第15話 精神疲労
気がつくと、俺はイヴィラの精神世界ではなく、あの地下室に戻っていた。
イヴィラを飲み込んだことで、あの精神世界から抜け出せたのだろう。
俺は、この部屋にあった椅子に座り込んだ。
「・・・疲れた」
本当に。
精神的な疲労が半端ない、頭も酷く痛む。
イヴィラに精神を削られたこともそうだし、何より潜在思考が本当に疲れた。
俺は、精神世界に入って、イヴィラに考えを読まれた瞬間から、どの程度まで思考が読まれるのかを調べ始めた。
イヴィラは考えたことが相手に伝わると言っていた。
このことから、俺は取り敢えず、思考の表層だけを読み取ることが出来ると仮定した。
人間が無意識のうちに行なっている呼吸や、心臓の鼓動、右手を動かす際の筋肉の収縮、そう言ったものまで伝わるとすると、伝わる情報量が膨大すぎるからだ。
それに、その膨大な情報量から、俺の思考を選別している様子もなかった。
つまり伝わっていないか、もしくは細かいところは知ろうと思えば知れるが、知ろうと思わなければ、頭の中で言葉にしたことのみが伝わると予想できた。
その予想を裏付ける為に、俺はイヴィラを馬鹿にした絵を頭に浮かべた。
前世で小学生が歴史の偉人に落書きするかのように、イヴィラの顔に落書きをした絵を想像していた。
それに対して、イヴィラは一切反応しなかった。
そこで確信を持った。頭の中で言葉にしなければ、イヴィラには伝わらないと。
その為、俺はイヴィラと思考で会話をしながら、その思考のさらに奥で、頭の中ですら言葉を出さずに考え続けた。
その思考は一切読まれた感じはしなかった。
俺はそれを潜在思考と名付けた。
潜在思考は本当に疲れるし、難しかった。
だって、イヴィラと会話もしながら、頭の中ですら言葉を話さず、この状況をどうするか、情報収集のためにどうやってイヴィラを誘導するかを常に考え続けていたんだ。
当然、イヴィラに攻撃されるようになってからは殆ど上手く使えなかったし、あまりにもイヴィラがチョロかった時は、つい思考が漏れたりもした。
こんな頭が疲れることは、もう二度とやりたくない。
勿論、潜在思考だけじゃない、2種同時思考もキツかった。
2つのことを同時に考えるんだ。当然疲れる。
ただこの2種同時思考は潜在思考よりは楽だった。
前世の価値観と俺の心、その両方で、物事を同時に考えればよかったから。
この2種同時思考を行った場合、イヴィラは俺の思考をうまく読み取れていなかった。
同時に2つのことを話されても、聖徳太子でもない限りうまく聞き分けられないということだろう。
ましてや同じ声が2つ同時に聞こえてきたんだ。
その2つが混ざって、うまく聞き取れなくても仕方はないか。
「はぁぁぁぁ、」
本当に、死ぬかと思った。
俺が死ぬのは構わないが、イヴィラに体を奪われるのはダメだ。
だってそうなって仕舞えば、
「っ、やめよう、今はこれを考えるべきじゃない」
また精神が分離してしまう。
俺は、元々前世の記憶を思い出してから、精神が不安定だった。
当然だ、全く違う価値観の人間の精神が、そのまま俺の中に入ってきたようなものだったから。
精神が不安定になっても何もおかしくはない。
そんな状態で、精神世界なんていうところに行ったせいで、その不安定さが顕著に出てきた。
そして、そんな状態の精神にかなりダメージを受けたためか、最後はほぼ精神が分離していた。
前世の俺と、今生の俺に。
今のこの疲れ切った精神で、前世の価値観と俺の心で、全く違う考えのことを考えすぎると、最悪精神が完全に分離しかねない。
いわゆる多重人格というやつになる恐れがある。
それは本当にまずい事態になると思う。
だから今は休もう。
俺は椅子の横にあった机に突っ伏した。
もう、階段を上る気力はない、このまま寝てしまおう。
俺はこのまま意識を飛ばした。
(おやすみ)
意識を飛ばす寸前に、イヴィラの声が聞こえた気がしたが、何かを考える前に、俺は意識を失った。
・・・
「誰かー!誰かー!」
「え?わ、若様?どうなさいましたか?」
ドタドタ、バン!
