4話 4つめの街
勇者一行は、「4つめの街」にたどり着いた。
「やっと着いた……」
勇者がぐったりした表情で呟く。
HP回復薬も無く、回復役もいない。その状態で、モンスターのはびこる中を歩かなければならなかったのだ。
レベルアップ時のHP完全回復を利用してここまで来たが、危ない場面が何度もあった。
「お疲れ様ですー」
女神が微笑んで言った。
「……結構レベル上がったな」
魔法使いが自分のステータス画面を見て言った。レベルは32になっており、スキルも増えている。
「最低でも50まで上げなあかんで」
賢者が言った。
「50?」
怪訝そうに勇者が聞き返す。それに対しては女神が答えた。
「魔王は魔力吸収というスキルを持っているんですよー。範囲内のMPを0にしてしまうスキルです。それを防ぐのに必要なのが魔力防御というスキルで、レベル50で取得できます」
「ふーん」
勇者は気の無い返事をした。
この街では戦士が勇者一行に加わることになっている。
戦士は、いわば盾役である。勇者一行の中で最も高いHPと防御力を持ち、仲間を庇う役目だ。
「まず、戦士を捜すやろ。次にHP回復薬を買って戦士に持たせる。それからダンジョンに行く。これでええか?」
賢者が計画を立てて言った。皆、それに賛同する。
そうして、街を歩き回ることになった。
「なかなか居ないな」
勇者がぼやいた。行き交う人々のステータス画面を逐一見て捜すこと3時間。未だに見つかっていなかった。
勇者と魔法使い、賢者と女神の2手に分かれて捜している。後者は聞き込みをしているはずだ。
「聞き込みの方が見つかりやすいかもな」
魔法使いはあくびをしながら言った。勇者について歩くだけで、何もすることが無い。ふと、噂話が耳に飛び込んできた。
「果物屋さんの娘さん、また丘に行ってるんですって?」
「レベル上げとやらを始めたそうよ」
「女の子なのにあんな職業が与えられるなんてねぇ」
「勇者、どう思う」
「行ってみるか」
話に聞いた場所に行くと、斧を持った少女がいた。
〈戦士 レベル25
HP 2000/2000 MP 45/45
攻撃 200(+30) 防御 1(装備不可)
スキル(オート) 被ダメージ軽減
スキル(MP消費) 単体防御(10) 全体防御(20) 防御力アップ小(20)〉
「装備不可って何⁉」
勇者は悲鳴のような声で言った。
「そこじゃないよね⁉ 1って何⁉」
戦士も悲鳴のような声で叫んだ。
状況の分からない魔法使いは、しかし、またステータスのバグだろうと察した。
「きみたちが来た途端、ここだけおかしくなったんだ!」
戦士が涙目でステータス画面を見せ、「防御」の部分を指さす。
「え、俺らが来るまでは何ともなかった?」
勇者が尋ねると、戦士は頷く。
「ついさっきまで、3桁だったんだ。盾も装備してたよ」
「……バグの原因は勇者?」
魔法使いが怪訝そうに言った。
「いやいやいやいや、俺も被害者! バグの! ひ・が・い・しゃ!」
「勇者? きみたちは勇者一行なの? ぼくを仲間に加えに来た?」
「……仲間に加える意味が無いのでは」
「ぼくを見捨てるつもり⁉ ……えっと」
「魔法使いだ」
「意味が無くても連れて行って、魔法使い!」
「俺に頼めよ! 俺、勇者だぞ? リーダーだぞ?」
「いつから勇者がリーダーだと錯覚していた……?」
魔法使いが悪そうな笑みを浮かべて言った。
「なるほどなぁ」
事の顛末を聞いた賢者は、戦士をしげしげと見つめた。
「仲間に入れてええんちゃう? 女神様の全部1よりはマシやろ」
「やったー! ありがとう、リーダー!」
「リーダー? 何言っとん、私はリーダーちゃうで」
「えっ、じゃあ誰がリーダーなの?」
「予定では聖女やったけど……現状やと女神様ってことになるんかな」
「ふぇっ? 私ですか?」
唐突にリーダーだと言われ、女神は面食らった。
「私は勇者がリーダーかと思っていたんですけどー……」
「それは無いわ」
賢者は真顔で言った。
この街では、すんなりとHP回復薬を手に入れることができた。
翌日、勇者一行はダンジョンに入った。早速モンスターと遭遇する。
「戦士は後ろから全体防御使って!」
「分かった!」
賢者の指示に元気よく返事し、戦士は前に突っ込んだ。HPがゴリっと削れる。
「何やっとんねん!」
「あれ、こんなつもりじゃ……」
戦士は戸惑うようにステータス画面を見つめ、
「なんか増えてる⁉」
言った後、皆にステータス画面を見せた。その間に、モンスターは勇者と魔法使いが倒した。
戦士のスキル(オート)欄に「最前線」という文言が追加されている。
「あら……」
女神が申し訳なさそうな顔で声を出した。
「常に最前線で戦うようになるスキルですねー。後ろで戦うことが出来なくなります」
「……何でそんなスキルを」
魔法使いが呆れたように言った。
「何代か前の勇者一行に、ろくでもない戦士がいたんですよー。戦いに参加せず、後ろでぼーっとしてまして……聖女の相談を受けて、その人用に特別に作ったんです。ちゃんと削除して、他の人には適用されないようにしたんですけどねー」
女神の説明を聞き、4人は納得した。消したスキルがバグで復活してしまったのだ、と。
「それやったら危険すぎるな……ごめんけど……」
言いづらそうな賢者に代わり、女神が
「すみません、この旅が終わったら必ず別の職業を与えますので、勇者一行から抜けてください……」
と言った。
「うー……女神様が言うんだったらしょうがないね。分かった、ぼく、家に帰るよ」
そう言って戦士はダンジョンから出て行った。
それからは何事も無く――雑魚モンスター相手に苦戦する場面はあったがバグは無く、勇者一行はボス部屋の前にたどり着いた。
ボス部屋の扉は固く閉ざされている。特殊な鎖と錠によって。
「開けるで」
賢者が道中の宝箱から獲得した鍵を差し込んで回した。
ギギギギ、と重い音を立てて扉が開いていく。その先は洞窟だった。
「は?」
誰ともなく呟いた。ボス部屋であるはずの場所に入り、前や上、左右を見る。
洞窟だ。
ボスはおらず、洞窟があるだけだった。
バタンと音がした。背後の扉が閉まったのかと思い、一斉に振り返る。
無かった。
扉が。ダンジョンが。消えた。
前にも後ろにも、1本道の洞窟が続いているだけだった。