6-15:「覚悟」
6-15:「覚悟」
丈士たちの準備は、概ね満足できるほどになった。
武器の類はよく手入れされていつでも使える状態になっていたし、矢、お札などの消耗品も、持っていくことのできる限界まで作った。
数日間だけだったが、丈士も精一杯身体を動かし、どうにか身体の動きの勘を取り戻していた。
丈士がまともに振るったことがあるのは竹刀だけだったが、体さばきはそのまま役に立つだろうし、刀と自身の位置関係、身体の姿勢など、常に気を配り最適な動きができるように思考する感覚は大切だろう。
そして、明日、二枝川に逃げた祟り神と決着をつけるために出発するという日になった。
必要な準備を終えることができていた丈士たちは、その日はゆっくり休んで英気を養い、また、明日遠征に出発するための身の回りのものを準備することにして、稲荷神社に集まることもなく、それぞれの自宅で1日を過ごすことにしていた。
遠征中の宿は丈士と星凪の実家を借りるという話でまとまっているため、丈士が持っていく荷物はかなり少なくて済む。
実家には丈士の私物が多く残ったままだったし、丈士の荷物は少なく、スーツケースは必要なくて、気軽に背負っていけるリュックサック1つに簡単に収まってしまった。
ちなみに、弓とか、刀とか、薙刀とか、明らかに目立つし、法律的に持ち歩くことが許されないようなものは、丈士たちとは別に式神のハクが持って行ってくれることになっている。
ハクは、未だに祟り神から受けた呪いが完全には消滅せず、本調子ではない治正の看病をしなければならないために祟り神との戦いには参加できないということだったが、片道100キロ以上の移動に持っていく荷物は少ない方がよく、ありがたいことだった。
「ねぇ、お兄ちゃん」
丈士がリュックの中をまさぐり、必要なものがすべて入っているかを確認していると、テレビを見ていた星凪がいつの間にか丈士の隣にやってきていて、そう言った。
「ん? どした? 星凪」
丈士はリュックの中に必要なものがすべてあることを確認し終え、チャックを閉じると、星凪の方を振り返る。
そこには、不安そうな顔をした星凪がいた。
「なんだよ、そんな顔して。……今さら、不安なのか? 」
そんな星凪の様子を見て、丈士は元気づけるように微笑んで見せる。
「うん。……不安だよ、すごく」
丈士の言葉に、星凪はコクンとうなずいてそう言った。
「だって、お兄ちゃんまでアイツに殺されちゃったら、イヤだもん」
「ははっ、大丈夫さ。オレはアイツにやられたりしないって」
丈士は星凪の言葉を軽く笑い飛ばした。
「今まで、みんなでいろいろ準備してきただろう? 大丈夫さ。なにもかも、うまくいく。アイツだって、かなり弱ってるんだから」
「そうだけど……。でも、アレから、けっこう時間も経ってるし」
「治正さんが言ってただろ? これくらいの時間で回復しきれるような傷じゃないって。簡単さ。家に帰って、祟り神を探し出して、決着をつける」
そこまで言った丈士は、そこで唐突に、小さく咳き込んだ。
丈士は星凪を励ますような笑顔を浮かべたままだったが、星凪はその丈士の様子に心配そうに眉をひそめる。
「お兄ちゃん、何日か前から咳してるみたいだけど、カゼ? 」
「……ああ、いや、心配ないって」
丈士は肩をすくめたあと、なんでもないと示すために元気そうなポーズをとって見せる。
「満月さんがうまいもんをごちそうしてくれてるからな。大丈夫、お前がいたって、お前が少しくらい力を使ったって、アイツと、祟り神と戦ったって、兄ちゃんはなんともない」
「うん。……そうだよね」
星凪はうなずくと、丈士にではなく、自身に言い聞かせるように言う。
「大丈夫、だよね。全部、うまくいくよね」
「ああ。もちろんさ」
丈士は少し大げさにうなずいてみせると、それから、星凪の頭を右手で軽くなでる。
そこにあるのは、いつものひんやりとした、手ごたえのない感触だけ。
それでも、そこに丈士の妹、星凪は、確かに存在している。
「アイツを倒せば、いろいろ、区切りがつけられると思うんだ。そしたら、お前がこのまま、オレと一緒にいられるような方法を探すのだって、きっとうまくいく」
星凪はその丈士の言葉に無言のままうなずいた。
星凪は、丈士の言葉を信じようとしている。
信じたいと、そう願っている。
だが、なにかが心の中で引っかかり、不安を打ち消すことができないでいるようだった。
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「明日は早いし、新幹線を使うけど長旅だ。……今日はもう、寝ちまおうぜ」
「うん。そうだね、お兄ちゃん」
しばらく、兄妹は言葉少ななままでいたが、やがて丈士がそう言うと、2人仲良くベッドに横になった。
丈士は毛布を被ると、スマホの目覚ましをセットし、明かりを消して、そして、ほどなくして寝息を立て始める。
その暗がりの中で、星凪は、しばらくの間寝つけずにいた。
本来、幽霊にとって、睡眠は必要ない行為だった。
睡眠とは本来、肉体を持つ生物がその機能を正常に維持するために必要とするものであって、それを失った幽霊にとっては無意味なものなのだ。
定期的に睡眠をとっている星凪には、最初、満月たちも驚いていた。
そのあと、いろいろな仮説が出てきた。
たとえば、生きていたころの延長で、娯楽のために睡眠をとっている、とか、星凪は丈士の生命力を糧として存在しているから、丈士の生命力をなるべく消費しないように節約しているのでは、とか。
星凪の頭から離れないのは、後者の方の仮設だった。
(あたしは、お兄ちゃんと……)
暗闇の中で起き上がり、期末テストや、遠征の準備で疲れていたのかすぐに眠ってしまった丈士のことをじっと見おろしながら、星凪は真剣な表情で願う。
(あたしは、このまま、ずっと、お兄ちゃんと……、満月さんや、ゆかりちゃんと一緒にいたい)
ゆかりは星凪に「変わった」と言ったが、それは、星凪も自覚していることだった。
自分にとっては、お兄ちゃんが、丈士こそが、すべて。
幽霊になってからいつの間にかそんな風に思うようになっていた星凪は、丈士を独り占めにしたいと願い、執着するようになっていったが、自分では気づかなかったことを知るのにつれて、考え方も変化せざるを得なかった。
そして、今も、その変化は続いている。
生きている人間と同じように、星凪は思考し、悩み、変化していく。
だが、その身体は半透明で、さわろうとしても何の手ごたえもなく、ただ、少しヒンヤリとした感触があるだけだ。
「お兄ちゃん」
自身の半透明の手を通して丈士の寝顔を見つめながら星凪はそう呟くと、ぽすん、とベッドの上に横になり、それから、両目を閉じた。
星凪が眠りにつくには、まだ、しばらくの時間が必要だった。
※作者より
本話にて、第6章は完結となります。
次回、第7章は、1日お休みをいただきまして、27日からの投稿再開とさせていただきます。
第7章では、祟り神との決着をつけるために、主人公たちが二枝川へと乗り込むことになります。
本作もいよいよ終盤であります。
もしよろしければ、最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。
これからも、熊吉をよろしくお願いいたします。




