7-15:「決戦準備」
7-15:「決戦準備」
裏の畑で両親が働いている間に武器を満月とゆかりが使っている部屋に隠すと、丈士たちはパソコンを開き、この辺りの地図を表示させていた。
結界を作るためには、その結界を作るためのものを、結界で囲いたい場所の周囲に配置する必要がある。
高原稲荷神社では、鳥居や柵、注連縄などを用いてその境内を結界で守っていたが、それらと同じものがこの辺りにもあるはずだった。
それを探すために、まず地図を見て全体を俯瞰して、怪しい場所がないかを見つけておきたかった。
紙の地図でこの辺りを一度にすべて見ることができれば手っ取り早かったのだが、あいにく百桐家にはそんなものはなかった。
だからパソコンに地図を表示させることで代用したのだが、こちらには、鮮明な衛星写真を表示できるというメリットがあった。
地図と衛星写真とを比較すると、すぐにいくつかの怪しい場所を見つけることができた。
その内のいくつかは、すでにおとずれたことのある場所だった。
百桐家の裏の雑木林にある祠に、祟り神を祭っていたとされる神社の跡地に、古くからそこにあると言われている道端の石地蔵。
とりあえず見当のつくものはそれくらいだったが、その配置を眺めていたゆかりがあることに気がついた。
「これって、もしかして……。ここと、ここにも何かがあれば、あの祟り神の巣になっている二枝川の淵を中心にして、五芒星ができるんじゃないですか? 」
五芒星は、5つの点を星形に結んだ記号だったが、古代から神秘的な要素を重ねて見られ、日本においても魔除けの記号として用いられてきたものだ。
満月とゆかりが祟り神と戦うためにせっせと作ったお札にも、五芒星が描かれている。
ゆかりがパソコンの画面を指さしたあたりに結界を作るのに使われていそうなものがあるのかどうか、丈士も星凪も知らなかったが、そこになにがあるのかは知っている。
1つは、4年前に工事が始まり、今は運送会社の物流センターとして機能している大きな施設。
もう1つは、3年前の大雨で土砂崩れが起こって、今は防災工事が進められてのり面の補強工事でコンクリートなどの人工物でおおわれてしまった山の斜面だった。
「4年前と、3年前……? ……う~ん、なんか、奇妙なくらいつながってきますね」
衛星写真にとらえられた、大きな施設と人工物。
それを見ながら、ゆかりは自身のあごを右手でおおいながら、推理していく。
「百年前に、まず、祟り神を祭っていた神社が廃社になって……、結界が弱まった? そして、4年前に始まった工事で結界がさらに弱まって……、3年前の土砂崩れで、完全に結界が破壊された。それで、祟り神がよみがえった」
「3年前の土砂崩れは、祟り神が誘発させた、なんてこともあり得ますねぇ」
ゆかりの推理にうんうんとうなずいていた満月だったが、しかし、困ったような顔をする。
「でも、結界を作っていた5か所のうち、3か所が失われているとすると、もう一度結界を作ることは難しそうです。神社の跡地と、土砂崩れが起こった場所は、こちらで何か代わりになるものを用意して配置すれば、一時的に結界を再生できて祟り神を封じ込めることができます。ですが、運送会社さんの配送センターは、私有地ですしわたしたちが勝手に入ってなにかするわけには、いきませんよねぇ……」
せっかく、祟り神をこれ以上逃がさずに倒すために、結界を使えるかと思ったのに。
どうやら、ことはそう簡単にはいかないようだった。
「あきらめるのは、早いよ! 」
少しがっかりしたように考え込んでしまった丈士、満月、ゆかりに、星凪が励ますように言った。
「ゆかりちゃんの説だと、5つの内の1つ、神社が壊されちゃった時はまだ、結界は機能していたんでしょう? だったら、配送センターをどうこうできなくても、残りの4か所だけでも復活させられれば、結界を作れる! 祟り神を倒しちゃう間だけ持てばいいんだから、それで十分だよ! 」
「ふむ。……星凪ちゃんの、言う通りかもしれませんね」
星凪の言葉にうなずくと、満月は丈士の方へ視線を向ける。
「丈士さん。午後、また案内していただけませんか? 星凪ちゃんの言うとおり、一時的に結界を作れればいいんですから、なにか、できることがあるかもしれません」
「わかった。もちろん、案内するよ」
星凪の言葉でまたやる気を取り戻した丈士は、力強くうなずいた。
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実際、星凪の言うとおりだった。
神社の跡地はもちろん、土砂崩れで崩れた後、人工物で固められてしまった山の斜面にも、結界を作る代わりのものを配置することはできそうだった。
後になって丈士の父親から聞いたところによると、山の斜面には土砂崩れが起きるまで注連縄の巻かれた大木が、配送センターの敷地には雑木林にあったような祠が建っていたのだという。
祟り神の関与があったかどうかはわからなかったが、大木が失われたのは自然災害だ。
だが、神社が廃社となったのも、祠の1つが失われたのも、どちらも人間の都合だった。
結局、祟り神は、長い歴史の中でその存在を忘れ去ってしまった人間が、その自らの手で呼び覚ましてしまったということだった。
だが、今さらそれをとやかく言ってもしかたがなかった。
誰も、そのことを知らなかったのだから。
それでも、丈士の心の中には、悔しさが残った。
もし、自分たち、後世を生きる自分たちが、大昔の出来事をきちんと覚えていたら、祟り神は復活しなかったかもしれない。
星凪は、死なずに済んだかもしれないのだ。
(せめて、あの祟り神だけは、絶対に倒す! )
決着をつける。
再びそう心に誓った丈士は、自分にできることをした。
丈士たちは、神社の跡地と大木があった場所に結界を作る代わりとなるものを配置し、それから、残されていた石地蔵と祠の清掃を行うことにした。
4か所がそろえば、結界は再び作ることができるだろう。
だが、元々5か所だったところが1つ減ってしまうのだから、その結界は不完全で、力も弱い。
祈りを込めて清掃することで、少しでもその力を強められればと、そう思ったのだ。
そうして、祟り神との決戦の準備は整えられていった。
戦うための武器は整っている。
結界によって、祟り神の力を弱め、これ以上の逃走を阻止することもできる。
あとは、丈士たちが最後の覚悟を固めて、戦いを挑むだけだった。




