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幕間 女記者ミルコットの取材記・結

 思ったよりも早く運ばれてしまった料理に邪魔をされたミルコットは、意識が完全に食事へと移った少女二人からの視線を取り戻すべく「ごっほん!」ともっと強く咳をした。


「んー? ミルコットは風邪なの?」


「それはいかんな。養生もできぬほど仕事が多忙と見える。どれ、診せてみろ。これでも儂には治癒術の心得があってな。この前クータで試したから間違いはないはずだ」


「えー?! ひどいジャラザ、あれって実験だったのー?」

「くっく、結果的にはそうなったかの」

「もうー!」


 と、勝手に二人だけで会話に花を咲かせてしまうものだからミルコットはさめざめと泣いた。


 結局のところ自分も一緒に食事をある程度進めたのちに――どれもとても美味であった――ようやく本来の目的、取材が始まった。ナインとはどういう少女か。その質問に二人は「我らが主君」であると答え、これまでに彼女が何をしてきたかを語った。


 その活躍について聞かされたミルコットは興奮を禁じ得ない。


「リブレライトで闇組織を壊滅させて、フールトでは怪獣退治、そしてエルトナーゼでは復興支援……どこへ行っても大活躍じゃないですか!」


「おっと、此度の被害、その首魁を撃退せしめたのも主様の尽力あってのものだと忘れてくれるなよ」


「ええ!? それもナインさんが!? ま、ますます凄いことですよ、何故この遍歴がまったく広まっていないんですか!?」


 リブレライトの大捕り物やフールトの名物巨獣消滅のニュースは当然ミルコットも把握していたが、それらのどこにも『ナイン』という名は出てこなかった。彼女たちの言っていることが本当ならナインは間違いなく最大級の功労者であり、その名が伏せられているのは明らかに不自然である。


 疑問をぶつけるミルコットに、クータが食後の蜂蜜酒(ミルコットが頼んだものなのだが)をぐびぐびと呷りながら答えた。


「ご主人様は、有名になろうとは、してないから……ぷはー」

「え、どういうことです?」


「名声欲など持ち合わせておらん、ということよ。確かに主様の功績は讃えられるに足るものではあるが、本人が殊の外それを望んでいないのだから仕方がない。とはいえ、大々的に広められずとも知る者は知っておる。現にリブレライトでは相当に名が売れておるようだしの」


「うん! ドマッキのお店にも、お客さんがいっぱい見に来てたよ!」


「ふん、グッドマーの思惑はここにありそうだな。噂ばかりが独り歩きするのもそれはそれで要らぬ面倒が起こるやもしれん。それを制するためにある程度の精度を持った知識を――ミルコット殿。お主に託そうとな」


「ええ、わ、私ですか……?」


 選ばれたのは記者としての能力故か、それとも御しやすいと侮られたが故か。

 喜んでいいものかどうか迷うところだが、通常であれば形はどうあれスクープに近づけたことを素直に祝っていたことだろう。


 ただ懸念となるのは、ナイン本人の意向にあった。


「ナインさんはご自分が記事になることを、あまり望まないんですよね……? それじゃあ私が今日知ったことをそのまま書くと、気分を害されるんじゃ……」


 恐る恐るそう訊ねると、娘二人は顔を見合わせてからミルコットのほうを向き、揃ってこくりと頷いた。


「いやがるね」

「嫌がるだろうの」

「えー……それじゃあどうすれば」


 せっかく託された知識だが、記事にできないのであればなんの意味もない。

 単にミルコット一人が誰にも明かせぬ秘密を抱えただけのことになる。


 打ちひしがれたように肩を落とす彼女に、ジャラザが慰めの言葉をかけた。


「そう落ち込むな。所詮は儂らも主様の意を勝手に図っているだけに過ぎん。そんな儂らにいくら言われたところでミルコット殿も同意し辛かろうな」


「い、いえいえ! お二人の言葉を疑うようなことは決して!」


「ふふ、焦らずともよい。追って指示はあるだろう、どこまでを記事にするかはその時に決めるといい。せっかくなのだから今はデザートを味わおうではないか? どうせここはグッドマーが持つのだ。精々あやつに金を使わせてやらんとな」


