第9話 帝国の悪魔
俺は家に帰って、まず書斎に向かった。
なぜ書斎に行くかというと、この世界の常識をある程度理解するために、本を読もうと思ったからだ。
まだ俺はこの世界に生まれて6年しか経っていない。貴族の息子であるため、幼い頃からある程度は教育されているが、基本的にあまり真面目に受けていなかったため、知識に穴は多い。
それだけなら、直ぐに常識を調べなくともいい。
なぜなら俺はまだ6歳、子供だ。
子供が常識を持っていないなんて当たり前のこと。
普通なら焦って常識を覚えこもうなんてしなくてもいいだろう。
生きていれば自然と身について行くのが常識というものだから。
だが、俺の場合、前世の記憶、前世の価値観、前世の常識というものを身につけてしまった。
当然、この世界と前世では、価値観や常識は違っているだろう。
だから早急にこの世界の常識を覚えなければ、俺は前世の価値観で物事を考え、前世の常識で行動するしか出来ない。
別にそれがこの世界でも通用するなら何の問題もないが、通用しなかった場合、少しまずい。
例えば、皆が右に歩いているのに、俺だけ左に歩いていたら、間違いなく悪目立ちするだろう。
悪目立ちは好感度を稼ぐ上ではあまり良くないと思う。
目立つことは大切だ。最初の印象が強烈なほど、覚えてもらいやすいし、そっちの方が好感度を稼ぎやすくはあるのかもしれないが、それでも、他人と全く違う価値観というのは集団で、浮いてしまう。
集団で浮いてしまったら、どうやって好感度を稼げばいいかはわからない。
前世では、いつも集団の中心か、その一歩外くらいにいつもいたから、浮いた状態の立ち回りなんて何もわからない。
だから、集団に溶け込んだ方が俺的には好感度を稼ぎやすいと思う。
それに、前世の価値観ではいいと思ってやったことが、この世界では悪いことだった場合、目も当てられない。
せっかく稼いだ好感度が、そんなことでパーになったら目も当てられない。
だから、とにかく常識は早めに覚えなければまずい。
そんなことを考えていたら、書斎についた。
書斎にはあまりきたことはなかったな。
別に本が好きでもなければ、書斎に行く意味はほぼ無いだろうから当然か。
俺は扉を開け、中に入った。
「いいですか、分かりましたね」
「はい!頑張ります!」
そこには使用人が2人いた。
一人はエルミだ、そしてもう一人は見たことはある。
名前は知らない。
「あ!イヴィル様!」
「っ!?コラ!何故名前で呼んでいるのですか!若様とお呼びなさいと言ったでしょう!若様、誠に申し訳ありません、この使用人はまだ新人でして、必ずきちんと教育いたしますので、どうか、この使用人にご慈悲をいただければ、」
ん?エルミって新人だったのか?
そうだったのか。
使用人の顔なんて覚えようとしてこなかったから、誰が新人で誰がベテランかも分からない。
ちゃんとこれも覚えないとな。
「大丈夫だ、気にしなくていい」
「・・・え?」
え?
沈黙が訪れた。何事?
「は、はい、かしこまりました、エルミさん、若様の寛大な心に感謝しなさい」
「は、はい!あ」
「大丈夫だ」
俺はエルミの発言を無理やり遮った。
あっぶな、なんだこの使用人、寛大な心に感謝しなさいとか、俺に恨みでもあんのか?
まあいい、おそらくこの2人はここの掃除のためにこの部屋にいて、先輩使用人が、エルミに掃除の仕方等を教育しているところだったんだろう。
「俺はあちらで本を読んでいるから、俺のことは気にせず、仕事をしてくれ」
「・・・」
ん?さっきから先輩使用人の様子がおかしい。信じられないものを見るような目でこちらを見てくる。
どうしたんだ?
「・・・はっ!か、かしこまりました、若様、エルミさん、さっき教えた通りにやって見なさい」
「は、はい!頑張ります!」
声が大きい、煩い、耳障りだ。
本のあるところでは静かにするべきじゃないのか?
