第4話 使用人
俺は食堂にやってきた。
食堂では、使用人が1人、食事の準備をしていた。
「わ、若様!?もう起きられて大丈夫なのですか?」
「ああ、問題ない」
「あ、す、すぐに食事を準備いたします!」
「あ、そんなに・・・」
俺が声を掛ける間も無く、使用人は慌てて走って行った。
そんなに慌てなくてもいいんだけどな。
確かに、今までの俺なら、食事が1分も来なければ怒っていた。
でも、前世の記憶を思い出したから、むしろ食事が数分で出てくるなんて早すぎるっていう認識も持っている。
待たされるところは普通に1時間近く待たされるからな。
それを思えば、1分で怒るなんて度量が知れるってものだ。
うん、よし。
こうやって、適当に自分の心を誤魔化していくことも、今後大切になってくるだろうな。
怒りや不満を隠す術も大切だが、それを抱かないようにする考え方、屁理屈で、根本的に悪感情を抱えない方が楽だし、ボロが出にくいはずだ。
まぁ、誤魔化しきれないところも多々出てくるだろうが。
現に今も内心では、まだ食事が出て来ないことに不満を抱いている。
適当なことを考えて出来るだけ誤魔化しているが、やっぱり心を偽るのは難しい。
さっき、度量が知れると考えたが、よく考えてみたら俺は確かに貴族ではあるが、誇りなんかは微塵も持ち合わせていないから、度量なんてカケラも無いしな。
うん、この誤魔化し方は無理があった。
さて、どうやって自分の心を偽るか。
今みたいに適当なことを考え続けて、誤魔化すことも有効ではあるが、いつまでも考え続けられるかと言われると、難しいだろうからな。
むしろ待っているという考え方を変えるか。
そう、俺は待っているわけではなく、
ガシャーン!パリーン!
「ん?」
突然、何かが崩れる音と、割れたような音が聞こえてきた。
「あ、ああ、」
音が聞こえた方を見てみると、そこには料理を床ぶちまけて、倒れている使用人がいた。
・・・あーあー、っ、ふっ、ふふふ、あーあ。
使用人と目があった。
その使用人は顔を青くして、唇を震わせ、絶望を顔に浮かべてこちらをみている。
・・・ダメだ、笑いを堪えられない。
「お父様が知ってしまったら、なんて思うだろうね?」
「ヒィッ!」
俺は立ち上がり、使用人に向かってゆっくりと歩きだした。
使用人はとても怖がっている。
俺が処刑人のようにでも見えているのかも知れないな。
この使用人は知っているんだろう。こんな失敗をした事をお父様が知ってしまったら、どうなってしまうかを。
お父様のことだ、きっとクビだけでは済まさないんだろうな。
あーあ、慌てるから。っくっ、くっくっ、あはは、あはははは!
可哀想に、本当に。
俺はゆっくりと、ゆっくりと使用人に近づく。
ああ、使用人の絶望の表情!この後どうなってしまうのかという不安!床に這い蹲っている姿!ああ!最高だ!ずっと見ていたいよ、この無様な使用人の姿を。
ああ!いつまでもこの時間が続けばいいのに!
「あ、あの、こ、この事は、ああ、領主様、には、」
「何を言っているんだ?」
「わ、私には、病気の妹が、だ、だから」
「そんな事は関係ないだろう?」
「っ!」
俺は、使用人の目の前についた。
ああ、いい!実にいい!やはり他人の不幸は至高の味だ!何よりも素晴らしい!
俺は屈み、使用人の目線に合わせた。
そして。
「ほら、手を見せて」
「・・・え?」
使用人の手を取った。
「血が出ている、割れた皿の破片で切ったんだね、怪我を治すよ、・・・光集いて、修復せよ、[ヒール]」
俺は使用人の傷を直した。
「・・・え?」
そして、俺は使用人を立ち上がらせた。
「もう痛くないね?」
「は、はい」
「よし、じゃあ手早く片付けよう、お父様が来る前にね」
「っ!?」
俺は床に散らばった料理と、割れた皿を片付け始めた。
俺としても、ここで、この使用人の失敗を豚に見られて、クビにするよりは、恩を売っておいた方がいいと考えているから。
評判や好感度的に。
だけど、使用人が床に料理をぶちまけた瞬間は、あんまりにいい表情をしていたから、つい遊んでしまった。
楽しかった。ああ、本当に楽しかった!
だが、使用人をからかって、絶望させて遊びはしたが、別に何の問題もないはずだ。
さっきの俺の発言も、今の俺の行動でいいように勘違いしてくれるはずだから。
「あ、わ、若様!私がやります!大丈夫です!」
「なら2人でやろう、2人でやった方が早く終わるからね」
「で、ですが、・・・はい、ありがとうございます!」
っち!あーあ、さっきまで最高の気分だったのに、水を差された。
一気に冷めた。
やっぱり感謝を向けられると、一気に気持ちが萎える。
ただ、吐き気がしないのは、さっきまで気分が最高に良かったからだろう。
俺たちは料理を片付けた。
「じゃあ、新しい料理を持って来てもらえるか?」
「は、はい!すぐにお待ちいたします!」
「焦らなくていいよ、慎重にね」
「は、はい!」
そう言って、使用人は駆け出して行った。
「はぁ」
他人を助ける行為、やっぱり、
「反吐がでる」
まあ、今回はあの使用人の絶望する姿も見られたし、それほど苦痛ではなかったが、毎回こうも、うまくいくわけがないことはわかっている。
だけど今回は良かった。
ちゃんと好感度も稼ぎながら、評判も上げながら、楽しめたしな。
この調子で頑張るか。
「それにしても、やっぱり少し違和感があるな」
俺は魔法使いだ。
・・・30代童貞という意味ではないぞ?
魔法とは、前世では単なる詐欺や、ゲームやアニメなどの中の話ではあったが、この世界ではそれほど珍しいものではない。
貴族ならほとんど誰でも使えるし、平民にもある程度は魔法使いがいるから。
だけど、前世の価値観で考えると、どうしても魔法という存在には違和感を抱いてしまう。
まあ、こちらで生きた6年間での価値観では、魔法というのは、生まれた時から身近にある、当たり前のものではあるんだが。
だから、そのズレのせいで、少し変な感じがする。
まあ、そのうち慣れて来るだろう。
そういえば、さっきの使用人の名前を聞き忘れたな。
料理を持って来た時に聞いて覚えよう。
せめて数日中には、家の者たちの名前をきちんと覚えなければな。
俺はこの後、料理が来るまで適当なことを考え続けて、俺の心を誤魔化し続けた。