2-4:「食卓」
2-4:「食卓」
満月が作ったハンバーグは、絶品だった。
箸を入れるとじわりと肉汁が溢れ出し、口に運ぶと香ばしい焼き目の風味が鼻に突き抜け、噛みしめると口いっぱいにジューシーさが広がる。
ソースもよくからんでいて、ゴハンが進む。
「お口にあったようで、よかったです」
夢中になって箸を進める丈士の様子を眺めながら、嬉しそうに微笑んだ満月は、自身も割り箸を手に取って、自分の分のハンバーグに手をつける。
満月は昼食をすでに済ませて来ていたが、味見用に小さなハンバーグを作ってある。
「うん、美味しい! うまく作れてよかったです! 」
そしてハンバーグを噛みしめると、満月は表情をほころばせて、少し得意そうな様子でそう言った。
にこやかに食事をしている丈士と満月に対して、星凪はおもしろくなさそうな顔をしている。
その視線は主に、満月へと向けられていた。
憎しみと悔しさと、複雑に入り混じった視線だ。
兄と2人きりの生活に入り込んできた満月を、排除したい。
だが、巫女として強い霊能力を持つ満月に、星凪は手も足も出ない。
そんな葛藤をしているのに違いなかった。
「妹さんも、どうですか? ハンバーグ」
そんな星凪の視線に気づいているのかいないのか、満月は屈託のない笑顔を向ける。
その表情にはまったく他意はなく、純粋に[自分の作ったものを食べてもらいたい]という気持ちでそう言っているようだった。
「いらない」
だが、星凪はプイッとそっぽを向く。
「どうせ、盛塩的な何かが入っているんでしょう? その手に乗るもんですか! あたしは、ずぅっとお兄ちゃんと一緒なんだから! 」
「別に、そんなのは入っていないと思うけどな」
そんな星凪の様子を横目に、ハンバーグを頬張りながら、諭すような口調で丈士が言うと、星凪は丈士に[信じられない! ]とでも言いたそうな視線を向けた。
「なによ、お兄ちゃん! まさか、このオンナの味方をするの!? 」
「そんな言い方はダメだぞ、星凪。ちゃんと、羽倉さんって呼ばないと」
「あはは。……わたしのことは、満月って、名前で呼んででいいですよ」
グルルルル、と威嚇するようなうなり声をあげる星凪と、それをたしなめつつも食事の手を止めない丈士の姿を見て苦笑した満月は、2人にそう言った。
「えっと、いいんですか? 」
「はい。羽倉さん、だと、何だか距離があるような気がして嫌なんです」
少し驚きながら丈士が確認すると、満月はそう答えて、はっきりとうなずいてみせる。
「えっと、それなら、オレのこともお兄さんじゃなくて、丈士って、名前で呼んでもらっていいですよ。コイツのことも、星凪って呼んでもらっていいです」
「ちょっ!? なに、勝手に決めてるのよ、お兄ちゃん!? あたしは、ソイツのこと何て、絶対に認めないからね! 」
一方的に名前呼びするのは何となく気がひけるので丈士がそう提案すると、星凪は怒って丈士のことを横からポカポカと殴り始める。
「おい、コラ、落ち着いてメシが食えないじゃないか! 」
「ふんだ! 徹底的に、邪魔してやるんだから! 」
はじまった兄妹げんかを微笑ましそうに眺めていた満月だったが、不意に真剣な表情になる。
だが、その真剣で、少し深刻そうな満月の表情はすぐに消え去り、丈士も星凪もその満月の表情に気がつくことはなかった。
「ところで、えっと……、丈士、さん。もしよろしければですが、星凪さんが幽霊になってしまった経緯、教えていただけませんか? 」
満月の問いかけに一旦兄妹げんかを止めた丈士と星凪はお互いの顔を見合わせ、それから、星凪がきっぱりとした口調で言う。
「ヤダ。どうして、あなたにそんなこと教えなきゃならないのよ!? 」
「まァまァ、いいじゃん。別に何か不都合があるわけでもないだろ? 」
しかし、丈士は星凪をなだめるような口調でそう言うと、満月に笑顔を向ける。
「うまい昼飯のお礼もあるし、いいですよ。満月さん」
「……。もぅ、お兄ちゃんのバカ! 」
星凪は不服そうに頬を膨らませてまたそっぽを向いてしまったが、丈士はそれを無視して、星凪が幽霊になった経緯を話した。
「コイツが幽霊になったのは、今から3年前の夏……。オレと一緒に川遊びに出かけて、そこで星凪は流されてしまったんです。それから、通夜のあった夜、急に幽霊になってオレの目の前にあらわれました。……どうして幽霊になったのかは、分からないです」
「なるほど……。しかし、幽霊というものは、多くの場合、生前に強い未練を残してしまった人がなってしまうものです。丈士さん、星凪さんの未練について、何か心当たりはありませんか? 」
「心当たり、って言われてもなァ……」
丈士が首をかしげていると、急に得意げな表情になった星凪が言う。
「そりゃァ、もちろん、お兄ちゃんのことだよ! お兄ちゃんはあたしのものなんだから、ずっと一緒にいなきゃいけないの! 当然でしょ! 」
「いや……、でも、昔のお前、そんな感じじゃなかっただろ? 」
それがさも当たり前のことであるかのように言う星凪に、丈士は少し困ったように、呆れたような吐息交じりにそう言った。
すると、星凪はまた不機嫌そうな顔へと戻り、そっぽを向いて、小さく舌をうつむきながら、誰にも聞こえないような言葉で呟いた。
「だって……。あたしにはもう、お兄ちゃんしか、いないんだもん」
「ん? 何か、言ったか? 」
満月の手料理を美味しそうに食べ続けながら聞き返した丈士に、星凪はムッとした顔を向けると、「何でもない! 」と言って、また満月のことを恨めしそうに睨みつける。
「大体、あなた、いつまでいるつもりなのよ!? もう、自分の分は食べ終わったんだし、さっさと帰ればいいじゃない! これ以上、あたしとお兄ちゃんの邪魔をしないで! 」
「おい、星凪。そんな言い方はないだろ? 」
「うるさい! お兄ちゃんは黙ってて! 」
そしてまた、グルルルル、とうなりながら満月のことを威嚇しはじめる星凪の様子に、満月は苦笑し、イスから立ち上がる。
「確かに、少し長居をし過ぎてしまったかもしれませんね。わたし、そろそろ帰ります」
「もう、帰るんですか? コイツのせいで騒がしいかもですけど、ゆっくりしていけばいいのに」
「いえいえ、お気になさらず。神社のこともありますので」
満月はそう言うと、ペコリと頭を下げる。
そんな満月の様子を見て、丈士も箸をおき、腰かけていたベッドから立ち上がった。
「なら、せめて見送りますよ」
「いえ、そんな。ゆっくり食べていてください」
「いや、これくらいはしないと」
「……えっと、ありがとうございます」
そして、丈士と満月は、玄関の方へ向かって歩き出す。
「べーっ、だ! 」
そんな2人のことを、星凪は舌を出しながら見送った。