「……あ、はい」


 そう言われたから意趣返しをする、というわけでは決して、決してないのだが――ミルコットは普段己に課すカロリー制限も無視して金殿餡のクリームあんみつを三杯もおかわりした。他人の金で食す最高級デザートは控えめに言って最高の味だったに違いないことをここに記しておこう。


 お腹を膨らませながら店を後にする彼女を見送って、クータとジャラザは互いに笑みを浮かべた。


「ミルコットなら、だいじょうぶそうだね!」

「うむ、どうやら杞憂だったな。後のことはグッドマーに預けてもよかろう」




 図らずも多忙期ですら滅多にない四連続取材となった激務を終えて帰路につく頃には、既に日も暮れかかっていた。現在ミルコットは仮住まいと言いつつ既に二年以上も住み着いている安アパートを目指している。大通りから入り込む裏路地をいくつか経由し、もう少しで我が家というところだ。


 裏道とはいえいつもはもう少し行き来する人を見かけるものだが、やはり件の騒ぎとその後始末のせいで皆疲労困憊なのか、いま道を行くのは彼女ただ一人だ。


「…………」

 ミルコットは足を少し速めた。


 エルトナーゼは決して治安がいいとは言えない街だ。彼女もそこに住む一員の当然の備えとして自衛用の道具のひとつやふたつ懐に忍ばせてはいるが、それを使わざるを得ない状況に陥りたいなどとは露ほども思っていない。


 妙なのに絡まれたりしないうちに家に――



「こんばんわ。お姉さん」



 早く帰りたい、そう思って急ぐ足が、ぴたりと止まった。

 それは正面、視線の先で、道の真ん中に立ち塞がるようにしている小さな影を見たからだ。


 ローブを纏い、フードで顔を隠したその子供は涼やかな声音であいさつをしてきた。


 風がざわめく。

 思いのほか冷涼な空気に当てられ、ミルコットの体はぶるりと震えたが、それは決して寒さからくるものだけではないと彼女は確信していた。


 ――この子が、そうなんだ……。


 ミルコットには不思議とそれが実感できていた。

 目の前にいるこの少女こそが、ここ何日も東奔西走駆けずり回って自身が調べていた――噂の怪力美少女、ナインであると!


「お姉さん、俺のこと聞いて回っているって?」


「…………」


 ミルコットは唾を飲み込んだ。

 ここで間違ってはいけないと己の記者としての勘が錚々と金言めいた忠告を放ってくる。

 そうだ、ここはピナ・エナ・ロックの言う通り、決して選択を誤ってはいけない場面――。


「そ、そうです。私、あなたについて色々と知りたくって……、あの、あなたは『ナイン』さんで合っていますよね?」


「はは、『ナイン』かどうかって質問にはなんだか妙な気分になるけど……うん、そうだよ。俺がナインで間違いないね。そういうお姉さんは、記者のミルコットさんだよね?」


「は、はい。しがない記者をやらせてもらっています」


 謙遜を見せたミルコットに、ナインが「とんでもない」と首を振った。


「まだ若いのに立派に働いていて凄いと思う。他の記者からも一目置かれているって聞いてるけど?」


 誰から、などと訊ねる必要はなかった。


「グッドマーさんですか? あの人はまたそうやって……」


 先ほどの急なエンカウントを除けば彼女と会ったのはそれこそミルコットがエルトナーゼへ居住を移した直後のたった一回しかないのだ。

 つまり互いのことなどよく知らない。

 無論、片や情報屋、片や記者という『調べる』ことを生業としている二人なので、ただの顔見知り以上には互いの情報を持ってはいるが、間違っても親しい仲などということはない。


 といったようなことをかいつまんで話し、グッドマーの評価は自分をからかうためのものに違いないと説明する。


 しかしそれでもナインは納得していないようで、


「そうかな? 確かに悪戯に人を煽る癖のある人だけど、今回はどうだろう。ミルコットさんのことを『優秀かつ謹厳で実直な人だ』って言ってたから。嘘でピカレさんが他人を褒めるなんてことはそうないと思うけどなあ」


