8-1:「まだ、終わりじゃない」
8-1:「まだ、終わりじゃない」
二枝川の神がその長い苦しみから解き放たれ、完全に消え去った後。
丈士は、その場に崩れ落ちるようにへたり込んでいた。
全身が、まるで神経の通っていない泥の塊になったような感覚だった。
とても立ってなどいられなかったし、正直言って、息をするのもやっとだった。
「丈士さんっ、大丈夫ですか!? 」
そんな丈士の顔を、満月が慌ててしゃがみこみ、心配そうにのぞきこんでくる。
「いや……、オレは……、だいじょぶ、です……」
全然大丈夫という感じはしなかったが、丈士は満月を心配させないように精一杯の笑顔を見せながらそう言った。
「オレより……、ゆかり……ちゃん、を……。オレ、は、少し……休めば、だいじょうぶです……から」
その丈士の言葉に、満月は何度も、丈士と、倒れたままのゆかりとを振り返った。
丈士もゆかりも心配でしかたがないが、満月はこの場に1人しかいない。
それが、なんとももどかしいというような表情をしている。
「丈士さん! じっと、じっとしていてくださいね! すぐ、戻りますから! 」
だが、満月はそう言って、ゆかりの方へと向かって行った。
とても大丈夫そうには見えないものの、しっかりと意識はある様子の丈士と、祟り神の攻撃の直撃を受け、気絶しているゆかりとを天秤にかけ、ゆかりの方がより危険な状態であると判断したのだろう。
気絶して倒れたままのゆかりのそばに駆けより、その状態を確認した後、ケガをした時に備えて用意していた治療用の道具などを取りに全速力で駆けていく満月の姿をぼんやりと眺めながら、丈士はその場に大の字に寝ころんだ。
とても身体を起こしていられないくらい、丈士は体力を消耗していた。
川原には石がゴロゴロとしていて、こんな風に寝ころべば痛くてしかたがないはずだったが、今の丈士は感覚がほとんど麻痺していて、そんな痛みも感じなかった。
どうして、こういうことになっているのか。
丈士にはその原因がわかっていた。
薄々、自覚はしていたのだ。
この数週間の間、ずっと。
丈士は、自身の生命力を使って、妹である星凪をこの世界に存在させ続けている。
自覚したことのなかったその事実を知ってから、数か月。
満月が世話を焼いてくれたおかげで、丈士は体調不良から脱することができたが、しかし、満月がしてくれていたのはあくまで延命措置であって、解決策ではない。
丈士と、星凪。
2人がより良い未来を得るための、その方法をなんとか見出すためのその時間を稼ぐために、満月は協力を惜しまなかった。
(時間切れ、か……)
丈士の心の中では、祟り神を倒すことができて満ち足りたような気持と、悔しいような気持がかき混ぜられていた。
星凪の命を奪った。
その因縁の相手との決着は、つけることができた。
数百年もの間、自身がどんな存在で、なにを望んでいたのかさえ忘れ去るほどに強い怨念に焼かれ続けた二枝川の神を、その呪縛から解き放った。
数百年前、二枝川の神を救うことができず、ずっと丈士たちを見守り続けてくれた守護霊たちの願いを、叶えることができた。
それは、素直に嬉しいことだった。
よくやったと、自分で自分を褒めたい気分だった。
だが、丈士は、自分の体調が、満月に世話を焼いてもらっても維持できないほどに悪化した今になっても、自身の妹、星凪を、丈士の生命力を消耗せずとも存在させ続けるための方法を、見つけ出すことができていない。
丈士と星凪の前に用意されていた、唯一の解決策。
丈士と星凪がずっと、変えたいと願って来たその運命を、丈士は変えることができなかった。
(いやっ……! まだだ! )
丈士は、自身の、抜け殻のようになった体の中で、そう叫んでいた。
(まだ、終わりじゃねぇ! ……終わらせるわけには、いかねぇんだ! )
そう。
丈士は、ここですべてをあきらめるわけにはいかなかった。
丈士と星凪の間に存在する、避けて通れない問題。
いつか、星凪が丈士の生命力を食いつくしてしまう。
それを回避する唯一の方法は、星凪が成仏し、丈士の前から消え去ることだった。
永遠に。
不可逆的に。
だが、丈士も星凪も、そんな手段をとることは望んではいなかった。
たとえ、ヤンデレでも、幽霊でも。
星凪は、丈士の妹であって、大切な存在であることにはなんの変りもない。
星凪が、消滅しなければならない。
そんな運命なんて、覆してやる。
自分たちは、二枝川の祟り神さえ、浄化し、救うことができたのだ。
きっと、できるはずだ。
丈士は自分で自分にそう言い聞かせ、身体に力をこめようとしたが、できなかった。
まるで、自分の身体が、自分のものではないように。
丈士は、徐々に、自分の中で燃えていた炎が、小さくなっていくような感覚を覚えていた。
それは、丈士の命の火が、消えかかっていることを示している。
(ダメだ! ダメだ! そんなのは、ダメだ! )
丈士は必死に自分に言い聞かせ、もう一度立ち上がろうとしたが、できなかった。
「お兄ちゃん」
そんな丈士のことを、今まで消えて行った二枝川の祟り神が最後にいた場所で、じっと、自身が犠牲となった川の淵を見つめていた星凪が、いつのまにか丈士を見おろしていた。
そして、星凪は、真剣なまなざしで、表情で、口調で、言う。
「ねぇ、お兄ちゃん。……あたしね? 決めたんだ」




