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マスクの同級生が美少女だと僕だけが知っている。

作者: 豆腐の角

 同級生が超ド級の美少女だということに気づいたのは入学して三ヶ月が過ぎた辺りだった。


「汗かいちゃった……ちょっとだけマスク外すね」


 僕と彼女はクラスメイトで、二人とも入学以来「メガネをかけていて何か真面目そうだから」とかいう適当な理由で学級委員をやらされている。


 このご時世、みんな常時マスクをつけているので素顔を見るタイミングがなかなかない。人によっては未だに外した時の顔を知らない人もいるくらいだ。


 僕は首席入学で、入学式のパンフに写真が載ったので僕の顔を見たことがないクラスメイトは一人もいない。ちなみに眼鏡をかけていて前髪を七三分けにしており、苗字は「丸尾」という。


 決して日曜日の夕方にやっている某・国民的アニメの委員長キャラではない。セリフの冒頭に「ズバリ」とか一々つけることもない。


 初めて彼女の素顔を見たのは、放課後の生徒会室でのことだった。


 その時ちょうど僕と彼女は好きなゲームについて語り合っていて「最近何のスマホゲーが熱いか」という話題についての白熱したトークを繰り広げていた。


「やっぱ、ウ◯娘じゃない?」


「男性向けならそうね。女性向けだとツ◯ステかア◯スタ辺りが固いかな」


「うーん、毒島(ぶすじま)さんがそう言うから試しにツ◯ステを入れてみたけど『強化合宿』っていうのがキツくない? ほぼ毎回レベル上げをやるだけで終わるんだけど……」


「あれはストーリーが神なの! ストーリーメインで楽しめれば問題ないよ!」


「あ、基本全部スキップ押してる」


「なんですって……ッ!?」


 なかなかにコアな話題でも毒島さんの反応が面白くて盛り上がるので問題ない。彼女が盛り上げ、僕が笑う。学級委員同士、阿吽の呼吸。


 けれどそんな僕らでも、実は初めから特別仲が良かった訳ではない。


 初対面の毒島さんの印象は「暗い子かな」だった。


 人前では絶対にマスクを取らないし、教室で誰とも喋らない。頭は良い様なので困っている様子は見かけないが、話し相手が一人もいないのは流石にどうかと思う。


 そんな物静かなキャラ付けに垢抜けないメガネが一層拍車をかけ、毒島さんは完全に周囲から浮いてしまっていた。学級委員がクラスで浮いているなんてマズいし、何より孤立した子が一人でもいるのは風紀が乱れる原因にもなるので、僕の方から積極的に話しかけた結果、少しは心を開いてくれたのか、仲良くなって今に至る。


「あれ、丸尾くんどうしたの? そんな驚いた顔して」


 マスクをしているので毒島さんには目元しか見えていないはずだが、それだけ僕の反応があからさまだったということだろう。


 言い訳をさせてもらうと、決して毒島さんを(あなど)っていた訳ではない。ただ、彼女は頑なに人前でマスクを外したがらないので、きっと少なくとも自分の素顔に自信が持てないのだろうと思っていたのだ。しかしマスクを外した途端、とんでもない美少女が現れたので、そんなに可愛いにも関わらず、どうして素顔を隠したがるのかと疑問に思って驚いたのだ。


「いや、ごめん。毒島さんの顔を見たのが初めてだったから驚いたんだ」


「え、嘘、見せたことなかったっけ……?」


「うん。今が初めて」


 毒島さんは手を口元に添えて「ありえない」のポーズを取った。実際に手を添えたのはマスクだが。


「毒島さんって人にあまり素顔を見せたがらないよね。何か理由でもあるの? 嫌なら言わなくてもいいけど」


「いや、特にないよ。たださぁ……うちのクラスって可愛い子が多いじゃん?」


「え、そうなの……?」


 みんなマスクをしているので分からない。


「そうなんだよ。他のクラスと比べて明らかにレベル高いもん。そういう子たちと比べられたくないから、みんなもマスクを取りたがらないのかもね」


 なるほど。

 本当のところは分からないが、もしかするとそういう事情もあるのかもしれない。


「でも毒島さんは分かりやすいから、マスクしてても大体何を考えてるかが分かるよ」


「え!? そんなこと初めて言われた……!」


 言いながら毒島さんは眼鏡の奥の目を大袈裟に見開く。やっぱりわかりやすい。


「でも、どうして早く言わなかったの? 一度も顔を見たことがないって」


「それは、もしかすると顔を見せたくない事情があるのかもしれないから、だとすれば自分から話すまで聞かない方が良いだろう……と思ったんだ」


「へぇ……気づかなかった」


 毒島さんは意外そうに目を細めると、僕を見てふと何ともなしに言った。


「丸尾くんは逆だね。何考えてるか分からない。でも何かそれが、丸尾くんらしいっていうか……」


 僕はその言葉を深く受け止めたわけではなかったが、後になって思い返せば、今もしっかり覚えているくらいには印象深い言葉だったのだろう。


 しかし、その日はそれよりも重要な事があった。なんせ仲の良いクラスメイトが超絶美少女だったのだ。しかもクラスで僕だけがそれを知っている。意識しない方が無理だというものだ。


