1-15:「巫女」
1-15:「巫女」
慌てたように息を切らしながら走って来た巫女は、以前、目にした時と同じ、白衣に緋袴といういでたちで、跳ね癖のある黒髪を白い布でポニーテールにまとめている。
だが、今は弓の練習をしていたところであるらしく、その手には朱色に塗られた和弓があり、白衣の上から胸当てを身に着けていた。
「あれっ!? あなたは、タウンコート高原の……」
弓の練習をしていたためと、慌てて走ってきたために額に汗を浮かべ、はー、はー、と肩で息をしていた巫女の少女は、地面に尻もちをついているのが丈士であることに気がつき、そう言って驚いたような顔をする。
「は、はははは、いや、びっくりした」
(かっこ悪いところ、見られちゃったな)
丈士は表面的には笑いつつ、内心で恥ずかしく思いながら立ち上がり、手土産に持ってきた菓子折りの無事を確かめ、それから自分の服についた汚れをはらった。
そんな丈士の様子を、巫女の少女は、複雑そうな表情で見ている。
丈士がどんな用事でおとずれたのかと不思議に思う気持ちと、不安げな、心配そうな気持の入り混じった表情だった。
(警戒は、されていないみたいでよかった)
丈士は、巫女からすれば[悪霊かもしれない]幽霊である星凪をかばった立場なので、巫女から警戒されていてもおかしくないと思っていた。
だが、巫女はどうやら、丈士のことを警戒してはいない。
どうしてこんなに不安で心配そうな顔をするのかは分からなかったが、とにかく、丈士の話は聞いてもらえそうだった。
「あの、お兄さん、ご用件は……? 」
「いや、実は、幽霊の……、オレの妹のことで、ちゃんと、話をしておきたいって思ってさ」
巫女の問いかけに丈士がそう答えると、巫女は少し悩んでから、うなずいてみせる。
「分かりました。……でしたら、こちらへ」
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丈士が案内されたのは、社務所の中に設けられた休憩所だった。
初詣やお祭りの時など、忙しくて人が集まる時に使われるために用意されたその部屋は和室の畳張りで、一画だけが木製になっており、その上に昔懐かしいダルマストーブが置かれている。
座布団を奥から引っ張り出し、丈士に座ってくつろぐように言った後、巫女は建物の奥に引っ込んで、給湯室でお茶を準備し、丈士に出してくれた。
親切な応対だったが、半分は運動をした後で巫女自身の喉が渇いていたからであるらしく、巫女は自分の分のお茶をふー、ふー、と吹いて冷ますと、一気に半分ほども飲み干した。
「まずは、自己紹介から。……わたしは、この高原稲荷神社の巫女で、羽倉 満月といいます」
そうして一息をつくと、巫女の少女、満月は、そう言って丈士に軽く会釈をする。
「あっ、えっと、オレの名前は、百桐 丈士です」
丁寧な満月の仕草に、こういうことには慣れていない丈士は戸惑ったが、慌てて自分も自己紹介を済ませる。
「それで、お話があるということでしたが」
「あ、ああ。そうなんだ」
満月が単刀直入に用件を切り出してくれるのは、丈士にとってはありがたいことだった。
「えっと、羽倉さん。大家の高橋さんからの依頼でうちに来たっていうのは知っているけど、1つ、大きな誤解があるんだ。今日は、それを解きに来た」
「誤解、ですか? 」
満月は軽く首をかしげ、丈士は緊張から乾いた唇を潤すためにお茶を口につける。
「そう。誤解だ。……アイツは、オレの妹の星凪は、確かに幽霊だが、羽倉さんが除霊の依頼を受けた幽霊ではないんだ。……だから、アイツを除霊するとか、追い払うとか、そういうことは、やらないでやって欲しい」
丈士のその言葉に、満月は、困ったように眉をハの字にした。
(そりゃ、困るよな)
丈士はそう思ったが、しかし、引き下がるつもりはなかった。
「アイツには、妹には、オレの方からよく言い聞かせますんで。特に悪さをしたり、人に迷惑をかけたりっていうのは、しないと思います。だから、アイツのことは、見逃してやってもらえないだろうか? 」
丈士はそうまくしたてるように言うと、思い切って畳に両手をつき、満月に向かって土下座をする。
「わっ!? そんなっ、顔をあげてください、百桐さんっ」
その仕草に満月は驚き、戸惑った様子だったが、丈士は頭を下げ続けた。
自分の平穏な生活のために、星凪のために、満月にはうなずいてもらうしかないのだ。
満月は、しばらくの間何も答えなかった。
どう丈士に返答したものか悩んでいるのだろうが、丈士はいくらでも頭を下げ続けるつもりだった。
「えっと……、おっしゃっている件につきましては、了解しました」
やがて、満月は消極的な感じではあったが、丈士の要請を受け入れてくれたようだった。
「こちらとしても、依頼をいただいたものに対処することが基本となりますので、あの幽霊……、えっと、百桐さんの、妹さん? については、ひとまず、様子を見させてもらうことにします。無理やり除霊するようなことは、わたしとしてもできるだけやりたくはないので」
(思ったよりも、ずいぶん、すんなり受け入れてくれるんだな)
丈士は満月との話がうまくいって嬉しかったが、少し不思議でもあった。
出会い頭にいきなり星凪を攻撃したことから、満月は[幽霊なんて、絶対に許しません! ]とか、そういう考えの持ち主かと思っていたのだ。
「ありがとうございます。それと、迷惑かけて、すみませんでした! 」
一度顔をあげた丈士は、それから、満月への感謝と謝罪の意味を込めて、もう一度、深々と頭を下げていた。