「そう、なんでしょうか……? 私はグッドマーさんの人となりまではよく知らないので……」


「あはは、それを言ったら俺もそうなんだけどね……で、お姉さん。これでいいの? このまま他愛ない世間話だけで終わりにする? それとも――何か聞きたいことがあるなら、今のうちに遠慮なくどうぞ」


 見える口元にふわりとした笑みを携えて、優しくそう言ってくれた少女にミルコットは感謝の気持ちでいっぱいになった。彼女が親しみやすい口調や明るい雰囲気を意識して出してくれていることに気付いたのだ。


 ナインは今日出会った誰よりも自分のことを気遣っている。そう感じた。


 勝手に怯えていたのが恥ずかしくなって、ミルコットは少し顔を赤らめながらもナインに対し訊ねた――それ即ち、どこまでを記事にしていいか。


 語らうこと数分、いや、数十分? ……どれくらい話していたのか、ミルコットに正確な時間は分からなかった。ただしすっかり辺りは暗くなっており、最後にはナインに――自分よりも遥かに幼い少女に!――家まで送ってもらいまでした。


 玄関口でナインは言った。

「悪いね、ミルコットさん。きっと何もかもを記事にしたいんだろうけど……」


「いえ、きちんと約束は守ります。書くのは復興支援のことだけで、ナインさんの名も出さない。ただし独占取材した、ということでナインさんの言葉や容姿について文章を載せるのは構わないんでしたよね?」


「うん、それで頼むよ。俺はよくわからないんだけど、グッドマーさんがそれぐらいは書いてもらったほうがいいって言うからさ」


「なるほど、そうでしたか」


 タイミングよくナインが姿を現したのも、やはりグッドマーの差し金であったらしい。大方ナインの側近を名乗るあの子供たちがその判断を下したのだろうと予想できるが、これが合っていようと外れていようと構わない。どちらにせよ自分のやることは変わらないのだから。


「取材を受けてくださって……あと、送ってくれてありがとうございました」


「頼まれてやってるだけだし、送ったなんて言ってもお喋りしながら歩いただけだし、礼なんていいよ。それじゃあ俺はこれで――と。外見についても書くなら顔を見せておかないとな」


 そう言って、ナインはフードを外した。ミルコットの視界に映るは、噂の美少女の素顔。


「わあ……」


 記者だというのにその瞬間、ミルコットは言葉を忘れた。

 リブレライトで広まったという『白亜の美少女』という二つ名が限りなく的を射ている、などという益体もない感想だけが浮かぶ。


 白く、美しい。儚く、淡く、今にも目の前からふっと消えてしまいそうなほど繊細な美を感じさせるが――しかし、その宝石のように煌めく薄紅色の瞳だけは、力強くこちらを見据えて離さない。


 これが、ナイン。見る者を虜にするという、眉唾物の美貌が、現実となってここにある。


 唖然と、あるいは恍惚と見惚れるミルコットに、ナインは朗らかな笑みを浮かべて「さよなら」を言った。


「あ、ナインさ――」

「これからも何かあったらよろしくな、お姉さん」


 とん、と跳躍。

 身軽すぎる所作で屋根の向こうにナインは去った。

 折りしも危惧した通り、少女は眼前から消えてしまった――けれど。


「これからも……」

 ナインはそう言ったのだ。それは、つまり。


「……ふふ」


 やっぱり記者の仕事は自分の天職だ。

 何だかやる気が満ち溢れてきたミルコットはエルトナーゼ住民に、あるいはナインたちに望まれている記事の作成へ早速取り掛かることにした。


 その晩、ミルコットの部屋は遅くまで灯りがついていた。


機能するかも分からないフラグのために四話も幕間書くぅ? しかも結だけ詰め込んでてケツでっかちじゃん! という内なる幼女(信仰神)の声がしましたがこれにてミルコット編終了です。

あれ、章題となんか違うな……? まま、ええわ。

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