 その日の夜、僕は毒島さんと「濃厚接触」する方法を明け方まで考え続けたが、残念なことに冴えたアイデアはあまり浮かんでこなかった。


◇◇◇


 それから僕は毒島さんと会う度に彼女を意識するようになったが、マスクのおかげでバレることはなかった。このことばかりはマスクに感謝だ。


「どうして毒島さんは、他の人と話さないの?」


「さあ、何でだろう。学校なんて広いようで狭いし、たまたま気が合うのが丸尾くんだけだったのかもね。丸尾くんは、イヤ?」


「う、ううん。僕がイヤなんじゃないけど、他の人とも喋らないと毒島さんの評判に関わるかなと思って。『無愛想』……とかってさ」


「何、丸尾くんがそう思うわけ?」


「ううん。ただそう思われるかな、ってだけ」


「そう。それなら私は気にしないよ」


 いつもの生徒会室で、いつもの椅子から立ち上がって彼女は言った。いつもと違うのは彼女の表情が読めないことだ。


「丸尾くんはよく考えるタイプだね。本心を知るまで何を考えてるか分からない。ねぇ、それってまるでさ」


 言いかけて流石にしのびないと思ったのか、彼女はそこで言葉を切った。けれど僕はその続きを何故だか鮮明に思い浮かべることが出来た。



「マスク」



 

 まるで中身が分からない。

 そんな僕たちは、まさしくマスクだ。

 

◇◇◇


 入学式のパンフレットに顔写真が載ったことで、僕は自分の顔を知らないクラスメイトは一人もいないと思っていた。


 けれど違う。

 みんな僕を知っているようで知らない。

 あの毒島さんでさえ。


 周囲がマスクを着け始めたとき、正直言って僕はあまり危機感を抱かなかった。僕は元々ありとあらゆることを先回りして考えるタイプだ。そういう思考のおかげで首席入学もできたし、何だかんだで皆から慕われる学級委員も務められている。


 けれど、それが本当の「僕」じゃない。

 それは僕のマスクだ。


 本当の僕は毒島さんと「濃厚接触」できる方法を夜通し考えるような、どうしようもない変態だ。彼女に本当のことを言いたい。素顔の僕を見てもらいたい。


 この事態はいつまで続く?

 先行きが見えない。

 もしかすると卒業するまで続くかもしれない。


 考えろ、僕。今までだってそうやって乗り越えてきたじゃないか。彼女に自分の素顔を見せ、ついでに「濃厚接触」する方法を考えるんだ!


 僕は毎夜もんもんとしながら考えた。そしてついに良いアイデアを思いついた時、僕は夢の中で彼女と「濃厚接触」しながら何故か知らないおばさんに「密です」と注意されるカオスな夢を見た。


