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幕間 女記者ミルコットの取材記・転

「えっと……」


 今更語られるまでもなくなった今回の騒動の元凶、犯人。その顛末。


 しかしグッドマーから改めて訊ねられると、彼女の中で明確な違和感が生じた。自分はあまりにも知らなさすぎる。知らないこと自体は何らおかしくはないが、知ろうとしなかったことは明らかに変だ。自分の性格というか気質をよく理解しているミルコットは、こんな巨大なスクープの種を蔑ろにしていた今日までの自分にひどく驚いた。


 そしてそれは、何も自分だけに限ったことではない。この街ではきっと誰もが真相を知らないままに、知ろうともしないままに日々の生活を送っている。


 何よりの問題はそのことを誰一人として疑問視していない点にある。


 これは奇妙だ――途方もなく奇妙なことだ。


「どういうこと……? 何故誰も、調べようとしていないの? 犯人が誰なのか、どうなったのか……あの日の空で見られたっていう戦闘行為の謎を、どうして私は探ろうとも思わなかったのか!」


 余りの不可解さに顔面蒼白になるミルコットへ「落ち着くんだ」とグッドマーの静かな声がかかる。


「誰も調べない。それはきっとエルトナーゼの住民たちが済んだことを殊更気にしていない、あるいは復興や元の生活へ戻ることが最優先の現状そんなことを気にしているだけの余裕がない、というのも理由としてはあるだろう。しかしだね、ミルコットくん」


 ぐっとグッドマーは顔を寄せる。

 中性的な整った顔立ちが間近に迫ったことでミルコットは一瞬、息が詰まりそうになった。


 内緒話をするようなボリュームの小ささで彼女は言った。


「人の流れというものは、作り出せる。私には特別な力なんてないけれど、それでも人を操るというのは存外簡単なことなんだよ」


「それ、って……」


「忠告の名目で人の注意を逸らす。虚実を交えて情報をばらまく。目に見える形で話題を用意する――まあ、単純な手としてはこんなところか。だから誰も気にしないし、今更気にしたところでもう遅い。あれからどれだけの時間が経った? スクープは鮮度が命だ、発覚、調査、報道……どの段階でもそれは一緒だろう。だけどもはや痕跡なんてどこにも残ってないさ、何せこの街は修復されている。剥げた路面は埋められ、倒壊跡には新たな建物が建ち、死人は土へ帰り、生者は日常に帰っていく。記憶も薄れもはやあの日あの時に何が起きたかを正確に説明できる者などほとんどいないだろう。だって全員、当日は無我夢中だったろうからね。様々なものがごちゃごちゃになったこの街で、もはや事件の記録なんて誰も求めちゃいないのさ。欲するからこそ作られる。情報も、雑誌や新聞も結局はそうだろう? 市井の求めるもの、読みたいものを記事にする。そういう意味では、今の君は誰よりも正しいね。ホットなニュースを追って、ロパロやロック嬢にまで面談したんだから」


 あなたが、とミルコットは掠れる声で言った。


「そうさせたんですか? 思えば私だけがナインという少女の交友関係に至ったなどというのは、思い上がりも甚だしいものでした。私が見つけられるのなら他の記者にだって見つけられる。彼らが私に、思い出したようにフットマンさんやロックさんのことを語ったのは、本当に偶然なんですか?」


 それが偶然ではなく、仕組まれたものだとするなら。


 黙してこちらを見つめるグッドマーに、ミルコットは問う。


「どうして、私に? あなたのしていることまで教えたのは――何故?」


 意を決した質問に、グッドマーはさらりと答える。


「私はナインくん贔屓なんだ」


「は、はい?」


「今後を思えば一人くらいは彼女の真実に肉迫する者がいてもいい。そう思ったんだよ。それは情報を発信できる立場にいる者で、なおかつ性根の真っ当な人物が好ましい。そこで君に白羽の矢が立った」


