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妹でもヤンデレでも幽霊でも、別にいいよね? お兄ちゃん? ~暑い夏に、幽霊×ヤンデレで[ヒンヤリ]をお届けします!~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第1章「逃げられるとでも思ったの? お兄ちゃん」

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1-24:「悔いの残らないように」

1-24:「悔いの残らないように」


 やがて、その、ささやかな儀式ぎしきは終わりを迎えた。


(これで、少しは浮かばれるといいな。あの人も)


 短いが、丁寧な儀式が終わると、丈士は少しだけ気分が楽になったような気がした。


 あの女性の霊と対面した瞬間、丈士の全身にのしかかるように、霊が生前に残した思念が押し寄せてきた。

 丈士に伝わって来たのは、女性の霊の断片的な記憶に過ぎなかったが、それでも、その苦しさ、痛みは分かる。

 それが、ほんの少しでも薄れたのなら、丈士も嬉しかった。


「それでは、お兄さん。わたしはこれで失礼いたしますね。……ご協力、ありがとうございました」

「ああ、いや。こっちこそ、ウチの妹が迷惑かけて、すみませんでした」


 202号室を出て、大家の高橋さんがマスターキーでカギを閉めて帰宅すると、丈士と満月も別れの言葉を交わした。

 満月が丁寧にお辞儀すると、丈士は慌てて彼女よりも深くお辞儀をする。


 実際、昨夜の事件は、丈士の妹、ヤンデレ妹幽霊の星凪が引き起こしたようなものだった。

 満月が異変を察知して駆けつけてくれなかったら、あの霊が作り出した[異界]に閉じ込められた丈士と星凪は、どうなっていたか分からない。


(まだ現実感ないことも多いけど、これでまた、元通りなんだよな)


 丈士は満月に合わせて下げていた頭をあげながら、ほんの少しだけ残念に思っていた。

 おそらく、近所とはいえ、満月と会うことはこれっきりになるはずだったからだ。

 星凪のことに満月は無理に干渉しないし、丈士の方も、星凪に無茶なことはさせないと約束している。

 だから、丈士と星凪、満月は、一定の距離置きながら、同じ街で過ごすことになるはずだ。


 そして、満月がきびすを返し、帰途につこうとした時だった。


 丈士の腹が、ぐぅ、と鳴る。

 それは大きな音で、満月にもはっきりと聞こえた様子で、少し驚いたような表情で丈士の方を振り返った満月は、赤面している丈士の姿を見て、「ふふふっ」と、ほころぶように笑った。


「お兄さん、もしかして、お昼ご飯まだなんですか? 」

「あ、ああ。昨日のこともあって、少し、疲れちまっててな」


 バツが悪そうに右手で後頭部をかきながらそう言った丈士の目の前で、満月は何か「良いことを思いつきました! 」とでも言いたそうな表情になり、自身の身体の前でパン、と両手の手の平を合わせた。


「そうだ! 昨日、助けてもらったお礼です! わたし、これからなにか、ごちそうしますよ! 」


────────────────────────────────────────


 それは、丈士にとってはありがたく、同時に、恐れ多い提案だった。

 確かに丈士と星凪が幽霊退治に協力したのは事実だったが、助けてもらったのは満月ではなく、明らかに丈士と星凪の方だったからだ。


 だが、満月は少しだけ強引だった。

 丈士は遠慮しようとしたが、満月は「わたし、こう見えて、お料理は得意なんです! 」と言い、丈士の話に取り合ってくれなかった。


 しかたなく、丈士はこれから材料の調達に行くという満月について、そのまま外出することになった。

 せめて、買い物の荷物持ちでもしなければと、そう思ったからだった。


「ところで、羽倉さん。その恰好で買い物を? 」

「はい! もちろんです! 」


 巫女装束のまま駅前商店街に向かって歩いていく満月に丈士がたずねると、満月は力強くうなずいた。


「この巫女装束は、わたしの稲荷神社の制服のようなものです! いわば、会社勤めの人にとってのスーツと同じ! 何も恥ずかしいことなどありません! 」

(いや、普通は気にするだろ)


 丈士は内心でそう思ったが、満月があまりにもはっきりと断言するので、それ以上服装については聞くことはできなかった。


 しかし、驚いたことに、地元の人々にとっては、満月が巫女装束で出歩くことは、ごく当たり前のこととして受け入れられているようだった。

 明るい性格で社交的なところがあるらしく、満月は駅前商店街に立ち並ぶ店の店主たちに顔がきき、店主たちは皆、満月が来ると嬉しそうに声をかけてきてくれたり、ちょっとしたおまけをくれたりした。


「知らなかったけど、有名なんだな、羽倉さんて」


 大きく膨らんだ買い物袋を両手に持って歩きながらの帰り道、丈士は、少し感心した口調で満月にそう言っていた。


「幽霊退治もばっちりだし、すごいよ」

「そんなこと……、ありませんよ」


 しかし、満月は丈士のその言葉に、少しだけ表情を曇らせる。


「えっ? そ、その、ごめん。オレ、何か、悪いこと言っちゃったかな? 」

「あっ、いえっ! お兄さんのせいではなく! 」


 慌てて謝罪した丈士に、満月も慌てて両手を身体の前で振た。


 それから、満月は、「お兄さんに、言うようなことではないかもしれませんが……」と前置きしてから、なぜ表情を曇らせたのか、その理由を明かしてくれる。


「わたし、本当は、ああいった形で、霊を除霊したくはなかったんです」

「除霊したくなかった、って……、オレたちが余計なことをしたせいだけど、あの状況じゃ、仕方なかったんじゃないか? 」

「そうなんですけど……。できれば、もっと、別な形にしたかったんです」


 満月はそう言うと、くるりと体の向きを変え、身体の後ろで両手を組みながら、空を見上げるようにしながらさらに言葉を続ける。


「幽霊って、何か、強い悔いや、気持ちがあって、生まれてしまうものなんです。それは、とても悲しいことです。……わたしは、できれば、そういう、生前の、辛い、苦しい、そんな気持ちを少しでも解消してあげてから、送ってあげたいんです」


 それは、丈士にも、ほんの少しだけ分かる話だった。


 あの女性の霊がいだいていた、強烈な感情。

 その一部を、丈士自身も感じ取っている。


「あの、202号室の女性の幽霊。……あの人には、何もしてあげられませんでした」


 満月は、自身の放った破魔矢で、無理やり霊を消滅させていたことに、悔いを抱いている様子だった。


「……その気持ち、オレにも、分かる気がする」


 丈士は、女性の霊から流れ込んできた、彼女の記憶の一部を思い起こしながら、真剣な口調でそう言った。


「霊は、怖かった。ずごく、怖かった。……だけど、とても、かわいそうでもあった」


 満月は、その丈士の言葉に、無言のまま、反応を示さなかった。

 だが、次に丈士の方を振り返った時、満月は、少しだけ気分が晴れたような、そんないい笑顔だった。


「すみません、お兄さん。愚痴ぐちみたいなことを言ってしまって。……これは、おびも兼ねて、わたし、腕によりをかけてごちそうを作らないとですね! 」

「おう。楽しみにさせてもらうよ」


 満月の笑顔に、丈士も思わず微笑みを返していた。


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