◇◇◇


「丸尾くん、話って……?」


 卒業式の日、ついに僕は彼女を誰もいない生徒会室に呼び出した。「いつも」も今日で終わる。結局僕たちは三年間「マスク」だった。


《あ、あ…………驚かないで聞いて欲しい》


「この状況では無理がない……?」


 僕は直接、彼女に語りかけているのではない。

 僕がいるのはテレビモニターの画面の中だ。


《やむを得ず、生徒会室の備品を使わせてもらった。これで心置きなく素顔を晒せるよ》


「まあ、確かにね……?」


 こうでもしないと本当に外すことが出来ない。

 恐るべきソーシャル・ディスタンス。


《呼び出したのは他でもない。毒島さんに、素顔の僕を改めて見てもらいたいと思ったからだ。……僕の名前は「丸尾駿介」。三年B組・元生徒会長》


「知ってるけど?」


《じゃあ、これは?》


 満を持して僕は言った。


《僕は、毒島さんのことが……》


「え? 好き?」



《……ですが、それはいつからでしょう?》



「なんで急にクイズ形式……?」


 毒島さんは腕組みして考え込む。右の眉を左の眉より少し深く下げるのが考えるときの彼女の癖だ。


 でも、今日はそれだけじゃない。

 微妙に口先をツンと尖らせている。

 こんな癖もあったんだ。

 マスクに隠れて今の今まで知らなかった。


「分かった、初めて話しかけてくれた時でしょ? あのとき本当は私のこと好きだったんだ……!?》


《いや、違う》


「……え?」


《普通に違う》


「えっ……えっ?」


《正解は「初めて顔を見たとき」だ》


「……えと、それってつまり?」


《僕は「顔」から君のことが好きになった》







「ああぁぁぁああああああああ……っ!!!!!」








《……!?》


 突如として響き渡る悲鳴。

 画面越しの放送室まで勢いが伝わってくる。


「どうしてこんな大事な場面でそんなこと言うの!? 私のこと好きじゃなかったの!? ねぇ!?」


《ち、違う! 聞いてくれ、毒島さん……ッ!!》


 取り乱す彼女に必死に真心を伝える。


《こういう時だからこそ、ありのままの自分で勝負したいと思うんだ……確かにマスクは楽だ。全てを曖昧にしておけば大失敗のリスクも減る。でもそれじゃ毒島さんに「僕」を見てもらうことはできない。毒島さん、僕は本当はこんな感じの奴だ。器用さも誠実さもない。薄っぺらな人間だ。けれど君を好きだということが今の僕のありのままの本心だ。三年越しの正直をどうか受け取って欲しい》




《好きだ、毒島さん》




「そうだったんだ。なら……」


 心臓が痛いほど脈打つ。

 なるほど、これが「マスク」を取るってことか。


「ねぇ、丸尾くん」


《はい》


「今言ったこと、全部本当なんだよね?」


《うん》


「じゃあさ……」


《……》


「顔を見たのは、本当にあの時が初めてだったんだ?」


《………………えっ? う、うん》


「……良かったぁ!!」


 一人、状況についていけずに戸惑う。

 どうして彼女は安堵しているのだろう。


「『初めて話しかけた時』と『初めて顔を見た時』が違うってことは、あのときは好きでもなかったのに話しかけてくれたんだ」


《……まあね》


「あのとき私、とっても嬉しかったよ。友達一人もできないと思ってたけど、丸尾くんが話しかけてくれて、一緒の生徒会に入れて……三年間、一緒にいてくれた」


《うん》


「それがなかったら私、不登校になってたと思う」


《そっか……》


 僕の方こそ。

 三年間、彼女の顔を見るために通ったようなものだ。


「やっぱり、丸尾くんは優しいね! そんな優しい丸尾くんのことが、私……」




《…………待ってくれッ!!!!》





「うわぁ、何!? いきなり!?」


《実は昨晩、夜通し考えたんだが、これしか方法が思いつかなかった。どうか今はこれで我慢してくれ》


「え、何……?」


《机の上を見て》


 振り返った毒島さんの背後には、机の上に一袋の紙粘土が乗っかっていた。小学校の図工でよく使うアレだ。


《もし告白後にキスしたくなったら、その紙粘土にしてくれ。後日、型をとって樹脂を流し込む。もちろん固さもきちんと測定するよ。毒島さんの唇の固さと違ったら意味がない。それじゃ浮気になりかねないからね》


「ど、どういうこと……? 何を、言ってるの……?」


《え、これってキスする流れじゃない?》


「キス、して欲しいの?」


《え? いや、して欲しいというか……流れ?》


「はぁ…………ねぇ告白が遅れたのってもしかして?」


《これを考えるのに三年かかったんだ》





「やっぱり!! バカバカバカバカーーーーッ!!!」





《な……!?》


 何でそんなに怒るんだ!?

 せっかく「濃厚接触」の方法まで考えたのに!?


「遅いよ、ずっと待ってたんだから……!」

 

《ご、ごめん》


「あーーもうイラつく! なんでこんな奴のこと好きになったんだろう!!」


《……ごめん》


 だってさ、キスって大事だろ。

 して欲しいに決まってるじゃないか。


「そんなのさ、一人で悩まなくて良かったんだよ」


《そっか……》


「帰りは反省会だよ? 大切な告白をこんなにしちゃったんだから、急いでここまで来て」


《わ、分かった、今すぐ行く》


「もう、それまでキスはお預けだからね……」


 余韻も冷めやらぬ間にモニターを消す。


 素顔を見せた告白。

 これで良かったんだろうか。


 不安を隠しきれず、パッと後ろを振り返る。

 するとそこには……。





《……これって、拭けば綺麗だよね?》


 




 実は放送室のモニターには電源ボタンにラグがあり、こちら側の映像が消えるまでほんの一分少々かかる。


 すでに映像は途絶えたあろう、生徒会室のモニター画面。天井から吊り下がるそれに、椅子に乗った彼女が何をしようとしているのかを目の当たりにしたとき、僕は思わず彼女の名前をつぶやいていた。


「綺麗だよ、かれん」


 マスクを取った同級生は可愛い。

 でも、本当は取らなくたって超絶可愛い。


 そのことを、やっぱり僕だけが知っていたのだ。

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