 ベンチから立ち上がり、グッドマーはまるで俳優のような立ち姿でミルコットを見下ろしつつ、


「ロパロも君のことは悪く言わなかった。彼女の人を見る目を私は信用しているからね。そしてこれが最終面接のつもりだった――うん。君は合格だ」


「ご、合格……?」


「ああ。ナインくんを最もよく知る子たちを、君に紹介してあげよう」



◇◇◇



 ミルコットはとある飲食店に立ち寄っていた。円形のテーブルの前に座り、水の入ったコップにも手を付けずにただひたすらに待ち続けていた。


 個室に通された時は待ち合わせ場所が思わぬ高級店であったことに尻込みしておっかなびっくりになっていた彼女だが、今はもっと酷い。念のためにと約束の三十分以上前に来たのを後悔していた。時間が経てば経つほど、約束の時刻が近づくほどに体が固まっていくようだったからだ。


 グッドマーから思わぬ暴露を受けて、彼女はこれ以上ナインについて調べるのは危険なのではないかと思い始めていた。ロックの指摘はこのことを言っていたのだと今では確信を持っている。だとすれば自分は今、まさに選択を誤った状態にいるのだろうか――そう不安になりながらも結局ここを訪れたのは、諦めきれない記者魂がそうさせたのだろう。


 知りたいのだ。

 たとえ罪と言われようと――同じ罪なら無知よりも既知を取りたい。

 それがミルコットの記者としての矜持であるからして。


「でも、怖いものは怖い……」


 ナインという少女がミルコットの中でどんどん怪物のような存在へと膨らみ、その側近というこれから会う対象への恐怖にも連なり、否応もなくがちがちに硬直していると――子供の声が聞こえた。


「――待たせてしまったかの」


「い、いえ! 私も今来たばっかりで――へ?」


 反射的に席を立って否定の言を返したが、個室に入ってくる彼女たちを見てミルコットは目を丸くした。


 ――女の子たちだ。まだ十八の自分より明らかに年下の、齢十五にも届かないような子供たち。


 ぱたぱたと歩いて無言のままに席についたのは赤い短髪が目にも鮮やかなあどけない表情の女の子。少しばかり露出の多い格好をしているが、彼女にはそれが似合っており、いやらしさというものを感じさせない。一見して溌剌とした印象を受ける子だ。


 詫びを口にしながら続いて入ってきたのが優美な空色で塗られた長髪を揺らす、不思議な色気を感じさせる女の子。肢体の幼さで言えば赤髪の子とそう変わらないように見えるが、口元や目付き、仕草――そして胸や腰元の発達が彼女に一種退廃的な幽玄の美を与えている。


 どちらも一目見て「変わった子だ」とミルコットは思った。

 しかしどんな恐ろしい連中が顔を出すのかと戦々恐々としていた先程までと比べれば、だいぶ肩の荷は軽くなった。


 赤髪の少女がクータ、青髪の少女がジャラザと名乗ったところで、とりあえず料理の注文を行う。

 食事が運ばれてくるまでの間にミルコットは自己紹介を済ませ、水を一気飲み。

 怯えに凝った体と気持ちを解し切り替えるようにしてコップを置いた。


「では! 質問なんですが!」

「うむ、なんなりと」

「どうぞどうぞー」


 緊張のかけらもない様子で首肯する二人にミルコットは少々気勢を削がれてしまうが、「ごほん」と咳をひとつ入れて本題へと入った。


「まずあなたたちが仕えているというナイ――」


「お待たせしましたー、こちら旬の野菜煮込みのビロードブイヨンに合鴨のロース盛りオールドベリージャム添え、しゃきしゃきクラブの新鮮サラダと嵐海海老の贅沢ピラフとなりますー」


「やったー! どれもおいしそう!」

「ほほう、ここはクータも無理なく野菜が取れて良い店かもしれんの。戻ったら主様に伝えておこう」

「…………」


 美味しそうな料理を前にしては、記者魂も勝てなかった。

幕間にしてはながくなーい?


これは幕間だ、誰が何を言おうと幕間なんだ……ということで次で結。

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