2-3:「手料理:2」
2-3:「手料理:2」
油が引かれ、ほどよく熱せられたフライパンの上に、形を整えられたハンバーグが並べられる。
じゅうじゅうという音と共にハンバーグに熱が通り始め、ほどなくすると、香ばしい、肉の焼けるいい匂いがあたりにただよい始める。
メインとなるハンバーグだけでなく、つけ合わせの準備の方も進んでいた。
にんじんにじゃがいも、ブロッコリーを小さく食べやすいように切り分けたものを、お湯で茹でてあって、すでに皿に並べられている。
野菜を茹でた汁も、無駄にはされない。
ハンバーグに使わなかった玉ねぎを薄くスライスしたものと一緒に、市販されているコンソメのキューブ、調味料少々を加え、あっという間にコンソメスープが出来上がる。
「さ。後は、火が通るまで少し待ちましょう」
片面がいい感じに焼けたハンバーグをひっくり返し、再び焼き目がつくまで焼くと、蓋をし、火を止めた満月は、そう言いながら満足そうな笑みを浮かべた。
どうやら、今回のハンバーグの出来栄えには、手ごたえを感じているようだ。
すでにゴハンも炊かれている最中であり、もうすぐ炊き上がる。
ハンバーグに火が通れば、すぐに食事にありつけるはずだった。
丈士の腹はすでに何度も鳴っていて、満月の手際のよい料理の光景を目にしていた丈士は、正直空腹でたまらない気分だったが、今は待つことさえなんだか楽しい気分だった。
「準備もほぼ終わりましたし、そろそろ、解放してあげましょうか」
今のうちにできる後片づけを終え、食器を並べて後は盛りつけるだけという状態にまでしてしまうと、そこでようやく、満月は星凪の方へと視線を向けた。
満月が放った式神によって全身をがんじがらめにされてしまった星凪は、少し前からとても大人しくなっていた。
どうあがいても式神たちを振り払えないと理解し、抵抗は完全に無駄であると、敗北を受け入れたらしい。
部屋の片隅にゴロンと転がっている星凪に左手を向けた満月が、音楽の指揮でも取るようにくいっと手を動かすと、星凪を拘束している式神たちがほんの少しだけはがれ、星凪の顔の部分が現れる。
「くっ……! コロセッ! 」
星凪は、完全敗北という屈辱と悔しさにまなじりに涙を浮かべながら、満月のことを睨みつけながら、ようやく自由になった口でそう言った。
「そんなことしませんよ。お兄さんとも、約束していますし。……暴れるつもりが無いのなら、拘束もしませんよ」
どうですか? とたずねるように首をかしげた満月から、星凪は、拗ねた子供のような顔でそっぽを向いた。
それは、遠回しな肯定のサインだった。
明確な返答はなかったが、拘束されている間に怒りに我を忘れていた状態からは回復しているらしい。
星凪の様子を確認し、大丈夫だと判断した満月は、式神たちを星凪の身体から引きはがしていく。
「クククク。拘束された星凪も、なかなか、かわいいかったぜ」
拘束を解かれていく星凪を見おろしながら、丈士は悪役になりきったゲスな笑顔を浮かべながらそう言った。
特に深い意味はなく、ただ、妹をからかっただけのつもりだった。
「えっ!? お、お兄ちゃん、そんな趣味がッ!? 縄で縛るとか、手錠とかっ、そんなっ! ……で、でも、お兄ちゃんのためなら……」
だが、そんな丈士の様子に、星凪はどういうわけか頬を赤らめて身体をくねくねとさせ、満月は困ったような視線を丈士に向ける。
星凪は割とあり得る反応だったので驚きはしなかったが、丈士にとって、満月から向けられる、少し困惑したような視線は、ものすごく痛かった。
「ああああっ! 別に、オレ、そんな趣味はないんですぅ! ……本当です! ちょっと、悪役チックに妹をからかっただけで! 」
「はァ、まァ、お兄さんが言うのなら、信じますが」
「あたしは、そういうのでも、お兄ちゃんが良ければオーケーだからね! 」
慌てた丈士の言い訳に、満月は作ったような笑顔で、星凪は若干前のめり気味に答える。
(……。青いネコ型ロボットに過去に戻してもらいたい)
丈士は、自身の発言を後悔して、ガックリとうなだれた。
その時、ゴハンが炊けたことを知らせる炊飯器のブザーが鳴った。
ちょうど、ハンバーグにも火が通っただろうという時間だった。
「……えっと、しあげ、しちゃいますね? 」
「ハイ……。お願いします」
満月の言葉に、丈士は自己嫌悪しながら答える。
満月の笑顔が若干ひきつったように見えたのは、丈士の気のせいか、それとも……。
満月はフライパンのフタを開けると、菜箸でその1つを突き刺し、しっかりと火が通っていることを確認してから、形が崩れないようにフライ返しを使って皿に盛りつけた。
それから、フライパンを再び火にかけ、用意していた調味料を回しいれ、ハンバーグからにじみ出た脂などと混ぜ合わせながらソースを作る。
皿に盛りつけられたハンバーグと茹でた野菜にソースをかけると、まるで、レストランのメニューにのっていそうな、美味しそうな料理が出来上がっていた。
アツアツの炊きたてゴハンに、コンソメスープまでついている。
これだけのものを短時間で作ってしまった満月に、丈士は感心する他は無かった。
やがて盛りつけも終わり、タウンコート高原の201号室の食卓に、料理が並べられた。
調理道具はいろいろ、無駄にそろっているのに対し、食器はほぼ1人分しかないから、狭いテーブルの上にもどうにかすべての料理を並べることができた。
そして、丈士、星凪、満月の3人が、同じ食卓に着く。
満月は普段丈士が使っているイスに腰かけ、丈士と星凪は、ベッドに並んで腰かける。
「さ、どうぞ、遠慮せずに召し上がってください! 」
食事の準備が整うと、満月は明るい笑顔でそう言った。
「いただきまーす! 」
正直、もうそろそろ空腹で限界だった丈士は、満月を両手で拝みながらそう言うと、待ちきれないように箸を手に取った。




