2-7:「薙刀(なぎなた)」
2-7:「薙刀」
「タウンコート高原の201号室にお住まいの、百桐 丈士さん。……それと、妹で、幽霊の、百桐 星凪さん、ですね? 」
丈士と星凪の行く手を遮った少女、音寺 ゆかりは、丈士の顔を見て一瞬、険しい表情を見せた後、そう、すでに知っている事実を確認するような口調で言った。
「そう、だけど。……えっと、オレたちに、何の用? 」
「私のことは、知っていますね? こう見えて、霊能力者としていろいろ活動させていただいています」
警戒するようにたずねる丈士に、ゆかりは淡々とした口調でそう言うと、丈士へと向けていた視線を、丈士に引っつくようにしている星凪へと向ける。
「単刀直入に申し上げます。……今日は、そちらの幽霊を、除霊しに参りました」
除霊。
すぐにその言葉の意味を理解した丈士は、反射的に身構えていた。
「えっと、音寺、さんで合ってるか? 除霊とか、こっちはそういうの別にいいんで。星凪は確かにちょっと厄介な幽霊だが、そんな無理やり、除霊されるようなことはしていないし、させない」
「そういう問題ではありません」
丈士は、満月にした時と同じようにゆかりの説得を試みようとしたが、ゆかりは断固とした口調で、冷たく言い切る。
「幽霊は、本来、現世に存在していてはいけない存在なんです。幽霊はみんな、生前に強い未練を残している。……今は良くても、将来、悪霊化し、どんな災いをもたらすか予想もつきません」
「そ、そんなことないさ。第一、コイツが関心あるのはオレだけだしな」
「では、おうかがいしますが、あなたはそれでいいんですか? その幽霊をそのままにした結果、自分が、どんな不幸に遭おうとも、最悪、命を失おうとも、それで後悔しませんか? 」
なるべくにこやかな笑顔を作り、どうにか穏便に話をまとめようとする丈士に、ゆかりは鋭い視線を向け、右足を後ろに、左足を前に、身体を半身にし、薙刀を中段にかまえる。
丈士は薙刀の使い方には詳しくはなかったが、いつでもこちらに斬りかかって来られるような体勢に見える。
丈士の意識は、ゆかりがかまえる薙刀の切っ先へと、自然に向けられる。
武道などで用いられる薙刀はその多くが木製で、刃などついてはいなかったが、ゆかりがかまえているそれの先端には薄く研ぎ澄まされた鋼の刀身が、鈍く輝いている。
見るからに、よく切れそうだった。
「まぁまぁ、落ち着きなって。音寺さん、アイドルなんだろ? テレビにも出てるじゃないか。そんな子が、こんな公共の場で、そんな物騒なもの振り回しちゃ、危ないじゃないか」
丈士は自分たちへ向けられている薙刀の刃先に緊張しながら、それでもどうにか笑顔を浮かべながらなだめるようにそう言ったが、しかし、ゆかりはその丈士の言葉を聞いて、不敵に微笑む。
「ご安心ください。ここは現在、現実世界ではなく、私が作った[結界]の中です。……202号室の幽霊と対峙したという満月先輩の話が本当なら、あなたもすでに[異界]は経験しているのでしょう? ここは、私が作り出した[異界]の中にあるのです。外から誰かが入ってくることも、私がコレを振り回すところを見られる心配もありませんよ」
星凪が、異界の中にいる時みたいな感覚がする、と言っていたが、それはどうやら本当のことであったらしい。
ゆかりがその[結界]とやらをどうやって作ったのかは分からなかったが、彼女の話が本当であれば、交通量が多いはずの場所で先ほどから車の1台も通らず、人の姿も自分たちだけしかいないという今の奇妙な状況に納得も行く。
「ジョっ、ジョーダンじゃない! 」
どうやら本気で、しかもこのために準備までしてきたらしいゆかりの言葉に、星凪が威嚇するように大きな声を出す。
「あたしは、お兄ちゃんと一緒にいるの! 除霊なんか、されないんだから」
「幽霊さん。……あなたの意見は、どうでもいいんです」
ゆかりのことを睨みつける星凪に、ゆかりは静かな視線で、冷たく言い放つ。
「私は、現世にいてはならないモノを打ち払うだけ。……安心してください。私の家はお寺ですから、念入りに供養してさしあげますよ」
「ザッケンナ! できるもんなら、やってみろ! 」
星凪は激昂すると、そう叫びながら丈士から離れ、自身の黒髪を逆立てて突進し、両手を振り上げ、ゆかりに向かって振り下ろした。
その手から放たれたのは、星凪がもつ霊的な力をこめた一撃で、物理的な衝撃を生み出す攻撃だった。
だが、ゆかりは少しも動じなかった。
たくみに薙刀を振るうとその刃で自身へ向かってくる攻撃を切り落としてしまう。
「ぅああああああっ!! 」
冷静な視線を向け続けるゆかりに、星凪は、悲鳴とも怒りともつかない声で叫びながら、飛びかかっていく。
「星凪ッ! よせっ! 」
丈士がそう叫んだが、遅かった。
ゆかりは飛びかかってくる星凪を素早い身のこなしでかわしながら薙刀を振るい、その刃が星凪の右手をとらえる。
「きゃっ!? 」
星凪は、悲鳴と共に倒れこんだ。
「星凪!? 」
丈士は頭が真っ白になりながら叫んだが、星凪はまだ除霊されたわけでは無かった。
だが、斬られた部分のセーラー服が裂けている。
霊能アイドルとして活動し、満月からもその力を認められた霊能力者であるゆかりが振るう薙刀は、幽霊に対しても威力を発揮するようだった。
「少し、浅かったですね」
痛みと恐怖の表情でゆかりを見上げる星凪に、ゆかりは薙刀をかまえ直しながら冷酷に言う。
「ですが、ご安心を。……これで、終わりにしますから」
そして、ゆかりは薙刀を振りかぶった。
「やっ、ヤメロッ! 」
その瞬間、丈士は何かに弾かれたように走り出していた。




