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85 いざ行かん次の街

「いろいろあったなぁ……」


 娯楽都市エルトナーゼ。

 最初はリュウシィの知人に会うだけのつもりであったのが、思わぬ事態に巻き込まれ、想定より長居をすることになった。


 その間にはグッドマーとのデートであったり、エイミーとの再会であったり、ロパロやピナとの新しい出会いであったり、ユーディアの姉ヴェリドットとの一騎打ちであったり、傷付いた街の修復であったり、それを記事にするという女記者との夜道での打ち合わせであったり……とにかく、思いもよらぬ出来事が多々あった。


 当初は一泊二日くらいの気持ちで寄ったはずなのだが、蓋を開けてみれば丸一月以上をエルトナーゼで過ごしてしまった。まあ別に期日のある旅、というわけではないのでそれで困ることはないのだが、しかし元々の目的は聖冠、ひいては万理平定省に七聖具を食べてしまったことが露見してしまう前にどうにかしよう、という意図でリブレライトを出たのだ。


 つまり明確な期日こそないがタイムリミットは確かに存在しており、考えなしにのんびりすることは決して良いことではない。


「そうは言うがな、主様よ。別に儂らはエルトナーゼで遊び惚けていたわけではないだろう」


「そうだよご主人様! ご主人様は、また街を救ったんだよ!」


「結果としては一応そうなるんだけどな」


 はあ、とため息。

 ナインが気落ちしているのには、ちょっとした理由があった。


 ナイン一行は既に五大都市がひとつエルトナーゼを出立し、次の目的地であるこれまた五大都市の一角『スフォニウス』へ向かっているところだ。


 音楽家たちの歴史があったりいくつもの有名楽団の本拠地であったりするらしいその街は、しかしそれ以上に強さを重んじる気風があることで知れ渡っている。人呼んで闘技都市。

 ナインたちの目的は勿論音楽ではなく、そちらにあった。


「スフォニウスで年に一度だけ開かれる大きな武闘大会……なんと言ったかの?」


「『闘錬演武大会』だってさ。好都合にもその開催がもうすぐなんだとよ」


「そう、それだ。その大会に出場するのが主様の目的なのだろう?」


「そこなんだよな、ちょいとうんざりしちゃうのは」


 グッドマーの案。それは七聖具『聖杯』の力を使ってナインの体から『聖冠』を取り出すというもの。

 しかし聖杯は宗教都市アムアシナムにて幅を利かせる大宗教『天秤の羽根』が秘匿している。もしも聖杯を使用したいというのならまず天秤の羽根にある程度近づけなければ話にならない。そのために何をするか――それが前述した闘錬演武大会に繋がるのだ。


「闘錬演武大会で特に素晴らしい戦いを見せた者には『武闘王』の称号が授与されるそうだ。優勝者が必ず貰えるってもんでもなくて、大会の最高責任者と審査員たちの一存で決まるらしい。現に二百年以上の歴史ある大会だけど、武闘王に認められたのはたった数人しかいないってさ」


「ぶとーおー?」

 首を傾げるクータの頭を撫でてやりながらナインは続ける。


「で、武闘王になりさえすれば、アムアシナムも俺の来訪を歓迎してくれるらしいんだ――表面上はな。ただの旅人じゃ見下されておしまいだが、権威とか称号を持ちさえすれば向こうでの扱いは一変する。当然最有力の宗教、天秤の羽根はここぞとばかりに俺をもてなそうとするはずだ……とピカレさんが言ってた」


「ふむ。称号で釣って中に入り込む、と。一種の誘い受けかの」

「その言い方はよせ」


 それで? とジャラザはナインに訊ねる。


「どうして主様はそうも億劫そうな顔をしておる?」


「いや、なんかさ……聖杯に近づくにはアムアシナムで認められるようにならないといけなくて、そのためにスフォニウスの大会に出場して優勝目指して……ってもうゲームのお使いクエストっぽくてげんなりするんだよな」


「お使いクエスト? などと言われてもよく分からんが、すべきなのだから仕方なかろう」


 そうきっぱりと告げられ、ナインの肩が落ちた。


「そーなんだよ。わかってるんだよ、それは。元はと言えば俺が聖冠を食べちゃったのが悪いんだからよ……」


 ナインの言葉に、クータとジャラザは両極端な反応を示した。


「そんなことないよ! ご主人様はいつもがんばってるもん!」

「まあ短慮ではあったろうな。これまでを聞くに主様には思慮が足らん」


 ナインは抱き着いた――勿論クータにだ。


「ありがとうクータ……! お前は俺の癒しだ! お前だけが癒しだ!」


「あわわあわわわわ、」


 背丈の関係上クータの胸にすりすりと頭を擦り付けることになったナインだがとてもスマートな――悪く言えばひどく平坦な――クータの胸部からは「そういった」刺激を受けないらしい。

