第21話 路地裏
「はぁ、はぁ」
やばい、俺、体力なさすぎ。
きっつ。
いくら6歳とはいえ、いや、むしろ6歳でここまで体力がないのは不味いんじゃないか?
「ねぇ?どうしたの?疲れちゃったの?カリュは全然疲れてないよ?」
俺の前を走っていたカリュは微塵も疲れた様子を見せていない。
確かに、俺は今まで殆ど家から出なかったし、運動もしてなかったとはいえ、男なのに、同年代くらいの女のカリュより体力が劣っているのはヤバイ、本格的に鍛えないと。
「大丈夫、だ、はぁ、はぁ、ここ、か?」
今、俺とカリュの前には、路地裏がある。
「うん!さっきこの奥に入って行ったの見たよー?」
「そうか」
やっぱり路地裏か、この先にエメラ・ブロンドがいる可能性は高いだろう。
だが豚からは、路地裏には行くなと言われている。
表通りならよっぽど大丈夫だが、裏通りや路地裏は子供でもやはり危険な場所なのだろう。
ここは、前世の日本のような治安大国というわけじゃない。
確かに、この国は子供の保護がとても厚いため、ある程度の安全は保証されているが、何事にも例外は存在する。
その例外が、路地裏などのには存在するかもしれないということだ。
まだ子供だから大丈夫なんて楽観視はできない。
「ねぇ、どうしてー?どうしてイヴィル君は、さっきの絵の人探してるのー?」
「それは、絵の人を助けるためだ」
「助ける?どうしてー?絵の人困ってるのー?」
「ああ、今頃苦しい思いをしているかも知れないからな」
もう死んでいるかもしれないが。
「どうしてー?どうして苦しんでるのー?」
こいつなんでも聞きたがるな、鬱陶しい。
好奇心が旺盛な年頃ってやつか。
「そ」
「あー!おばぁちゃんだー!」
そう言って、カリュはいきなり走り出していった。
は?何だあいつ?
(嵐のような子ね)
・・・まあいいか、相手をするのは疲れるし、あっちから去ってくれるなら好都合か。
そういえば、イヴィラ、まだいるのか?
(ええ、いるわね)
はぁ、そうか。
よし、行くか。
俺は路地裏に入っていった。
もう頭痛は治まって来た。
しばらく進むと、遠くから言い争うような声が聞こえて来た。
「話が違います!」
「おいおい、本気で信じてたのか?領主を敵に回す危険を背負ってまで、あんたを助けるなんてよ?」
俺は、5人の男に囲まれている、エメラ・ブロンドを見つけた。
「お金なら、この街を出た後、働いて必ず払います!ですから!」
「そんな言葉を信用なんてできねぇよ、街を出た後、逃げられでもしたら、骨折り損のくたびれ儲けだからな」
「お願いです、信じてください!」
「残念ながら、お前の未来は奴隷になることに決まってんだよ」
「そうそう、第一、お前に提示していた金を貰うより、お前を奴隷にして売った方が儲けられるだろうから、どっちにしろお前は奴隷に落ちるんだよ」
「まだ若いが、こんな上玉が手に入る機会、滅多にねぇぜ、へっへっへ」
「私は誰の奴隷にもなりません!」
「いいねぇ、気が強そうなお嬢ちゃんだ、そういう奴を薬で落とすのが楽しいんだよな」
お頭と呼ばれていた男が、懐から青い液体の入った瓶を取り出した。
「く、薬?」
「ああ、とっても楽しく、気持ちよくなれるお薬さ、一度やれば病みつきになって、もうこの薬がなければ生きていけなくなっちまう、ヤベェ奴だ」
「お頭ぁ、薬使っちまったら商品価値が下がっちまうぜ?いいんですかい?」
「たまには良いだろ、それに、薬漬け女も一定層には需要があるんだ、別に売れねぇわけじゃねえさ」
「い、いや、」
「おい、抑えろ」
「「「「へい!」」」」
男たちは、エメラ・ブロンドを取り押さえた。
「いや!離して!いやー!助けてー!」
「お前を助けようなんて奴、この街には誰もいねぇよ!」
俺はなんてタイミングのいいところで来たんだ。
ああ、このまま何もしなければ、エメラ・ブロンドは大変な目に合うだろう。
女の尊厳を奪われ、薬で精神を破壊され、快楽だけを求める人形にでもなるのかも知れない。
ああ、このままずっと見ていたい。もっと絶望の嘆きを聞いていたい。一人の人が壊される瞬間というのをゆっくりと眺めていたい。
(あなた、本当に鬼ね、女の敵ね)
だけど、今後のことを考えるなら、ここで助けるべきだよな。
好感度的にも、不幸の純度的にも。
(ん?何かしら?不幸の純度って?)
