7-2:「頼む」
7-2:「頼む」
4人は1列に並ぶと、それぞれ賽銭箱にお賽銭を投げ入れ、鈴をガラガラと鳴らし、拝殿に向かって祈りを捧げた。
祟り神を、倒せるように。
そして、無事に帰ってこられるように。
丈士たちはできるだけの準備をしてきたが、それでもやはり、不安は残る。
だが、こうして神様に祈りを捧げておくことで、少しだけだが、気持ちが軽くなったような気分になった。
それから丈士たちは、荷物を持って境内から出て、石段を下りて行った。
丈士はゆかりの荷物を持ってやり、満月が道具やお札などの入ったスーツケースを持って、騒がしいせみ時雨の中を進んでいく。
後は高原駅に向かい、そこから電車を乗り継いで丈士の故郷へと向かうだけだったが、鳥居をくぐると、そこで治正と、キツネの姿をしたハクが待っていた。
治正はまだ完全には回復しておらず、その首筋には祟り神から受けた呪いの証である痣がうっすらと残っていて、立っているのも少し辛そうだったが、こうやって出歩ける程度には回復してきていた。
ハクの必死の看病のおかげだった。
丈士は、祟り神を倒すための遠征に出発する見送りに来てくれたのかと思ったのだが、ハクについてはそうでも、治正は違う目的でここに来たようだった。
「丈士。すまないが、少し、1人だけで話をさせてもらえないか」
「は、はぁ。別に、大丈夫ですけど」
少し青ざめた顔で、険しい表情でそう言って来た治正に、丈士は内心で少し警戒しながら時間を確認し、乗る予定の電車にはまだ時間があることを確認してから、少し曖昧にうなずいた。
出発前という時間になって急にやってきたのだから、なにか重要なことを言われるのではないかと思ったからだ。
「そうか。……すまないが、こっちに来てくれ」
丈士の返答に気難しそうな表情でうなずくと、治正はきびすを返し、丈士についてこいと視線で合図をして、満月の自宅の方へと向かって行く。
「じゃぁ、ちょっと行ってきます」
丈士は満月たちにそう言うと、荷物を置いて治正のあとを追った。
────────────────────────────────────────
丈士と治正がやって来たのは、満月たちがいるのとはちょうど反対側、満月の自宅の裏の方だった。
大昔からこの場所に土地を持っていた羽倉家には、広くはないがちゃんとした庭があり、家の裏手側には日本庭園風の庭が形作られていた。
大きな石を並べて縁取った中に砂を敷き詰めた枯山水に、今は青々とした葉を茂らせている桜の木、秋になれば美しく色づく紅葉の木が生えている。
それに加えて、神事に使われる材料なのか、矢竹や榊などが庭の片隅に植えられている。
「まぁ、座ってくれ」
「はぁ、どうも」
自身は先に家の縁側に腰かけ、同じように座れと手で指し示した治正にぎこちない返事をしながら、丈士はその隣に腰かける。
丈士としては、厳しいながらも治正が決して悪い人間などではないとわかってはいたものの、やはり、治正と2人きりで話すというのは気まずいことだった。
少なくとも、丈士はこれまで治正から好意的に接してもらった記憶がない。
だから、丈士は治正にこれからいったいなにを言われるのだろうと不安でしかたがなかった。
「娘を、頼む」
だが、内心不安に思い、警戒していた丈士に向かって、治正は突然、そう言って頭を下げてきた。
「本音を言えば、お前たちにあの祟り神と戦わせることは、俺は、心配でならん! だが、だが! 今の俺は、戦うことができん! だから、お前たちに託す! そして、お前には、満月を、俺の娘を頼みたい! 」
まったく予想していなかった治正の行動に丈士が戸惑っていると、治正は頭を下げたままそうまくしたてるように言った。
それは、治正の本心からの言葉だった。
普段、なかなか素直にものを言えないところのある治正が、隠したり気取ったりすることなく、自身の本音をさらけ出している。
「俺は、こんな時に一緒に行ってやれない、満月を守ってやれない自分を不甲斐なく思っている。だが、昨晩、満月に言われたのだ。……自分を信じて欲しい、と。俺は今まで娘に寂しい思いばかりをさせてきたが、娘はそんな俺をずっと信じて待っていてくれた。今、その立場が逆になって、俺は娘の成長が嬉しかった。……だが、どうしても、心配でならんのだ」
丈士は無言のまま、治正の言葉を聞き続けた。
最初は驚きのあまり声が出なかっただけなのだが、今は、こうまで素直に自分をさらけ出す治正の言葉を邪魔してはならないという気持ちだった。
普段の治正の厳しく寡黙な性格からすれば、これだけ本心をはっきりと打ち明けるのは、相当難しかったはずだからだ。
「いろいろ考えさせられたが……、結局、満月をのことを守ってくれと頼めるのは、丈士、お前しかいない」
やがて、治正は自身を振り絞るようにそう言うと、言うべきことをすべて言い終えたのか、頭を下げたまま押し黙る。
そんな治正の姿を見て、真剣に考え込んでいた丈士だったが、やがて、丈士はその場で居住まいをただし、靴を履いたまま縁側を汚さないように正座して治正に向き直った。
「お父さん。わかりました。……オレみたいに、霊のこととかよくわからない人間にどこまでできるかはわかりませんが、必ず、満月さんと一緒に帰ってきます」
丈士は、その言葉通り、自信を持ってはいなかった。
できるだけの準備をしてはいるし、祟り神もまだ負った傷から回復しきってはいないはずだったが、それでも、あの、丈士たちを圧倒するほどの強さが印象に強く残っている。
それに丈士は、あの祟り神から自身の妹、星凪を救うことができなかった。
梅雨の終わりごろに祟り神と戦った時、生きのびることができたのも、自分自身の力ではなく、満月たちに助けられてやっと、だ。
だが、それでも、丈士は治正に約束した。
自信も確証も持てないのだとしても、(自分がやるんだ)という気持ちだった。
「そうか……っ! そうかっ! 丈士くん、どうか、満月を頼む! 」
治正はようやく顔をあげ、嬉しそうにそう何度もうなずいた後、唐突にクワっと険しい表情になり、丈士に組みついてくる。
「ぅわっ!? な、なにするんですかっ!? 」
「うるさい! 確かに満月のことを頼むとは言ったが、キサマにお父さんと呼ばれる筋合いはないぞォッ!! 」
突然の治正の豹変に丈士は戸惑ったが、治正はそんな丈士におかまいなしに、容赦のないチョークスリーパーをかける。
治正による攻撃は、たっぷり1分は続いた。




