1-17:「いいか、余計なことはするなよ? ……絶対だぞ? 」
1-17:「いいか、余計なことはするなよ? ……絶対だぞ? 」
高原稲荷神社の巫女、羽倉 満月と話を終え、無事に星凪についての合意を得ることができた丈士は、気分が楽になったような気持になりながら境内を抜け、石段を下りていった。
そして、狐の置物が左右に鎮座している鳥居をくぐりぬけると、そこでは、星凪がずっと丈士のことを待っていた。
神社の中に入れない星凪は、なんとも不安そうに、心細そうな様子で、石垣の脇にうずくまっていた。
そして星凪は、足音で丈士が帰って来たのを察知すると、すぐに立ち上がって、丈士のことを見上げながら睨みつけてくる。
「遅いよ! お兄ちゃん! すぐに終わるって、言ったのに! 」
「悪い、悪い。あの巫女さんがどこにいるか分からなくってさ。この神社、思っていたよりかなり広かったんだぜ? 」
話がうまくまとまったことで上機嫌な丈士がそう微笑みかけながら言うと、星凪は不満顔ではあったが、鳥居の外に出た丈士に飛びつき、しがみついてくる。
「それで、話はうまくまとまったの? お兄ちゃん? 」
それから、星凪は恨むような視線で丈士のことを見上げながらそうたずねてくる。
「ああ。うまくいった。お前を無理やり除霊するようなことは、しないってさ」
「本当? お兄ちゃん! 」
その丈士の言葉を聞くと、星凪はほっとしたように表情をほころばせ、嬉しそうな笑顔になる。
あんな巫女なんてどうってことない、そう強がってはいたものの、やはり不安には思っていたのだろう。
「それじゃ、あの女は、もう部屋には来ないんだね! 」
(あの女って、呼び方……)
敵愾心むき出しの言葉に丈士は若干引いたが、それを指摘しても星凪が直してくれるとは思えなかったので、とりあえず話を進めることにする。
「いんや、多分、アパートにはこれからも来ると思うぜ」
「んな!? どうしてよ、お兄ちゃん! あの女との話、ついたんじゃないの!? 」
「だってさ、大家の高橋さんから依頼を受けてるんだからさ。202号室の幽霊を何とかして欲しいって。あの巫女さんも、仕事なんだから、そりゃあアパートには来るさ」
「何てこと! 」
丈士の説明に、星凪は険しい表情を作ると、自身の左手の親指を口元にやり、親指の爪を噛むようなしぐさをする。
幽霊である星凪には実体がないので実際に爪を噛んでいるわけでは無いが、実体を持っていたころの名残なのだろう
「それじゃぁ、せっかくお兄ちゃんと2人きりなのに、これからも邪魔されるっていうことじゃない! 」
「いやいや、お前には手出ししないって約束してくれたんだからさ……」
丈士は(そんなに怒るようなことか? )と、星凪の怒りの表情を見おろしながら思ったが、星凪はもう、丈士の言葉を聞いていないようだった。
「あの女っ! 絶対に、あたしたちの邪魔はさせないんだから! やっと、やっとお兄ちゃんと、お兄ちゃんとあたしだけになれたのに! 」
「おいおい、星凪、分かってるんだろうな!? 」
そんな星凪の様子に焦りを覚えた丈士は、少し強い口調で星凪に言う。
「巫女さんは、こっちには何もしないって約束してくれたんだぜ? それなのに、こっちから手を出したんじゃ、元も子もなくなるだろ? な? 大人しくしてろって。202号室の幽霊の件が片づいたら、それで仕事もお終いなんだからさ」
「……。ぅーっ! 」
ようやく届いた丈士の言葉に、理性では丈士の言うとおりにした方がいいと理解できたものの、感情面では受け入れられないらしい星凪は、葛藤するようにうなり声をあげる。
(こりゃ、もっとキツク言わんと、不安だな)
そう思った丈士は、少しだけ悩んだのち、はっきりとした口調で星凪に言う。
「星凪。あの巫女さんには手を出さないって、約束できるよな? ……もし約束できないって言うんなら、兄ちゃん、お前を部屋から追い出してやるからな? 」
「そっ、それはイヤっ! 」
とたんに、星凪は必死の表情になる。
幽霊である星凪を部屋から追い出す方法など丈士は知らなかったが、部屋から追い出すぞということは、星凪を丈士が拒絶するということであり、星凪にとってそれはとても耐えられないことであるらしい。
「嫌なら、約束するんだな」
たたみかけるように丈士がそう言うと、星凪は悔しそうに口元を引き結びながら、それでもうなずいた。
「分かったよ。約束するよ、お兄ちゃん」
「よし」
丈士はうなずき返すと、それから、「それじゃぁ、ウチに帰るか」と星凪に言い、帰り道を歩き始める。
「あっ、そうだ! 」
何かいいことを思いついたように星凪がそんな声を漏らしたのは、それから数分ほど経ってからのことだった。
「え? 何かあったのか? 」
しかし、丈士がそうたずねると、星凪は慌てたように丈士から顔を背ける。
何か、隠しごとがある様子だった。
「なんでもないよ、お兄ちゃん」
「ウソだ。お前、絶対何か隠してるだろ? 」
「隠してなんかないよ、お兄ちゃん」
星凪はそう言うものの、その声はついさっきと比べると明らかに上機嫌になっていたし、星凪にとって不満であったことを解決する方法を何か思いついたのに違いなかった。
星凪は満月に干渉しないと丈士に約束をしてはいたが、その星凪の様子に、丈士は不安を覚える。
「星凪。いいか、余計なことはするなよ? ……絶対だぞ?」
「分かってるって、お兄ちゃん」
不安そうな顔で念押しをする丈士に、星凪はぴったりとよりそって、丈士の腕に顔を押しつけるようにする。
「約束したもの。あの女……、じゃなくて、あの巫女さんに、変なことはしないって」
「お、おう。なら、いいんだけどよ」
丈士はほんの少しだけ安心はしたものの、しかし、不安は消えなかった。




