7-13:「由来」
7-13:「由来」
丈士の父親は、そのあまり農家らしくない風貌の通り、昔は都会で商社のサラリーマンとして働いていた人だった。
出身はこの辺りで、代々この家に住んできた一族の出身である母親とは幼馴染であったらしいのだが、若いころ都会の大学に通うために故郷を離れ、そのまま就職したらしい。
元々読書好きな性格であったらしいのだが、ある程度の教養が必要とされる商社のサラリーマンとして働いていた経験から知識を身に着けることがクセになっており、都会の学校に通うために都会に出ていた母親と偶然再会して結婚し、いろいろ事情が重なって田舎で農家になった後も、地元の古老などから昔話をよく聞いていた。
丈士としては昔話にはあまり興味がなく、父親が機会を得ては丈士に教えてくれる昔話を右から左へと聞き流していたのだが、今は父親の知識が必要だった。
自宅へと戻った丈士は、満月やゆかりが両親の気を引いている間にこっそりと自室へと向かい、両親に驚かれないように角切りをそこに隠した。
それから丈士は居間へと向かい、満月とゆかりと一緒に暖かなお茶を飲みながら、さりげなく父親に家の裏手にある雑木林の祠のことを話題にした。
「裏の、祠かい? みんなして、こんな時間にあんな場所に行っていたのかい? 」
「そうだよ。若い娘さんもいるっていうのに」
丈士たちが雑木林の中の祠まで言っていたことを知った両親はあまりいい顔はしなかったが、満月が「危ないことはありませんでしたよ~。丈士さんもいましたし。おもしろかったです」と言ってとりなしてくれたので、丈士が責められることはどうにか回避することができた。
「裏の祠、ねぇ」
丈士の父親は自身の頭の中を整理するために体の前で両手を組んで一度黙り込み、それから、ゆっくりと話し始める。
「じいさんの話だと、あそこにある祠は、うちのご先祖様がこの辺りに移り住んできて開墾を始めた時に建てたものだ、っていう話だな」
「それって、どのくらい昔の話なんだっけ? 」
「おいおい、丈士。忘れちゃったのかい? ……江戸時代初期の話になるから、ざっと、400年くらい前の話になるね」
それから父親は、丈士たちに、祠の由来と、百桐家の先祖についての話をしてくれた。
よくありがちな話ではあるが、百桐家はかつて武士の一族であったらしい。
それも、小なりとはいえ郎党を持つ武士団で、平安のころからどこかの守護職にある大名家に仕え、小さな領地を持っていたのだという。
だが、応仁の乱から始まる戦国の騒乱で、百桐一族にも大きな変化が訪れることになった。
下剋上により、仕えていた大名家が衰亡し、他国に逃亡せざるを得なかった大名を守るために百桐一族は領地を捨てて放浪することになったのだという。
百桐一族は没落した大名の地位を回復させるために戦い続け、有力な力を持った戦国大名に接近したり仕えたりして、一族とその主家の復興を果たそうとした。
だが、戦国の騒乱も終わりを迎え、一族の悲願であった主家の復興の望みは絶たれた。
元和偃武、すなわち西暦1615年に起った大阪夏の陣の終焉と共に、世には太平がおとずれ、戦乱は終結した。
それはすなわち、没落した百桐一族とその主家が、再興を果たすために手柄を立てる場もなくなったということだった。
百桐一族とその主家が最後に参加した大阪夏の陣の描写する父親の口調には、かなりの熱がこもっていた。
「時は慶長20年、元和元年。百桐家のご先祖様は、その主家であった大名家の当主と共に、何某という大名の配下として大阪夏の陣に参陣したんだ。東軍としてね。戦乱の世ももう終わり、これを逃せば機会はないと、ご先祖様ははりきって、名のある武将を討ち取ったりして順調に功績をあげていたんだ。……だけど、ご先祖様は運がなかった」
「親父、運がなかったって、どういうことなんだ? 」
