5話 勇者はヒ箚ヲ、☐テ、キオ釥テ、ソ。ェ
女神がぽつりと呟いた。
「ここ……魔王の住処ですね」
「なんでやねん!」
賢者は混乱しながら言った。魔王の住処はまだまだ先のはず。いくつもの街を巡り、装備を整え、レベルを上げて、それからのはず。4つめの街からいきなり魔王の住処など、無理にもほどがある。
賢者ですらそう思うのだ。勇者と魔法使いは、どうやって脱出するかしか考えていなかった。
「なあ賢者、また脱出アイテムで……」
「無理や! ここは対象外やねん!」
「そうなんですよねー……魔王の住処は全体がボス部屋扱いなもので、一度入ると魔王を倒すまで出られないんですよー」
勇者の提案を賢者と女神が否定した。
「……普通に歩いて出たりは」
魔法使いは言ってみたが、女神が残念そうに首を横に振る。無理なのだ。
「バグでこんな所に来たんだから、案外、魔王戦もバグで何とかなるかも! いきなりレベル上がったりとか!」
勇者が言って前に歩き出した。
「……それを期待するしかないな」
「そうやな……」
魔法使いと賢者は嘆息しつつ、勇者について行く。
女神は、一度上界へ戻ろうかと考えたが、思い直して3人について行った。勇者一行の最後の戦いを見届けるために。
勇者一行は魔王の前に来た。
魔王は「2本の長い角の生えた男」と表現できるような見た目をしていた。赤い目が爛々と輝いている。
「どうや?」
「変化なし」
賢者と勇者はこのやり取りを何度も繰り返していた。
勇者一行と魔王はしばらく睨み合っていたが、突然、魔王が何か言った。
〈魔王は魔力吸収を使った〉
瞬く間にMPが0になる。
〈魔王の通常攻撃〉
〈勇者に1??8のダメージ〉
「ん?」
ログがバグった。
魔王は何もしてきていない。当然、ダメージも受けていない。
「ちょっと賢者、これ……」
勇者はログを見せようとした。
その時、魔王が炎を吹いてきた。盾をかざすが
「あっつ!」
その盾が燃え上がった。思わず手放す。
〈勇者は木の盾を失った〉
ログは無情にも盾の消失を告げる。
「盾……盾……そうだ、女神を盾に!」
「はい⁉」
〈賢者は防御力低下を使った〉
〈魔王には効かなかった〉
〈賢者は攻撃力低下を使った〉
〈魔王には効かなかった〉
〈賢者はMP消費軽減を使った〉
〈魔法使いには効かなかった〉
「なんでやねん!」
賢者はログにツッコんだ。
MPを失った今、スキルは使えない。MP回復薬を飲んでも、即座に魔王に吸収されてしまう。
何もしていないのに、ログが暴走しているのだ。
〈女神は後悔していた〉
〈魔力吸収と魔力防御。この2つのスキルを作ったことを〉
〈女神がこのスキルを作った理由〉
〈それは、勇者一行が低レベルのまま魔王に挑みに行かないようにするためである〉
〈全員がレベル50以上なら魔王を倒せる〉
〈その考えのもと、女神はこのスキルを作った〉
〈しかし今、それが完全に裏目に出ていた〉
「私が作ったことを、そんなに強調しないでくださいー! ……というか、そんなものログにしないでくださいよー!」
女神は叫んだ。魔王の攻撃にさらされながら。
唯一のスキルである「不死」により、どれだけ攻撃を食らってもHPは1のままである。決して0になることは無い。
また、化身を作った際、痛覚を持たないようにした。おかげでどんな攻撃を受けても何も感じない。
勇者が女神を盾にしたのは、ある意味正解だったのだ。
〈魔法使いはログを見た〉
「……短いな」
バグなのか何なのか、勇者一行のログは全員が見える状態になっていた。魔法使いはそのログを見ていた。だから、このログは正しい。
正しいのだが、納得がいかない。これだけか。他に何かないのか。他の皆はもっとドバっとログが出ているのに。
〈魔法使いはログを欲した〉
〈この状況でよくそんなのんきなことを……〉
「ちょっと待て。何だこのログ」
魔法使いが呟くと、女神が答えた。
「ログは神域知性が作ってるんですー。バグの影響で感情を持ってしまったのかもしれませんねー」
〈勇者は女神で魔王の攻撃を防ぎ続けている〉
〈賢者と魔法使いは手も足も出ない〉
〈果たして、この戦いの結末は⁉〉
「知らんがな!」
賢者は叫んだ。
「大体、女神様を盾にするとかあかんやろ! それを何や、勇者のファインプレーみたいに!」
〈そう、賢者も心のどこかで思っていたのである〉
〈勇者、ナイス! よくぞ女神を盾にした! と〉
「思てないわー!」
ザッ……ザザッ……
勇者のステータス画面にノイズが走り、
〈勇者は次元転送を使った!〉
〈勇者はヒ箚ヲ、☐テ、キオ釥テ、ソ。ェ〉
ボフンッ
煙を上げて消失した。
勇者一行は呆然とした。勇者のステータス画面が消えたからではない。
突然、魔王が消えたのである。
「次元転送……」
魔法使いが呟いた。勇者のステータス画面が消える直前、ログが見えたのだ。
「えっとー……次元転送で魔王を消し去った、ということでしょうかー……」
女神が確認する。
「多分。それより、俺のステータス画面が!」
勇者が言うと、
「上界に戻ったら修復しますのでー」
女神は疲れたように言った。
いつの間にか、勇者一行は魔王の住処の入り口に転送されていた。魔王を倒したと判定されたのだろう。
「皆さん、2つめの街に戻って待機してください……」
「え、何で? 魔王倒したのに」
勇者が不満そうに聞くと、女神は嘆息した。
「それでは意味が無いんです……とにかく、バグを直してから新しく魔王を作るので、聖女を仲間にするところから始めてくださいー。準備が出来たら分かりやすく合図を送りますのでー」
「えええぇぇー。じゃあ、俺たちのやったこと無駄だったのかよ」
「いいえ、無駄ではありませんでしたよー。勇者のステータス画面が壊れたことからして、おそらく魔王がバグの原因だったのでしょう。その魔王が消えたので、多分、バグはすぐに直せます」
女神はにっこり笑って言った。