1-12:「巫女VSヤンデレ妹幽霊:2」
1-12:「巫女VSヤンデレ妹幽霊:2」
ヤンデレ妹幽霊と、神社の巫女。
その2人の間に割って入った丈士は、背中に冷や汗を滲ませがら、取り繕ような笑顔を、首を振って交互に2人に向ける。
咄嗟に割って入ったものの、どうすれば2人を止めることができるかなど分からない。
場合によっては、2人の戦いに巻き込まれることにもなるだろう。
なにしろ、丈士は、怒り心頭の星凪と、霊的な力を持った巫女との間にいるのだから。
「ハハ、ハハハハ、やだなァ、もう! 何か、よくわかんないけどさ! と、とりあえず、ここは穏便に、話し合ってみたらどうかなー、なんて! オレ、そう思うんだよね! ほ、ホラ、何かあって、ケガなんかしちゃったら、困るもんな! 」
「お兄ちゃんどいて」
必死に場を治めようとする丈士に、星凪は冷たい口調で言う。
「そいつ、コロせない。あたしとお兄ちゃんの間を邪魔する奴は、みんな、いなくなればいいの」
その星凪の言葉に、丈士はゴクリと唾を飲み込んだ。
星凪の口から発せられた、今までに聞いたことのないような、ゾッとするほどに冷たい、危険な言葉。
星凪は、本気であるようだった。
「お兄さん、危険ですよ!? 下がってください! 」
そして、巫女も、身構えたまま丈士に向かって叫ぶ。
「そこにいるのは、強力な、しかも危険な霊です! 何をするか分かりませんよ!? 」
実際、今の星凪は、危険な状態だった。
怒りにとらわれた星凪は、その周囲にどす黒い負の感情を渦巻かせ、憎悪と殺意に満たされた瞳で、丈士を貫いて巫女を睨みつけている。
その姿は、丈士にさえ、ヤンデレであっても妹の幽霊という星凪ではなく、害意を持って荒れ狂う悪霊、あるいは怨霊にしか見えなかった。
「ま、まァまァ、2人とも、落ち着きなって」
しかし、丈士は引き下がらなかった。
ここで引き下がれば、星凪も巫女も、無事では済まないかもしれない。
幽霊で、ヤンデレとなっても星凪は丈士にとってはたった1人の大切な妹だったし、その妹に、誰かを、生きている人間を傷つけさせたくはなかった。
巫女の方は初対面の相手だったが、霊的な専門家であろうと彼女に妹をどうこうされたくはなかったし、また、巫女にケガなどもさせたくはなかった。
「星凪。約束、しただろ? 部屋にいる時はなるべく大人しくするって。じゃないと、せっかく2人で暮らせる部屋を追い出されちまうかもしれないからな? な? これからもずっと、兄ちゃんと一緒にいたいんだろ? 」
「……」
星凪は丈士の説得に無言のまま答えず、どす黒い負の感情を渦巻かせたままだったが、丈士には星凪がちゃんと自分の言葉に耳を傾けていることが分かっていた。
「そっちの、巫女さんも。事情があるんです」
ひとまず星凪が凶行に及ぶ危険が小さくなったと判断した丈士は、次に、巫女の説得を試みる。
「えっと、確か、大家の高橋さんからの依頼で、幽霊退治に来たんでしたっけ? だったら、ご心配なく。コイツはオレの妹でして、確かに幽霊ではあるんですが、大家さんの依頼にあった幽霊とは、まったくの別人なんです。特に人に害を与える存在でもないんで、見逃してやってくれませんか? 」
ヤンデレ妹幽霊である星凪は人畜無害な存在ではなく、丈士にとっては困った存在だったし、呪いやポルターガイストといった形で人に害を与えることはあったが、しかし、ここで除霊されるほどではないと丈士には思えた。
星凪は、確かに幽霊だ。
だが、ここで無理やり消されてしまうのは、あまりにもかわいそうだと思った。
丈士には、あの、3年前の夏、川に流され、目の前で溺れていく星凪を助けることができなかったという、負い目がある。
いずれ、すべての人々の魂と同じように、星凪が、どこか遠いい場所に旅立たなければならないのだとしても、せめて、星凪も自分も納得のできる形にしたかった。
丈士の説得に、巫女は星凪と同じように無言のまま、答えない。
険しい表情で油断なく身構えながら、丈士と、その背後にいる星凪の姿を見比べている。
だが、巫女も、判断を決めかね、悩んでいるようだった。
うまく場を治められるかもしれない。
そう手ごたえを感じた丈士は、さらに言葉を続ける。
「妹には、自分からもっと言い聞かせて、周りに迷惑をかけさせないようにします。もし、詳しい事情とかを知りたいというのなら、後日、巫女さんの方におうかがいして、オレの方からきちんと説明します。……だから、とりあえず、今日のところはお引き取り、願えませんか? 」
丈士のその言葉に、巫女は、困ったような顔をし、丈士の真意を探るような視線を向けてくる。
丈士はその瞳をまっすぐに見返し、決してそらさなかった。
「分かりました」
やがて、巫女は両目を閉じ、小さく深呼吸して肩をなでおろすと、身構えを解いた。
「どうやらお2人には事情があるようですし、わたしとしても、無理やり除霊することは本意ではありません。……今日のところは、帰ります」
そして、巫女はペコリと頭を下げると、警戒と不安の入り混じったいちべつを星凪へと向け、それから、踵を返して、彼女が言った通り帰って行った。
丈士はその後ろ姿を見送り、それから、扉を閉めると、数歩、よろよろと後ろによろめいて、それから、尻もちをつくように床の上に座った。
「はぁぁっ……。良かった」
深々と溜息をつき、心底安堵したような声を漏らす。
そんな丈士を、星凪はじっと見おろしていた。
まだ怒りは収まりきってはいないようだったが、彼女の周囲に渦巻いていたどす黒い負の感情は消えている。
星凪も、丈士の行動が正しいということが理解できたのだろう。
やがて丈士の方から顔を背けると、星凪は、小さな声で呟いた。
「ありがと、お兄ちゃん」




