたスカートがふわりと浮かび上がり、ゆかりの下着姿がほんの一瞬、あらわになる。
色は、紫。
かわいらしいフリルつき。
小柄で華奢な体躯のわりに、ずいぶん、大人びている。
「……ぅっ、うわぁっ!? なっ、何するんですかっ!? イヤっ、見ないでくださいっ!! 」
先ほどまでの冷静で断固とした様子は一瞬で吹き飛び、パニック状態となったゆかりは耳まで赤くしながら涙目であられもない悲鳴をあげていた。
それから、背後を振り返って自身のスカートをめくったのが満月であることに気づいたゆかりは、戸惑ったような声をあげる。
「みっ、満月、先輩!? ど、どうして、ここにっ!? 」
「そりゃ、ゆかりちゃんが薙刀部サボって早退したら、突然、強力な結界が張られましたからねェ。これは、何かあるな、と。学校からすっ飛んできちゃいました」
ゆかりの動揺しまくりの声に、満月は涼し気な顔で答える。
満月は、どうやら部活中に急いでここまで駆けて来たらしい。
丈士も高校時代に剣道部で身に着けていたような稽古着姿だった。
「もう、ゆかりちゃん? 部活サボってまでこんなことして。ちゃんと、説明してくれないと、かわいい後輩でもわたし、怒っちゃいますよ? 」
「そっ、そんなこと言われてもっ! だって、幽霊はっ! 」
「ゆ~か~り~ちゃ~ん~? 」
「ひっ!? 」
満月に反抗するゆかりだったが、本気で怒ったような満月の視線を受けて、小さな声で悲鳴を漏らす。
どうやら、2人の間での力関係は、すでにはっきりとしているようだ。
それからゆかりは視線を丈士と星凪の方へと向け、しばらく逡巡している様子だったが、すぐにうなだれて視線を下へと向ける。
「分かり……ました。満月先輩の、言うとおりにします」
どうやら、丈士も星凪も、見逃してもらえるようだった。
そう、ほっとしたのも束の間。
「ですが! あなたはっ! ここでっ! 殺します! 」
唐突に顔をあげてそう錯乱したように叫んだゆかりが、その全身全霊の力を薙刀こめる。
その目は、グルグルと回っていて、混乱しているようだった。
「ぅっ、ぅおおおおおおおおおっ!!? 」
丈士は薙刀を受け止めている両手に全力をこめたが、ずるり、ずるりと、刃は手の平の中を滑り、確実に丈士へと接近してくる。
助かったと思ったが、丈士にとってのピンチは終わってはいないようだった。
「抵抗しないでください! 見られた以上、始末します! 」
「おっ、お、落ち着けって! ちょっとしか見えてなかったから! 」
「……それって、見えてるんじゃないですかぁっ!! 」
丈士は必死に説得を試みたが、混乱状態のゆかりは聞く耳を持たないようだった。
「コラっ! ゆかりちゃん、落ち着きなさい! 」
結局、満月が背後から手をのばして両手でゆかりの頬をつねって、ゆかりの暴走を止めた。