悪いが、説明は後だ。
流石にゆっくり考えている暇はない。
ギャラリーもいることだしな。
俺はずっと見ていたいという思いを振り切って、前に出た。
「その手を離せ」
「あ?何だこのガキ?」
「・・・え、わ、若、様?なんで、ここに」
「決まってるだろう?助けに来たんだ」
「ど、どう、して?」
「はぁー?この女を助けにだぁ?・・・ふっ!」
「「「「「アヒャヒャヒャ!!!」」」」」
「おいおい、はは、お前、こいつが誰か知ってんのか?あの領主に目を付けられた女だぜ?」
「この女に関わったら、領主に処罰されるって知ってんだろ!」
「そんなこと、当然知っている」
「あ?知ってて助けようってのか?ここの領主は子供だからって容赦しねぇぜ?命だけは助かるかもしれねぇが、待っているのは生き地獄だぜ?」
「貴様ら、俺を誰だと思っているんだ?」
「あ?誰だよ?知らねぇよ、テメェみてぇなガキなんて」
「って、こいつ、確か昨日からずっと、この女を探してるって街で噂になってた奴じゃねぇか?」
「なんだ、この女の知り合いか?」
「そうだ、俺はイヴィル・ハウント、ここの領主の息子だ」
「・・・は?領主の・・・息子?」
「なんだと?なんで領主の息子がこんなところに!?」
領主の息子、と聞いた瞬間、この男たちはかなり動揺しだした。
本当に、豚はどんな風に思われているんだか。
「お頭ぁ、ち、ちょっと不味くないですかぃ?」
「落ち着けお前ら、何も不味くなんてねぇよ、どうせ、今日にはこの街を出て別の街に行くんだ、だからなんの問題もねぇよ」
「で、でもよ、このガキが領主に報告したらどうすんだよ!俺たち無事に街から出られねぇぞ!」
「だから消せばいいんだよ」
「え、でも、お頭、相手はまだ子供ですぜ?消すのは不味くないっすかね?」
「バレなきゃ良いんだよ!ここは路地裏だ、周りに人気はない、しばらくは誤魔化せるはずだ、その間にとっとと街を出て、国を出りゃ問題ねぇ!」
「そ、そうだよな、うん」
あ、ヤバ、こいつら俺を殺す気だ。
ま、問題ないか。ここじゃ俺は死なないだろう。
(大丈夫なの?相手は5人よ?)
さぁ?でも、逃げる時間くらいは稼いでくれるだろうさ。
「おいガキ、正義の味方ごっこは楽しかったか?残念ながら貴様はここで死ぬんだよ」
男達は刃物を持って俺の方に近づいて来た。
「逃げてください!若様!」
「テメェは黙ってろ!」
「キャァー!」
エメラ・ブロンドが一人の男に殴られ、地に倒れた。
「おいおい、お前ら、あんまり商品を傷つけんなよ?」
「へーい、」
「・・・ダメ、ダメです、逃げて、逃げてください!若様!」
何故エメラ・ブロンドは俺に逃げろと言うのだろうか?
そんなことを言う意味なんてないのに。
俺のせいで、エメラ・ブロンドは俺の家から追い出されたんだぞ?
それに、俺はエメラ・ブロンドを罠にはめようとしていた。
普通なら、恨んでいてもおかしくはないはずだ、そんな奴を何故庇うのだろうか?
「まだ言うか!この!」
男は拳を振り上げた。
そんなことを言ったら、また殴られるのは目に見えているのに。
何故?
