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妹でもヤンデレでも幽霊でも、別にいいよね? お兄ちゃん? ~暑い夏に、幽霊×ヤンデレで[ヒンヤリ]をお届けします!~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第六章「生きている」

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6-3:「[次]はない」

6-3:「[次]はない」


 満月は丈士よりもさらに長く眠り続けていたが、何か大きな怪我を負っているわけではなく、その原因は丈士を救おうとして自身の霊力を惜しげもなく使ったせいだった。


 負ったダメージの大きさ、という点では、丈士の方が大きかったはずだ。

 それなのに目覚める順番が丈士の方が早かったのは、それだけ満月の消耗が深刻だったということでもあった。


 休んでいれば、そのうち目を覚ます。

 治正やハクの言っていた通り、満月は、その日の昼前には目を覚ました。


 丈士は、星凪と一緒にハクが用意してくれた部屋で休ませてもらっていたのだが、満月が目を覚ましたという知らせをハクから伝えられた後、全員で昼食にしようという提案をしてもらった。

 栄養のあるものを食べればそれだけ回復も早くなるというのが、ハクの意見だった。


 言われてみると、丈士は空腹だった。

 たたり神と戦い、溺れ死にそうになったというのに、腹はいつもと同じように減るのである。


「それが、生きているということですよ」


 食事と聞いてぐぅと鳴った自身の腹に恥ずかしそうにしている丈士に、ハクはその双眸そうぼうを細めながらそう言った。


 それから、丈士と星凪は、羽倉家の食卓へ案内された。


 和風の背の低いテーブルの上に、3人分と少々の食事が並べられた食卓。

 この場で料理を食べるのは丈士と満月、治正の3人だけだったが、それよりも少し食器の数が多いのは、満月から星凪のことを聞いていたハクが気をきかせて味見用に用意してくれたものであるらしかった。


 用意されていたものは、病み上がりの人間用には少し重いものだった。

 かつ丼だ。


 かつ丼と言ってもっともイメージされやすいであろう、豚カツを食べやすいように切ったものを、タマネギなどの具と一緒に割下で煮込み、卵でとじたものをどんぶりに盛ったゴハンの上に乗せたものだ。

 つけ合わせとして、半熟のゆで卵がのった生野菜のサラダと、お新香、ワカメとフの味噌汁がついている。

 どこかの料理屋で出てくるような、何となく上品な印象の盛りつけだった。


 いきなりずっしりとしたメニューに、丈士も満月も驚くのを通り越してきょとんとしてしまったが、治正が言うには「若いのだからそれくらい食える」ということで、メニューの変更はきかないようだった。


 その場に治正がいて、厳然とした雰囲気を作っているために丈士も星凪も満月もお互いの無事を確かめ合ったりおしゃべりしたりできずに、静かなまま食事ははじまった。


 そして、意外なことに、治正が言うように丈士も満月もかつ丼を食べきることができた。

 式神であるハクが作ってくれたかつ丼が、まだ衣のサクっとした歯ごたえが残り、衣の香ばしい香りと醤油のうま味、タマネギの甘さなどと上品に絡み合って、絶品だったということも大きい。

 だが、結局のところは、丈士も満月も自分で思っているよりも空腹だったということらしかった。


 やがて食事が終わると、ハクが食後の温かいお茶を用意してくれた。


 キツネの姿でどうやってこれだけの料理を作ることができたのか丈士には不思議だったのだが、その疑問はこの時に解決した。


 ハクはどうやら、式神と言えば誰もが思い浮かべるような、紙を人型に切り抜いたものを自在に操り、自身の手に代わって作業をさせることができるようだった。

 ハクは何枚もの式神をあやつり、器用に空になった食器を片づけ、人数分の湯呑を置いて、急須から煎茶を注いでくれる。


 式神が式神をあやつる、と言うのは少し変なような気もしたが、丈士が見るところハクは自分の意志をしっかりと持った存在のようであり、単純に治正に仕えるだけの存在ではないようだった。


「お前たちに、話しておくことがある」


 ハクがいれてくれたお茶を半分ほど飲んだ後、湯呑をテーブルの上に置いた治正が、そう言って話しかけてきた。


 その言葉を聞いた丈士も星凪も満月も、慌てて自分の湯呑を置いて、姿勢を正し、治正の言葉を聞く姿勢を作る。

 これまでの雰囲気から、治正が不機嫌でいるのは明らかであり、これから始まるのはお説教か、それに似たものであることは明らかだった。


「これは、音寺の娘には、家に帰す時にすでに伝えてあることなのだがな。……お前たちは、今後、あのたたり神に関わろうとするな」


 短い沈黙ののちに治正が言ったことは、丈士にはある程度予測できていたことだった。

 眠っている満月の前で、丈士はすでに治正から警告を受けている。


 だが、目覚めたばかりの満月は、すぐには納得できない様子だった。


「それは……、お父さん、どうしてですか? 」


 満月は、真剣なまなざしで治正の方を見つめている。


 すでに、丈士たちはあのたたり神と深く関わっている。

 太夫川にずっと潜んでいたのであろうたたり神を丈士たちはもう1か月以上もずっと探し続けてきていたし、たたり神の犠牲となった女性の遺体を発見したのも丈士たちだ。


 それに、そもそも、たたり神は丈士と星凪を追いかけてここまで来たのだ。

 元居た二枝川から、長い旅をして、高原町に。


 満月としても、たたり神が潜んでいることを警戒しながらもそれを発見することができず、犠牲者を出し、また、直接戦って敗北したことに、責任と悔しさを覚えているのだろう。


「それは……。もし、お前たちがもう一度祟たたり神と遭遇すれば、もう、[次]はないからだ」


 治正は声を荒くすることもなく、静かな口調で、だが、断固として、丈士たちに命令するように言う。


「満月。お前も、音寺のところの娘も、年のわりによくやっている。少々手強い悪霊が相手でも、安心して任せていられる。……だが、あのたたり神は、まったくの別格だ」

「ですが、わたしはっ! 」

「わかっている。だが、聞け」


 治正は反論しようとする満月を睨みつけ、満月はぐっと押し黙る。


「あのたたり神は、手強い。手傷を負わせたようだが、それはつまり、次に奴と会えば、奴は一切の手加減などせず、こちらに向かってくるということだ。……俺とハクであっても、容易には倒せぬ相手だ。なにしろ、我々の調査でもまったく痕跡をつかませず、今までじっと姿を隠し、梅雨で川の水かさが増して自身の力が増すのを待っていた、狡猾な相手だ。もし、お前たちがもう一度奴と戦えば……、今度こそ、お前たちは帰ってくることができないだろう」


 そこで言葉を区切った治正は、湯呑の残りのお茶を一息で飲み干すと、トン、とテーブルの上に湯呑を置き、満月、丈士、星凪の順番で見渡した後、3人に厳命した。


「お前たちは、これ以上この件に関わるな。……俺と、ハクに任せておけ」


 丈士は、悔しかった。

 星凪も、満月も、悔しかっただろう。


 だが、丈士たちは治正にそれ以上、何も反論することができなかった。


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