「かの有名な、真田 信繁、俗にいう幸村の最期の突撃の矢面に立たされてしまったのさ」
父親はぎゅっと拳を握ると、感極まったような口調で続ける。
「これが最後と、家康本陣に向け突撃をした真田隊の勢いは、それは、それは、すさまじいものだった。東軍の諸隊は次々と崩れ、ご先祖様が参陣していた部隊も敗走した。そして、その戦いのさなか、真田隊のものか、それとも味方の流れ弾かはわからないけれども、1発の銃弾が、百桐家のご先祖様が仕えていた主家の当主に当たってしまったんだ。殿様はあえなく討ち死に。その時、主家の当主はまだ年若い、そう、ちょうど丈士と同じくらいの年だったから子供はなく、子孫がないためそこで主家は断絶。百桐一族の、主家を再興するという望みもかなわなくなってしまったのさ」
(真田 幸村って……、ホントかよ)
丈士は内心、あまりにも話が出来過ぎていてドラマチック過ぎると、父親の話をかなり怪しんだが、せっかくいい気持でしゃべっている父親の邪魔をしたくなかったので黙っていた。
それに、星凪も満月もゆかりも、実に興味深そうに父親の昔話に聞き入っている。
その気分を邪魔したくはなかった。
「それで、どうなったんでしょうか? 」
満月の問いかけに、若くして討ち死にした主家の当主と、主家の再興という夢を断たれた百桐一族の無念を思って涙ぐんでいた父親は、ティッシュで涙をふいて話を再開する。
「主家の再興という夢を失い、戦国の世が終わったことでどこの大名も大兵力を必要としなくなって、自分たちの仕官の道も失った百桐一族は、武士をやめることを決意したんだ」
その説明に、真剣に話に聞き入っていたゆかりがうなずく。
「なるほど。それで、この地に移り住んだんですね? 」
「そう。百桐一族は、まったく新しい場所で、一から再スタートしたんだ。……裏の雑木林は、この辺りを開墾するときに、薪なんかをとるためにわざと残された場所で、祠も、この地で百桐一族が末永く繫栄できるように、開墾をはじめてしばらくしたころに建てられたものだっていう話だよ」
「なるほど、なるほど。……ところで、百桐先輩のお父さん。[角切り]という刀については、なにかご存じではありませんか? 」
「おっ、えっと、音寺さんだっけ? よくその名前を知っているねぇ! 」
さりげないゆかりの問いに、丈士の父親は嬉しそうに笑う。
(ゆかりちゃんナイス)(ナイスアシストですゆかりちゃん! )
聞きたかったことをさりげなく切り出してくれたゆかりに、丈士と満月は称賛の視線を送る。
すると、ゆかりは少しだけ得意そうに胸を張った。
「角切りっていうのは、百桐一族を起こした初代の当主が使っていたっていう、伝承の刀だね。何でも、鬼の角を切ったっていうことからその名前がついたんだとか。……ちなみに、百桐っていう名字も、その初代当主から始まったんだ。どこかの合戦で、角切りと使って敵兵100人を倒したから、百斬ってね。[ギリ]は最初、斬り捨てるとかの意味で使う感じだったんだけど、それだと物騒だからって、今の桐の字に変えたみたいだね。……角切りは代々百桐家の当主に伝わって来たんだけど、どうにも、武士をやめたころに紛失してしまったらしいんだ」
父親は角切りの行方を知らなかったが、丈士たちはそれを知っている。
まとめると、こうだ。
百桐家のご先祖様があの祠を作り、そこに、角切りを納め、後の世にも伝わるようにした。
そして、おそらくはだが、丈士たちをあの祠に導いた守護霊たちは、百桐家のご先祖様や、所縁のある人なのだろう。
そこで丈士は、ふと、あることに気づく。
(百桐家のご先祖様が武士で、角切りを使っていたってことは……、あの祟り神を倒したのって、うちのご先祖様じゃん!? )
まったく同じことに気づいたのだろう。
満月とゆかりが、驚いたような目で丈士のことを見ていた。




