一等賞
今日は体育祭。
秋口で気候はいい感じのはずやのに、身体を動かしたり、
応援してると暑くてたまらない。
ちょっと糖分補給でもしに行きますか。
B棟の裏にある自販機に移動して、飲み物を買う。
私の好きなイチゴミルクは何故かここにしかない。
「あれ、理香」
「大ちゃんか。ビックリした」
クラスメイトの大ちゃん。
サッカー部エースで、私の彼氏の廉の幼馴染。
「どうしたん、こんなとこに」
「大ちゃんこそ」
「いや、俺は応援団の打ち合わせの後。ほら、400
あるから」
「なるほど。私はお茶じゃなくてジュース飲みたくなって。
これ、ここにしかないから」
「俺も何か奢ってー」
「嫌でーす」
「ちぇー」
「あ、走るの一等やったら何か好きなんご褒美に買ったろ」
「えー、景品、ジュース?もっといいもの下さい」
「何?有名な選手のジャージとか?」
「いや、小学生じゃないんやから」
「んー何かなあ」
「じゃあ、俺から提案してもいい?」
「はい、どうぞ?」
「もし!一等が取れたら、児島から理香のこと奪っても
いい?」
「いや、え?」
思わず飲みかけのイチゴミルクを吹き出しそうやった。
すると、手をあげて、終わりの会でチクる子供みたいに、
「だってーさっき隣のクラスの美来ちゃんとー体育館の
準備室にー入ってくところを見ましたー」
なんて暴露してくる。
「最近上手くいってないんやろ?」
「いってるよ。それも大ちゃんの勘違いじゃない?」
「あんな密着して、コソコソする必要ある?」
やめて。
「やけにニヤニヤしちゃってさー、俺が知る限り
最近あんな顔を理香に見せてなくない?」
・・・・やめて。
「それにさ、声かけたら、理香には内緒や、って」
「もう、やめてっ」
思わず声を荒げてしまった。
いつの間にか流れていた涙をぬぐってくれながら、
「ほら、そんな顔するからほっとかれへんくなる」
なんて、少し困った顔をしながら言う。
誰のせいで泣いてしまったと思ってるんさ。
「・・・・廉は陸上部のエースやで?」
「知ってるよ。俺はサッカー部のエースやで?」
「勝てるわけがない。それに、大ちゃんに無理して
もらうことでもないよ。廉はまだ私が気付いて
ないと思ってるなら、このままっ・・・・」
「理香、冷静になって。それ、正解か?」
「で、でも、怪我とかするかも知れんし」
「体育祭やで?そんなんいちいち気にしてられへん」
「でも、野球部のエースやったらっ・・・・」
「理香は俺に勝ってほしいの?勝ってほしくないの?」
「・・・・」
「それに、好きな女の子を幸せにするための無理が、
俺にとっての苦になるとでも思ってんの?」
同じ目線にしゃがみこんで、優しく言う大ちゃん。
そんな真っ直ぐ目を見て言われたら・・・・揺らぐ。
きっと揺らいでしまっている時点で、私の
気持ちはもう・・・・
大ちゃんからのアプローチには薄々気づいてた。
それと同じように、廉の女の影にも・・・・。
でも、どっちも目を瞑る方が自分のためやと思って、
向き合おうとはしなかった。
「大ちゃん」
「ん?」
「頑張って勝って」
「うん」
「勝って・・・・そのまま廉の前で私のこと奪って?」
「わお、大胆。もちろん頑張って勝つ。でも、そんな
当てつけみたいなことはしたらアカン」
「ごめん、思わず」
「ちゃんと廉と終わらせて。そしたら、正々堂々奪いに
行くから」
「・・・・わかった」
戻るとちょうど400M走の出場者が準備をしてるところだった。
「理香!探しててんで?・・・・あれ?小林と一緒やったんか」
「まぁ、そこでばったり?で、何か用やった?」
「用っていうか、ちゃんと俺のこと応援しといてや?って
思って」
「うん、もちろん。でも、陸上部のエースが負けるわけ
ないと思ってるから大丈夫やよ」
「理香の応援で更に頑張れるからなー。小林も覚悟しとけよ」
「ははっ、せやなあ。でも、俺もサッカー部のエースとしての
誇りがあるからねえ。負けてられへんかなあ」
何で廉の方もちょっとバチバチしてるんやろか。
私より応援してほしい人が居るはずやのに。
やがて、アナウンスが入り、2人は所定の位置につく。
1組、2組と走っていって、とうとう2人の出番が
やってきた。
廉が片手を上げてウインクをしてくる。
手は振っておいたけど、もう私の視界には大ちゃんしか
映っていない。
やがて、2人が位置につく。
ピストルの音が鳴る。
湧き上がる歓声、色々なところから聞こえるファンの
応援の声、抜いて抜かれての勝負をする2人。
最後の直線に差し掛かる。そして、廉が少しリードしている。
私はまだ廉の彼女。だから、やっぱり廉をっ・・・・
「大ちゃーん!頑張ってー!!」
数秒前までの自分の気持ちとは裏腹に出た言葉。
大ちゃんの顔が少しニヤけたように感じた。
そして、ゴールテープを切ったのは・・・・
「陸上部エースにはやっぱり勝てんなあ」
「そりゃそうやろ。でも、危なかったわ」
廉だった。
これで良かったんやって思う気持ちと残念な気持ちと。
「見てたかー?1位取ったったでー」
「うん、さすが廉。かっこ良かったよ」
「せやろ?これでまたファンが増えるわ。
あ、でもお前小林のこと応援してなかった?」
「まぁ、ほら、せっかくいい勝負してたから
大ちゃんにも頑張ってほしくて」
「それでも、理香の彼氏は俺やのにー」
「ごめん、でも・・・・」
もう言うてしまおう、隠さずに。
大ちゃんをチラッと見て、大きく息を吸い込んで、
「私の中でゴールテープ切ったのは・・・・
一等賞は大ちゃんやから」
「え?」
「もう廉とは一緒に居られへん。ちょっと前から
私の方に思いが向いてないのは知ってた。
もっとちゃんと話し合いたい気持ちもあるけど、
長くなりそうやから。今までありがとう、いつも
かっこいい廉の彼女で居れるの誇らしかった。
どんなやっかみ食らっても頑張ってこれた」
「思いが向いてないなんて、そんなことっ」
「どっかで思ってたんよ、多分廉は。戻りさえすれば
何しても私に許してもらえるって。バレるはずが
ないって」
「・・・・」
「じゃあ、友達に戻りましょう」
そう言って振り返って歩き出す。
私の先には大ちゃんが待っている。
何も知らない周りの人はきっと私のことを悪く言う。
廉のファンにも大ちゃんのファンにも喧嘩を売って
しまってるかも知れない。
「おつかれ、いらっしゃい」
「うん」
あー泣きそう。
「泣きたかったら泣いてもいいよ?」
「いや、大丈夫・・・・ここでは」
「ふふっ、じゃあもう1回イチゴミルク買いに行こっか」
「ありがとう。あ、大ちゃん」
「ん?」
「一等賞、おめでとう」
「え?」
「私の中の、一等賞」
「あぁ!ありがとう。ありがたくいただき、一生大事に
させていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
そして、2人で歩き出す。
自販機についたら副賞として、何か飲み物買ってあげよう。