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妹でもヤンデレでも幽霊でも、別にいいよね? お兄ちゃん? ~暑い夏に、幽霊×ヤンデレで[ヒンヤリ]をお届けします!~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第1章「逃げられるとでも思ったの? お兄ちゃん」

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1-19:「地縛霊」

1-19:「地縛霊」


 星凪がそう叫ぶのと、星凪の身体に、202号室の中から飛び出してきた、黒く細長い繊維せんいがからみつくのは、ほとんど同時だった。


(髪っ!? )


 丈士がその繊維せんいの束を人間の髪の毛だと認識した直後、吹き飛ばされた扉の上に叩きつけられたようになっていた星凪の身体がふわりと持ち上がった。


 幽霊であり、いつも好き勝手にふよふよと浮かんでいる星凪のことだから、浮き上がってもおかしなことはない。

 だが、どう見ても、星凪が自分の意志で浮き上がった様には思えなかった。


「は、放しなさいよっ、このっ! 」


 星凪は自身に絡みついた髪の毛を振りほどこうともがくが、しかし、まったく太刀打ちできなかった。

 抵抗むなしく、星凪は202号室の部屋の中からのびてきた髪の毛に引き寄せられ、そのまま部屋の中へと連れ去られてしまう。


「星凪ッ! 」


 悲鳴をあげながら連れ去られていった星凪を、丈士は慌てて追いかけ、202号室の中へと飛び込んだ。


────────────────────────────────────────


 そこは、明らかに空気が違っていた。


 身体のしんまで凍えさせるような、異様な肌寒さだけではない。


 空気が、重い。

 べったりと、重さと粘性を持った空気が丈士の身体にまとわりつくようで、息をするのも苦しい。


 この場にいてはいけない。

 丈士の本能がそう叫んでいたが、しかし、丈士は引き返すことはしなかった。


 何故なら、目の前で、丈士の妹である星凪が、全身に絡みついた髪の毛によって締め上げられ、苦しんでいるからだ。


「星凪ッ! 」


 丈士が叫ぶと、星凪は苦しそうにあえぎながら、必死に言葉を絞り出す。


「逃げ……て! お……に……い……ちゃん! 」


 その瞬間、丈士は、何かを思い出しかけていた。


 自分が、はっきりと記憶している、ある瞬間。

 しかし、決して思い出してはならない、それを思い出すことはあまりに苦痛となる、そんな刹那せつなの記憶。


「星凪っ! 今、助けてやるからな! 」


 丈士がそれをはっきりと思い出すことはなかったが、その、思い出すことのできない記憶は、丈士を前へと進ませた。


「ア……ナ……タ……モ、ワタシ……ヲ、ジャマ、スル……ノ? 」


 とぎれとぎれに、だが、はっきりと、冷たく、暗い声が丈士の耳に届く。

 それは、星凪を絡め取って話さない、黒い髪の先にいるモノから発せられた声だった。


 そこには、青白い肌の、おぼろげな存在があった。

 はっきりとした輪郭は持たないが、それは確かにそこに存在していて、不確かだが人の、女性のように見える。


 その女性の姿を見て、丈士は息をのみ、思わず前に進む足を止めていた。


 虚ろな闇が、丈士の方を見ている。

 その女性の眼窩がんかには何もなく、その深い闇の底から、女性は丈士のことを見つめている。


(こっ、コイツが、202号室の、幽霊!!? )


 丈士は思わずひるみながら、その女性の正体をそう理解していた。


 全身に、冷や汗がにじみ出てくる。

 感じるのは、恐怖。

 そして、あまりにも深い、悲しみと、悔しさ。


 202号室を覆う冷たく、重く、まとわりつくような空気は、無念の内に亡くなったその女性の霊が抱いていた負の感情であり、それが、何年も、何年も、積み重なりってできあがったものだった。


「ア……ナ……タ……モ、ワタシ……ヲ、ジャマ、スル……ノ? 」


 恐怖で身動きのできなくなった丈士に、202号室の霊は再び、同じことをたずねた。


「たっ、頼む! ソイツを、星凪を、放してやってくれ! 」


 女性の霊に、丈士は精一杯の勇気を奮い起こし、震える声で叫んでいた。


「星凪が、アンタに何かしようとしたってのは、分かってる! だから、それは謝る! それに、もう二度と、アンタに何かするようなことはさせない! だから、星凪を、オレの妹を放してやってくれ! 」


 丈士は、必死に懇願こんがんした。


 丈士には、幽霊にどう対処したら良いかなんて、分からない。


 加えて、自分のことのように、伝わってくるのだ。


 目の前にいる女性が、生前に味わった苦しみ。

 その、痛みが。


 それは、丈士が経験したことのない、壮絶な感情の奔流ほんりゅうだった。


 毎日、毎日、くり返されるハラスメント。

 上司からの終わりのない叱責しっせきや、女性が断らないのをいいことに、同僚たちから押しつけられる様々な仕事。

 満員電車に押し込められ、毎日、毎日、そんな日々を過ごすために生きて、未来への展望など何もなく、家に帰ってただ泥のように眠りにつく毎日。


 女性はそんな日々の中で、衰弱し、そして、亡くなった。


 それを知ってしまった丈士は、ただ、女性に向かって懇願こんがんすることしかできなかった。

 凄惨せいさんな経験の果てに、り切れるように、孤独に亡くなったその女性の痛みを前にしては、自分など、取るに足らない、ちっぽけな存在に過ぎなかった。

 そんな自分が、女性に対して、何かを要求したり、命じたりすることなど、おこがましい。


「ア……ナ……タ……、ジャマ……スル……ノネ? 」


 しかし、丈士の言葉は、女性には届かない。


 霊となってからの月日の間に、すでに、元々あった自我を失ってしまったのか。

 女性はただ、積み重なった恨みと怨念にだけ支配されているようだった。


 ゾワリ。

 丈士の全身に、鳥肌が立つ。


 それは、女性が丈士へと向けた、殺気だ。


「頭を下げてください! お兄さん! 」


 女性の攻撃が、来る。

 そう思って丈士が身構えた直後、背後から別の誰かの声が響いていた。


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