第18話 世界観考察
「あー、つっかれたー」
俺は自分の部屋のベッドに寝転がった。
今日1日で色々ありすぎだ。
あの後、食事を取ったが、食べるたびに俺の精神内からイヴィラの歓声が響き渡ってきた。
何度料理を捨ててやろうかと思ったことか。
流石にそんなことをしたらまずい事は分かっている。
理性をフル動員して何とか抑え切った俺を褒めてやりたいくらいだ。
もう料理人には、料理を栄養重視に変えてくれるよう頼んである。
明日からはまずい料理にしてくれるはずだ。
すぐに料理を変更してくれるようで助かった。
もし、毎日の食事の度にイヴィラの歓声が俺の精神内に響き渡るようなら、俺は何の躊躇もなくイヴィラを俺の精神内で殺していただろうからな。
(zzzうー、おい、しー)
イヴィラはすでに寝ている、俺の精神内で。
寝言がうるさい。静かに眠ることもできないらしい。
本当にうざい。
「はあ、」
それにしても、書斎で本を読んでいて思ったが、俺はかなり飽きやすくなっているようだ。
これは正直、かなりマズイ。
飽きやすいというのは、強くなる上ではかなりの障害だ。
なぜなら、強くなる場合、とても退屈な、基本的な訓練の反復練習がほぼ必須だからだ。
才能の差はあるにしろ、やっぱり努力の量による成長量というのは馬鹿にできない。
俺に才能がどの程度あるかは定かじゃない。
だが、才能があろうとも、訓練が出来なければ、ただの原石、石ころだ。
しかし、これはどうしようもない、俺の性質なのだろう。
いくら強くならなければならなかろうが、目標を持っていようが、飽きて仕舞えば訓練なんてできない。
俺は、最強を目指す器ではない。
・・・とりあえず、これは置いておこう。
対策は何かしら考える必要があるだろうが。
それと、ブロンドの娘をどうするかだ。
明日も一応、探す予定ではある。
しかし見つけられるかどうか。
一応、街を見回る関係上、街のことを知ることが出来るため、利点がない訳じゃない。
それに俺の評判もうまくやれば上がるだろう。
だが、いつまでも探しているわけには行かない。
正直、まだ生きているかもわからない人を探すのは時間の無駄だ。
その時間を学習と戦闘能力の強化に当てたい。
だが、ブロンドの娘、ブロン子が見つかるなら見つかるに越した事はない。
あと5日、長いか?いや、ある程度長くてもいいか。
例え、ブロン子が見つからなくとも5日は探し続けよう。それでも見つからない場合は、諦めるか。
正直、街を出られない、街の人に相手にされない、と言う状況で、あと5日間も生きられるとは思えないが、これだけ探しましたよーと言うアピールにはなるだろう。
無駄ではないはずだ。
だが、それ以上探すのはやめる。
流石にそれだけ時間が過ぎていれば、もう死んでいるか、もしくは何らかの方法で街から抜け出していると考えられる。
だから5日だな。
「はあ、」
あと豚(お父様)をどうするかだな。
正直、イヴィラの力をうまく使えれば解決方法は見えていた。
豚の悪心を俺が喰らってやればよかったから。
そうすれば、綺麗な豚になって、これ以上評判が下がることもなくなっただろう。
だが、俺は闇の魔法の適正を持たない。イヴィラの能力は闇らしい。
つまり俺は使えない、もしくは使えたとしてもかなり危険ということだ。
しかし俺は、この危険が、どのくらい危険なのかによっては、使ってもいいと考えている。
これ以外の解決方法が一切浮かばないから。
本当に、これ以外の場合、豚を殺すしか考えられない。
だが豚を殺すとかなり面倒になる事は目に見えている。
だから、豚を殺さず、豚が評判を落とすようなことがなくなる邪操心蝕を是非とも使いたいと考えている。
んー、適正外の魔法を使えるようになれないだろうか?
闇の魔法が使えるようになれば、正直かなり良い。
豚のことだけじゃなく、戦闘面でもだ。
他の能力は戦闘では扱えないだろうが、精転喰心だけは、切り札になりえる。
あの精神世界なら、相手がどれだけ強かろうが、戦える。
そこに引きずり込む方法が接触なため、難しくはあるかもしれないが、無いよりはあったほうが絶対にいい。
だから、俺が闇の適正を得られないか、後天的に属性を増やせないかを調べる必要がある。
「やることが多いな、まあ、一つづつやっていこう」
・・・あれ?