「どうなさいました!若様!」
「くるしい、くるしいよー、この使用人が持ってきた料理を食べたら、くるしくなったんだ!」
「な、なんだと!?」
「え?」
「この使用人が、料理に毒を入れたんだ!間違いないよ!」
「え?わ、私はそんなことしていません!」
「間違いない!この使用人が毒を入れたんだよ!あーくるしい、くるしいよー」
「・・・えっと、若様、本当に苦しいのですか?」
「なに?俺様の事を疑っているのか?そうか、ならお父さ」
「貴様!若様に毒を入れたな!若様!すぐに当主様に御報告をしてまいります!」
「そんな!待ってください!」
「黙れ!」
「うーん、どこも異常なし、体に毒はありませんし、毒を飲んだ形跡もありません、健康体そのものです」
「そんな事ないよ!俺様は毒を飲まされたんだ!今だって苦しいんだ!」
「うーん、しかし、間違いなく毒は飲まれておりません、体に毒も残っていないですし、どこにも異常は見当たりません、それは医師として、私が保証します」
「お父様!」
「この藪医師が!俺様の息子が嘘をついているとでも言いたいのか!?」
「いえ、そんな事は、苦しんでいるというのなら、もしかしたら、それは精神的なものかもしれません、毒を飲んだと思っているため、苦しいと感じてしまっているのかも、いいかいイヴィル君、君は毒を飲んでいない、だからその体の痛みは錯覚なんだ、気のせいなんだ」
「うるさい!気のせいなんかじゃない!嘘なんかじゃない!お父様!」
「イヴィルはこんなにも苦しんでいるんだ!それを直すのが医師の仕事だろうが!どうせ、自分には治せないから、原因がわからなかったから、健康体だのとほざいているのだろうが!」
「いいえ、間違いなく、イヴィル君は」
「黙れ!もう藪医師の言葉など聞きたくもない!安心しろ、イヴィル、すぐに新しい医者を呼び寄せよう」
「うん!」
「おい、俺様の息子を嘘つき呼ばわりしたんだ、生きて帰れると思うなよ」
「そんな!私は何も間違った事は言ってません!間違いなくイヴィル君は健康体です!」
「なら何故イヴィルは苦しんでいる!体が健康体なら痛みを感じるはずがないだろうが!」
「それは精神的な」
「そんな訳のわからない言い訳を聞きたい訳じゃない!この藪医者が!」
「そんな・・・」
「おい!こいつを地下の懲罰室に連れて行け!そこで拷問官に死ぬまで嬲ってやれと伝えてこい」
「「ハッ!」」
「そんな、待ってください!離してください!私には、まだ直さなければいけない人が、私がいなければ、死んでしまう人がいるんです!」
「それは、子供か?」
「それは・・・違います、ですがその人には、子供が!・・・今は、家にはいませんが」
「なら関係ないな、子供でないならどこの誰が死のうが構わん、貴様も他人の心配より、自分の心配でもしているがいい」
「そんな!あなたの領民ですよ!領民を、民を守るのが領主の、貴族のなすべき事でしょう!?」
「そんなものは知らん、民などどうでもいい、死のうが生きようがな、俺は関心のある人間以外に興味はない」
「そんな!」
「・・・ニヤリ」
「!?・・・まさか、待って!待ってください!」
バタン!
・・・
「ん・・・、ここは」
ここは、どこだ?
俺は目を覚まし、周りを見てみた。
どこか薄暗い地下室のような。
「ああ、そうか、ふぁぁぁぁぁ」
思い出した。
俺はイヴィラとの戦いの後、疲れてここで寝たんだったか。
「ん?なんだこれは?」
俺が頭を乗せて眠った机の上に、1冊の本があった。
さっきまで、あまりの疲れで気づいていなかったが、こんなところに何故本があるのだろうか?
俺はその本に少し興味が湧いた。
「読んでみるか」
そこには、こう書かれていた。
[ハウント家の宿命]と。