 反対にクータのほうは顔を真っ赤にして今にも茹で蛸、否、茹で鳥になってしまいそうだ。


「まったくおバカ主従らめが……ほれ、そろそろやめんか。クータが羞恥で死んでしまうぞ。こやつはこれでいて初心なようだしの」


 激しいスキンシップを好むうえに入浴に際して何度も裸の付き合いを経験しているクータだが、意外とナインのほうから触れられると弱い様子である。

 クータが風呂に近づきたがらないのは水に濡れるのが苦手というだけでなく、ナインに全身をまさぐられることに――これだと丸っきり変態に襲われているような表現だが――羞恥を覚えているからなのかもしれない。


 ちなみにジャラザが人型になってからはクータの体を洗う役はもっぱら彼女が担っている。何故ならジャラザには『水を操る』というまさにその役目におあつらえ向きな能力が備わっているからだ。そういう意味でナインの負担は減ったが、ただでさえ得意ではない水に絡めとられて自由を奪われるようになったクータはますます入浴に忌避感を持つようになっている。


 閑話休題。


「あっと、すまんクータ。お前が可愛すぎるもんだからつい」


「う、ううん、いいの。クータはご主人様のものだから……」


「やめい! 人を駄目にする鳥め、甘やかすだけが従者の仕事ではないぞ。主様も主様だ、もっとビシッとせんか!」


 叱りつけたことでナインもクータもしゅんとしている中で、一行の目には大きな湖が見えてきた。街すらもすっぽりと飲み込めそうなほど広大な水面にナインは「おお」と感嘆した。


「雄大な自然ってのはやっぱいいもんだ……心が洗われる気がするよ。でもこれ、迂回するのに時間がかかりそうだな」

「飛べばよかろう。そもそも主様は空を行けるというのに、何故に徒歩で移動しておるのだ?」

「それがなあ。どうも俺、うまく飛べないんだよな」


 ヴェリドットとの戦闘中は気にならなかったが、やはり飛行には独特の神経を使うので気疲れするし、ちゃんと集中していないと真っ直ぐ進むことすらできない。またぞろ危険な目にあって飛ぶ必要性に迫られればその限りではないのだろうが、少なくとも平常時ではなかなかうまくいきそうになかった。ナインは「飛行を会得した」とはまだ言えない段階にいるようであった。


「エルトナーゼでちょっと練習したんだけどな。忙しかったのもあってあんまし身が入らなかったせいもあるだろうけど、そもそもけっこう難しいぞ」


「聖冠のサポートはどうした?」


「サポートって言っても飛ぶ感覚をなんとなーく伝えてくるだけだからなあ。俺に魔力があればもっとばっちしアシストしてもらえたんだろうけど」


「……主様はそもそもどうやって飛行するのだ」

「わからん」

「…………」

「いやそんな顔しないでくれよ、俺だってどうやって飛んでるか意味不明なんだもん」

「クータは翼でだよ」

「聞いとらんわ」


 雑談をしながら進み、段々と巨大湖が迫ってくる最中に、ふとナインは疑問が浮かんだ。


「あっれ?」

「どうしたのー?」

「いや、ちょいと変なんだよ。ピカレさんが地図見せてどう行けばいいか教えてくれただろ? その進路にこんなデカい湖あったっけかと思ってさ……」

「そんなものないぞ」


 ずばりと切り捨てられたような気持ちになって、ナインは驚愕の顔をジャラザに向けた。


「え!? どういうこと!? じゃあ俺たち今どこに来ちゃってんの?」


「二時間以上前に通りかかった分かれ道で、主様はグッドマーに勧められたのとは違う道を選んだ。様子が自信満々だったものだからてっきりこの湖を一目見ようと道を外れたのだと思ったが、違ったか」


「そ、そん時に一言確認してくれよ……いや勘違いしてた俺が悪いんだけど……戻るべきか?」


「案ずることはない、どうせ先で道は繋がっているのだからな。今更来た道を遡るよりも先に進んだほうがいっそ早いだろう」


 なんで俺はこう遠回りばかりを選んでしまうのか、とナインはやるせない。


 しかしまあ、意図したわけではないがこの美しい湖畔の景色を見ることができたのは単純に喜ばしい。

 せっかくの旅路なのだからできる限り楽しまねば損だろう。


「やっぱり湖の上を飛んでいくとしようか。それが俺の練習にも丁度いいかもしれん」


 ナインが二人にそう提案すると、


「なら――――ん! 絶対、ならん! この湖の上を飛んではならんぞぉ!」


 返事はなんと別方向からやってきた。


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