そう言えば、今まで疑問に思っていなかったが、なぜ日本語なんだ?
今までは、色々あったことと、前世の記憶と今生の記憶が合わさっても、言語や文字が一致していたため、何の違和感も抱かなかったから、意識していなかった。
だが、よく考えてみると、圧倒的におかしい。
みんな、日本語を話しているし、書斎の本は全て日本語で書かれていた、それは普通に考えたらあり得ない。
何故なら、ここと前世の日本では違うところが多々あるから。
それは住んでいる人の名前だったり、植物の違いだったり、いろいろだ。
そういったものが違えば、当然言葉は変わっていなければおかしい。
何故なら、その名前をもとにした言葉なんてものもあるから。
例えば、この世界にあるかは知らないが、例に挙げ易いものでいうと、たくわんなんかがそうだ。
たくわんは人の名前が由来になっている。
流石に詳しい由来等は覚えてないが、おそらく沢庵さんが作ったからとかそんなのだろう。
しかし、この世界の人の名前に、きっと沢庵さんなんていないだろう。
もしいたとしても、沢庵さんがたくわんを作る確率なんてかなり低い。
同じように、この世界にどんぐりがあるかは知らないが、どんぐりの背比べという言葉、諺だったか、がある。
これは、当然どんぐりが無ければ生まれない言葉だ。
このように、言葉とは、身近なもの、もしくは開発者、作成者、発見者がつけたものなどがかなりある関係上、全く前世の日本と関わりの無い別世界で、全く同じ言語が使われる可能性なんて、0と言っても過言では無いだろう。
植生も違えば、この世界には前世にはなかった魔物や、魔法なんてものもあるから。
勿論、まだそれほどたくさん会話したわけじゃ無いため、たくわんやどんぐりが、アメルカラードやフロッピンガーの背比べとか訳のわからない言葉に変わっている可能性もある。
しかし、もし同じ言語、同じ文字を使われていた場合、明らかに不自然だ。
この場合、考えられる可能性は3つくらいか?
1つは俺の他に、前世の日本の記憶を持つものが存在した、もしくは前世の日本から転生、転移してきた人が過去存在しており、その人間が日本語を広めた可能性。
これは可能性としては高いだろう。
俺という存在がいる関係上、俺以外がいたとしても何の不思議もない。
それともう一つは、世界5分前、えっと、何だったか、世界5分前仮説?だったか?ちょっとうる覚えだが、それが関係している可能性。
世界5分前仮説とは、世界が5分前に作り上げられたという仮説だ。
世界は5分前から始まっていて、それ以前の歴史や記憶等は、あらかじめ植えつけられたもの、という仮説だ。
詳しい事は忘れた。そんなような話だったはずだ。
つまり、何が言いたいかというと、俺の前世は植えつけられた記憶であり、実際は前世なんて、日本なんて存在しないという仮説だ。
もともとこの世界の言語を、前世の日本で用いていただけで、たくわんとか、どんぐりの背比べ等も、実は元々全てこの世界の言語だ、という可能性。
無理があるか?
そして、最後に、この世界が、
「いや、いいか、別に世界がどうとか」
それを知ったところで俺のやる事は変わらない。
それにこんなこと考えていたって意味がない。どうせ正解なんてわからないんだから。
俺は確かに前世の記憶を持っている。
しかしそれはあくまで前世の記憶だ。
俺は俺、前世の俺じゃない。日本に行きたいとか、あいつらはどうなったかとか、ある程度気になることはあるが、どうしても日本に帰りたいとか、前世の友達と、家族と会いたいとかは殆ど無い。
前世は前世だ。日本に未練は、まあ、ないとは言えないが、別にいい。
だから、世界の謎なんて考えるだけ無駄だ。
ただ、この世界は前世の日本と何らかの関わりがある、ということは確かだろう。
それだけ覚えておけばいいか。
無駄なことに時間を費やした気がする。
もういいや、今日は寝てしまおう。
いや、眠れないから無駄なことを考えていたのか。
(zzzぅ、うまぃー)
主にこのイヴィラのせいで。
「俺の睡眠を邪魔しやがって」
明日、きっちり仕返ししてやろう。
俺はそう心に誓い、しばらくベッドの上でゴロゴロしたあと眠りについた。