いや、これも前世の常識ってだけで、この世界では本の前では騒ぐのが普通という可能性もあるか。
まあいい、適当に読み漁っていこう。
俺は適当な本を手に取った。
「[帝国の悪魔]、ねぇ」
変な本を取ったかもしれない。
まあいい、読むか。
[帝国の悪魔]
アルストライラ歴397年、我がアルストライラ王国と、隣国のヒルドルガルド帝国の本格的な戦争が始まった。
我が王国は、人間やサマオーウィスプは勿論のこと、エルフ、ドワーフ、獣人、魚人、蜥蜴人、翼人、巨人、鬼人などなど、多種多様の人種がいるが、あちらは人間単一種族の国だった。
確かに、帝国の人間の数は、1種族にしては多かった。
しかし、人間とは数の多さだけが取り柄のような種族だ。
エルフのように魔法に優れているわけでもなく、ドワーフのように鍛治に、力に秀でているわけでもない。
獣人のように高い身体能力を持つわけでもなく、魚人のように水中を自由自在に泳ぎ、水があるところではかなり強いと言ったこともない。
蜥蜴人の様に硬い鱗を持つわけでもなく、翼人の様に空を飛べるわけでもない。
巨人のように大きな体と力を持っているわけでもなく、鬼人のように達人的な技量を持つわけでもない。
特に秀でたところも持たない中途半端な種族、それが人間だ。
それに、数は多いとは言ったが、所詮それは単一種族にしてはという話。
王国全体の人数は圧倒的に帝国より優っていた。
つまり、なんの強みも持たない人間達の国なんかに、数でも質でも勝る我が王国が負けるはずがないと、我々の勝利は間違いないと、国民の誰もがそう思っていた。
あの、帝国の悪魔が現れるまでは。
初めは順調だった。いや、順調ではなかったのかもしれない。
何故なら、我々は一度も開戦することなく、4つの街を落としたからだ。
そう、一度も開戦することなく。
敵はいなかった。
街はもぬけの殻だった。
敵兵どころか街の人間すら誰一人としてだ。
それに我々は違和感を抱くべきだった。
我々は慢心していたんだろう。
きっと、我々王国に恐れをなして逃げたんだと、皆そう言っていた。
逃げることしかできない帝国のなんと弱きことかと、皆で散々騒ぎ回っていた。
我々は慢心していた。油断していた。
戦争に来ているというのに。
もし、あの時油断も慢心もなければ、未来を変えることができたのかも知れない。
いや、結局は同じか。生き残る人が少し増えるだけで。
その後、5つ目の街に向かって侵攻している時、たった一人の人間が我々の前に立ちふさがった。
その人間は光を全て吸い込むような黒い髪に、この世の悪意を詰め込んだかのような黒い瞳をしていた。
我々は侮っていた。目の前に悪魔がいるというのに、それに気づかずにいた。
その結果、我々は、私一人を残して全滅した。
夢を見ているようだった。質の悪い悪夢を。
雷の雨が降ってきた。台風が発生した。地面一帯が燃え盛った。氷雪に閉ざされた。突如、大量の水が現れ、大渦が発生した。大地が揺れ、裂け、皆を飲み込んだ。
何故、私だけ生き残ったのか分からない。
もしかしたら、あえて見逃されたのかも知れない。
それとも、単純に私の存在に気づいていなかったのかも知れない。
だが、私は生きた。生き残った。
だから、なんとしてでもこのことを国に伝えようと、私は王国に全力で走って行った。
この悪魔のことを伝えなければ、国が滅んでしまうと思ったからだ。
・・・いや、違う。私は怖かった。ただただ帝国の悪魔が怖かった。
だから帰りたかったんだ。皆のいる王国に。
とにかく私は全力で走った。
そして、私は国についた。
その時は、まだ悪魔はやって来ていなかった。
だから私は大急ぎで皆に伝えた。
帝国に悪魔がいたと。我々の部隊は、私一人を除いてその悪魔に殺されたと。
その悪魔は火も水も氷も雷も風も地も操り、火なら、一帯が一瞬で火の海に、水なら、川も池も海も近くにないのに、大渦を発生させ、氷なら、一瞬の後にその場を冬に変えて、雷なら、空から無数の雷を降らして、風なら、台風を呼び出し、地なら、大地を揺らし、大地を裂くと、私は精一杯皆に伝えた。
そして、私は牢屋に入れられた。
敵前逃亡の罪だと。
誰も私を信じてくれなかった。
当然だ。私だって自分で見なければ、皆が目の前で死ななければ、信じるはずがないのだから。
そして、帝国の悪魔は、
「飽きたな」
次の本を探すか。
一応それなりに読んで見たが、この本からは常識を学べそうにない。
次を読むか。