2-6:「霊能アイドル」
2-6:「霊能アイドル」
202号室の幽霊との対決を終え、202号室のお祓いを終えた休日から一夜が明け、丈士は新しい月曜日を迎えていた。
月曜日といえば、とかく、憂鬱な気分になりがちの日だ。
早起きして身支度をし、多くの人が楽しくもない勉強や仕事をするために家を出なければならない。
だが、大学の講義は、これまで丈士が通ってきた学校のように詰まったスケジュールではなく、時間に余裕があるから、いくらか気が楽だ。
丈士が通っている大学で進級するためには必要な単位数というものが決まっており、必須の教科以外は、専門教科からいくつ、他の学部とも共通の強化からいくつ、と、どれだけの単位をとればいいのかが定められている。
大学では、学生の側がどの強化の単位を得たいかを決め、自分自身で時間割を調整することができるのだ。
1日にみっちりと受ける講義を詰め込むこともできるし、逆に、1つか2つだけ講義を受ければあとは自由、という風にもできる。
その代わり、1つの講義は90分と、長い。
そういうわけで、丈士の月曜日は、世間一般に比べると遅いものだった。
月曜日はあえて13時台にはじまる講義と、その次の14時台にはじまる講義の2つだけという、緩めの日程にしてあるから、午前中は何もないに等しかった。
それでも、朝は7時台に目を覚まし、8時前には朝食をとった。
自分の都合に合わせられるからと言って生活のリズムを乱してしまうと身体を壊す、と故郷を離れる前に両親から注意されていたからで、丈士は今の生活リズムをなるべく守ることにしている。
「そういや、星凪、さっきから何の番組を見てるんだ? 」
炊きたての白いご飯に買い置きしておいた総菜屋さんのおかず、インスタントの味噌汁という朝食を食べていた丈士は、熱心にテレビを見ている星凪にそうたずねてみる。
朝の時間帯はニュースなどが多く、丈士はいつも耳で聞く程度にしているのだが、星凪が画面の前で熱心に見入っているので、何をそんなに見ているのかと気になったのだ。
「んーっと、この前、あの人が言ってた、霊能アイドルの子の占い番組」
ちなみに、星凪の言う[あの人]というのは、満月のことだ。
「へぇ。どんな感じなんだ? 」
丈士が内心で満月のことを頑なに名前で呼ぼうとしない星凪のことで苦笑しながらそうたずねると、星凪は「よく分かんない」と肩をすくめてみせる。
「よくある占いと一緒だよ、お兄ちゃん。なんとなく、それっぽいことを言ってるような気がするだけかな」
「まぁ、そんなもんだろ。で、どんな占いなんだ? 」
「星座占い。……ちなみに、今日の乙女座の運勢は、金運と恋愛運は良いみたいだけど、健康運がイマイチで、[トラブルに注意]、[だけれど人の思いやりに恵まれる日]なんだってさ。[新しい出会いもあるかも]だって」
「ほ~ん。ま、気をつけるとするか」
丈士はあまり真剣に考えてはいなさそうな声でそう答えると、朝食の残りを口に運び、それをもぐもぐと咀嚼して飲み込み、「ごちそうさま」と言いながら箸をおいた。
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朝の占いでは[トラブルに注意]ということだったが、その日の午前中は何事もなく過ぎ去り、午後の講義も無事に終わろうとしていた。
丈士はノートに忙しくメモをとったり、教科書や参考書の重要そうな部分にラインをひいたりしながらすごし、講義を受け終えると、大学で新たにできた知人らと別れの挨拶を済ませ、帰路へとついた。
太夫川を挟んで対岸にある工学部キャンパスの周辺は、高原町と同じく多くの住宅やアパートが立ち並ぶ場所だった。
丈士の新しい知人たちの多くは工学部キャンパスの周辺に建っているアパートに住んでいるため、丈士はいつも1人だけ(幽霊を[1人]と数えるなら2人)で帰ることになる。
「大学って、難しいこと勉強してるよね」
当然のように丈士に引っつきながら、星凪はしかめっつらをしながらそう言った。
「そりゃ、まぁ、大学だからな」
「そうなんだけど、でも、お兄ちゃん、単位大丈夫? 」
「お前なァ、あんまし、オレを見くびるなよ? 入れたんだし、大丈夫だろ、きっと」
星凪の心配するような口調に丈士はムッとしながら答えたが、内心では少し心配だった。
まだどの教科も片手で数えられるくらいしか講義を受けていないが、勉強する内容は高校時代よりも1歩進んで高度なものになっているし、今まで知らなかった専門用語などもいくつも出てきている。
(あんまり、のんびりしてもいられないよな)
自分で時間割を決められることに最初ははしゃぐような気持だった丈士だったが、先のことを考えると、どうしても不安になってきてしまう。
やがて丈士と星凪の2人は、太夫川にかかる橋、[高原太夫大橋]にさしかかった。
川幅の広い太夫川にかかる橋だから、当然、大きい。
渡り切るだけでも数分もかかる橋は、川の両端部分はどこにでもありそうなありふれた構造の鋼製の桁橋、中央部分はスパンを大きくとった下路式のアーチとなっていて、片側2車線の道路とその両側の歩道が通っている。
普段から交通量も多い橋で、いつも多くの車や、徒歩、自転車の人々が行き交っている。
「ねぇ、お兄ちゃん。何か、変じゃない? 」
橋の中央部のアーチ橋部分を歩いていた時、不意に、星凪が丈士にそう耳打ちをした。
「変って、なんだよ? ……やっぱ、まだ、川の近くは嫌なのか? 」
「ううん。違うよ。ここは、二枝川じゃないんだし」
丈士が怪訝そうにたずねると、星凪は首を左右に振り、それから、左右を落ち着かない様子できょろきょろと見まわして、少し不安そうな口調で丈士に伝える。
「周りに、誰もいないんだよ。人も、車もいない。いつもはたくさん通っているのに。……それに、何だかゾワゾワして、変な感じがするの」
「……。本当だ、車がいない。でも、偶然じゃないか? ちなみに、その、ゾワゾワする感覚っていうのは? 」
「うん。……あの、202号室の幽霊と戦った時の、[異界]にいるのと少し似たような感じ」
「異界? 」
その不穏な言葉を聞いて、丈士は少しだけ表情を険しくする。
星凪の姿が見えるという以外、丈士には霊感など無いので星凪の言うような感覚はよく分からなかったが、幽霊である星凪が言うのだから、実際に何かがあるのだろう。
「……早く、渡っちまうか」
「うん」
丈士がそう言うと星凪は素直にうなずき、丈士により強くしがみつくようにする。
丈士は歩く速さをあげ、できるだけ早く橋を渡りきろうと早歩きになった。
そんな2人の前に、1人の少女が現れたのは、その時だった。
ツインテールにした黒髪に、はっきりとした目元の黒い瞳を持つ双眸。
華奢で小柄な体躯に、整った、かわいらしい顔立ち。
どこかの学校のセーラー服姿だ。
それだけなら、さほど違和感はなかっただろう。
だが、その少女の姿は、異様だった。
何故なら、その手には一振りの、丈士も星凪も時代劇や大河ドラマの中でしか見たことのない薙刀が握られているからだ。
細長く、朱に塗られた長い柄の先端に、反り返りを持つ刀身。
模造品というにはあまりにもリアルで、本物にしか見えない薙刀だった。
「あの子……、占い番組の子だ」
丈士と星凪の進路を塞ぐように立ったその少女の姿を見つめながら、星凪が、いぶかしむようにそう言った。




