1-16:「質問」
1-16:「質問」
「あの……、百桐さん。わたしからも、いくつか、お話を聞いてもよろしいでしょうか? 」
満月が星凪のことを見逃してくれると決まってほっと安心していた丈士だったが、その満月の言葉で再び緊張し、身を固くしていた。
星凪を見逃すことには同意するが、やはり、条件がつくのだと、おう思ったからだ。
「えっと、やっぱり、除霊をしないってのには、何か、条件がついたり? 」
「あ、いえいえ、そういうことではなく。……高橋さんからご依頼をいただいた方の、202号室の幽霊についてです」
丈士が不安に思い、身構えながら問いかけると、満月は慌てたように体の前で両手を振り、首も左右に振った。
黒髪のポニーテールがブンブンと左右に振られ、元気のよさそうな印象を受ける。
「以前、おたずねした時、その幽霊についてのお話をうかがいたいなって思っていたのですが、その、いろいろありましたから」
「ああ、なるほど。分かりました」
満月の説明に、丈士はほっとして表情を和らげる。
「でも、オレ、引っ越して来たばかりですし、まだ202号室の幽霊について、ほとんど知りませんよ? 」
「どういった経緯で幽霊が住みついているのかは、高橋さんから詳しくうかがっていますので、大丈夫です。百桐さんに確認したいのは、何か、異変が起こっていないか、っていうことなんです」
「異変、ですか? 」
体を起こした丈士は、そう言うと両手を身体の前で組んで、自身の記憶を呼び起こす。
「う~ん、あんまり、思いつかないです。まだ越して来たばかりっていうのもあるけど、オレには1人、もう幽霊が憑いていますから。何か、202号室の幽霊のことで思い当たることは、ないですね」
「そうですか。……どんな霊障が起こっているか分かれば、その幽霊の状態もはっきりとしてくるんですが」
思い当たることのなかった丈士の言葉に、満月は少し残念そうだった。
そんな満月に、丈士は少し頭を下げる。
「すみません、役に立たなくて」
「あ、いえいえ。お気になさらず」
また慌てたように体の前で両手を振った満月は、それから、少し丈士の方から視線をそらした。
まだ話したいことがあるのだが、それを、話そうか、話すまいか。
そう迷うのと同時に、少し後ろめたそうな、そんな印象のある表情だった。
「えっと、何かあるなら、できるだけ協力しますよ? 」
202号室の幽霊を退治するために、協力して欲しい。
そんな話をされるのかと思った丈士だったが、星凪のことを見逃してくれることに同意してくれたこともあるし、多少の協力なら受けるつもりだった。
「あ、いえ、そういうのではなく。……その、もう一つ、おたずねしたいことが」
満月はそう言うと、困ったような視線を丈士へと向ける。
「別に、かまいませんよ。どうぞ」
丈士がそう言って満月にうながすと、満月はまだ迷っている様子ではあったが、少し視線を落とし、自分にしか聞こえない声で何かを呟くと、丈士の方に再び視線を向けて問いかける。
「その、百桐さん。……百桐さん自身に、変わったことはありませんか? 」
「オレ自身に、変わったこと? 」
「はい。その……、体調が、すぐれないとか」
満月の問いかけに、丈士はいぶかしむような表情を作り、首をかしげる。
今の丈士は、自分では特に何の体調の異常も感じてはいない。
病気はしていないし、健康そのものだ。
最後にした病気といえば、昨年にカゼをひいたくらいなもので、後は毎日、何の問題もなく過ごしている。
強いて言うのなら、ここ数日疲れがたまって、疲労感が抜けない、ということだけだが、これは、新生活と、ヤンデレ妹幽霊、星凪のことでいろいろあってごたついているせいで、体調不良とは言えないものだろう。
「別に、なんともないですよ。元気にやってます」
満月の問いにそう答えた後、別のことに気づいた丈士は、「あ」と小さく声を漏らしていた。
「もしかして、202号室の幽霊、そういう呪いをかけたりする、とか? 」
呪いなんてバカバカしいとは、丈士には笑い飛ばせない。
星凪が誰かを呪い、実際にその呪いの効果があらわれるところを丈士は何度も目にしている。
星凪の呪いが直接人に危害を加えるということはなく、嫌がらせのレベルではあったが、202号室の幽霊がより強力な呪いを使ってくる可能性は十分にある。
「あ、えっと、その、そういうわけではなくてですね」
満月は少ししどろもどろになって、また、何かを言いにくそうにする。
だが、満月はすぐに笑顔になり、丈士に明るい口調で言う。
「202号室の幽霊さんは、うかがったところによると、典型的な地縛霊の一種でして。202号室に直接干渉しなければ、若干の霊障は起こりますが、実害はないはずです、ハイ」
それは、丈士にとっては朗報だった。
202号室に干渉さえしなければ、タウンコート高原に元から住みついている幽霊は何もしてこない。
丈士にとっての心配事が1つ減ったということだった。
専門家が言うのだから、きっと、間違いはないだろう。
「他に、何か知りたいことはありませんか? オレも、何にも知らないですけど」
「いえ、もう、ひとまずは大丈夫です」
丈士の確認に、巫女はそう言って首を振った。
「分かりました。それじゃぁ、オレはこれで失礼します。……妹を、神社の外で待たせてるんです。機嫌を損ねさせると、面倒なので早く戻ってやらないと。……あっ、お土産、どうぞ遠慮なく、召し上がってください」
「あっ、はいっ、ありがとうございますっ」
帰るために立ちあがった丈士に、満月は軽く頭を下げる。
うまく話がまとまって、良かった。
丈士はそう晴れやかな気持ちで帰途についてが、その後ろ姿を、満月は不安で心配そうな視線で見送った。
その満月の視線に、丈士が気づくことはなかった。