黙っていれば、痛い思いなんてしないで済んだだろうに。
殴られるのを分かっていて、俺に逃げろと叫ぶ。
愚かだ、実に愚かだな。
「ふ、ふはは、ふはははは!」
「な、なんだ?」
「わ、若様?」
あ、やっば、エメラ・ブロンドのあまりの愚かさ加減に、つい笑っちゃった。
男達は、俺がいきなり笑い出したことで、動きを止めた。
なんとか誤魔化そう。
「・・・俺は、領主の息子だぞ?こんなところに一人で来ると思っているのか?」
さっき俺が笑ったのは、エメラ・ブロンドに対してじゃない、この男達を笑ったんだ。
そう言うことにしておこう。
「何、言ってやがる?テメェ一人じゃねえか!」
「分からないのか?もう一人いるだろう?」
そう、実はこの場には、俺と、エメラ・ブロンドと、5人の男達の他に、もう一人いるんだよ。
「は?何わけの分からないことを言ってやがる!」
俺の家からずっと付いて来ている三流暗殺者兼ストーカーがな。
「・・・我は影」
「は?」
どこかから、いきなり声が聞こえてきた。
「闇に紛れる影の真影隊」
「な、なんだ、どこから声が聞こえてんだ?」
まだ三流暗殺者は姿を見せていない。
ま、どうせ、暗殺者なんて、不意打ちしか能のない奴だろうからな。
相手は5人だし、姿を見せる度胸もないんだろう。
(酷い言われようね?)
「し、真影隊!?う、嘘だろ!?」
「なんだ!知ってるのかジャッキー!?」
「影の真影隊って言ったら、存在すら疑問視されてる、国王直属の部隊のことだよ!暗殺者集団とか、国の汚い仕事をこなしている国王の懐刀とか、この国一番の実力者集団だとか噂の!」
おい、こいつはただの三流暗殺者だぞ?なんだ?ハッタリか?国王直属の部隊を名乗るとか、自分を大きく見せすぎじゃないか?
「ま、マジかよ!?」
「嘘だろ!?」
「でも、噂は所詮噂だろう!?」
「お頭だって聞いたことあるでしょう!?私服を肥やす大臣の不審死とか、この国最大の奴隷商人が自殺したとか、他国に情報を横流ししていた武官が暗殺されたとか、実はあれの殆どは、真影隊による殺害だって噂!国にとって害になる者は、真影隊に殺されているって噂をさ!実際にいるんだよ!真影隊は!」
「じゃあなんで国王直属の部隊が、ここの領主の息子を守ってんだよ!?ありえねぇだろ!たとえ真影隊が本当にこの国にいたとしても、この声のやつは真影隊なんかじゃねぇ!ハッタリだハッタリ!」
おい、バレてんぞ三流暗殺者、そんな嘘をつくんじゃなくて、もっとバレにくい嘘つけよ。
「おい!隠れてないで出てこいよ!この臆病者が!」
「貴様ら外道と語る言の葉は持たん、堕ちろ、沈め、呪われろ、[ディテリオレイション]」
なんだ?魔法か?
三流暗殺者が魔法を使った瞬間、5人の男達が、武器を手放した。
いや、手放したというより、重くて持っていられなくなった、と言った具合だ。
「な!?なんだこりゃ!?力が、はいらねぇ、」
「体が、重い、」
「なんだよ、なんだよこれ!?」
「本当に、本当に真影隊なのかよ!?」
「今すぐこの街から消えろ、さもなくば、明日は拝めないと思え」
「「「「「ひぃ!!」」」」」
男達は怯えた様子でゆっくりと去って言った。
大の大人が怯えきった表情で逃げ出す様は、見てて気分がいい!
それにしても、3流暗殺者は思ったよりはやるのかもしれない。
流石に国王直属の部隊とかは嘘だろうがな。
(案外本当だったりしてね?)
無い無い、あり得ないな。
「これで借りは返したぞ」
(あ、いなくなったわ)
そうか、それにしても借りってなんだよ。
俺三流暗殺者に何かしたか?何もしてないぞ?
まあいい、5人の男達も消えたし、ストーカーが消えたと考えれば、一石二鳥ってやつだな。
これで、この場に残ったのは、俺とエメラ・ブロンドだけだ。
さて、ここからが本番だ、失敗はできない。
思い出せ、前世の俺の行動を、言動を、思いを。
たとえ吐き気を催す事でも、必要なことだ。
ここから先は前世の俺になった気で、いや、前世の俺になりきる。
やるぞ、・・・やるぞ!
俺は、エメラ・ブロンドに近づいて行った。




