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幕間 女記者ミルコットの取材記・承

「今、なんだか失礼な思考を感じた気がするのだけれど……」


 隣に座ったピナが開口一番そんなことを言ったので、ミルコットはぎくりとする。


 まさかあの高名な審眼ジャッジの力で彼女のことを『子供に見える』などと考えてしまったのが読まれたのだろうかと焦るが、「まあいいわ」とピナのほうから話題を変えてくれたのでほっとする。


 さあ、取材開始だ。




 ――まずはお時間を頂きありがとうございます、ロックさん。


「礼なんていいのよ。フットマンから頼まれたから来ただけなんだから……それで? あなたは私に何を聞きたいのかしら?」


 ――巷で話題の、ナインという少女について貴女の見解をお聞かせ願えたら、と思いまして……。


「あらそう、フットマンの言っていた通りね。あなた、あの子について嗅ぎまわって何がしたいの?」


 ――気になれば調べ、知って、知らせること。それが記者の役割ですので。私的な感情ではありませんよ、断じて。


「ふうん……どうやら嘘ではないようね。なら教えてあげてもいいわ。ナインに対する見解? 随分と大仰だけど、そうね。私の抱くイメージは『上位者』ね」


 ――上位者?


「訳が分からないといった顔ね。噛み砕いて言えば、彼女は我々とは異なる理で生きている、といったところかしら。下位の世界の常識なんて通用しない絶対的な存在ということね」


 ――あの、私には余計に意味が……。


「私は私の眼が伝えてきたものをそのまま口にしているだけよ。あなたの理解力はあなたの問題でしょう? これ以上を求められても困るわね」


 ――そ、そんなこと仰らずに、もうちょっとだけ噛み砕いてもらえると……。


「仕方ないわね……。彼女は――私たちの生きるこの世界において普遍的に存在する遍くルール、そういった縛りに捕らわれない反則級の何かであり、ありとあらゆる規範から逸脱している少女よ。例えるなら、そう、まるで彼女自身がひとつの世界そのものとでも思わされるほどの圧倒的なスケールを私は視た。この眼ではっきりと、まるで見通せない不明の、けれど莫大で膨大な力のうねり(・・・)をね。これ以上覗けば戻ってこられなくなる……なんて感じたのはあの子を視た時が初めてよ」


 ――ロックさんがそこまで言うなんて……そ、そんなになんですか、『ナイン』という女の子は……。


「どれだけ言葉を尽くしても私の視たもの、受けた衝撃の百分の一もあなたには伝わらないわ。……私が言えることはこれくらいね」


 ――あ、ま、待ってください。どうかもう少しだけお話を……!


「これ以上話したってもう何も語れはしないわよ。私はナインのことを視たけれど、それで何を知れたわけでもないんだから。審秘眼をしても真偽不明、審議不能……それこそが何よりの答えでもあるんじゃないかしら。視えないからこそ視えてしまう」


 ――…………。


「無論、悔しさはあるわ。私はこの眼をもっと鍛えるつもりよ。審秘眼の名に恥じぬ最高の眼にね……。ふふ、こんな気持ちは初めてだわ。何せこれまでに視えなかったものはなかったのだから」


 ――あの、最後にもうひとつだけ。ロックさん自身は、ナインという子をどう思っておいでですか。


「良い子だと思うわ。人のために力になってあげられる子を、他にどう言えばいいのかしら?」


 ――あ、ありがとうございました……。


「ひとつ、忠告だけれど」


 ――え?


「あなたの形振り構わない取材の仕方で、目を付けられているみたいよ。フットマンや私に接触したことで、もう確定的でしょうけど……選択を誤ったらあなた、とても危険なことになるわよ」


 ――そ、それはどういう……審眼で私の何かが見えたんですか!?


「いいえ。眼を使うまでもなく、予想できることよ。ナインの熱烈なファンにはせいぜい気を付けなさい」




 振り返ることなく去っていくピナの後ろ姿を見送ってしばらく、ミルコットは呆然としていた。


 フットマンからもピナからも到底記事へと修文できそうな内容を聞き出せなかったことへのショックもあるが、それ以上に有名な相談屋であり、なんでも見抜く審眼の持ち主であるピナ・エナ・ロックから身の危険を告げられたことに恐怖を感じていた。


 自分は何か、誰かに恨みを買うような真似をしてしまっただろうか? 勿論人の周囲を嗅ぎまわる行為が良い印象を与えないことは重々承知しているし、それを知りながら彼女は記者の道を選び歩んでいるのだが、ああも直球に「気を付けろ」と言われるとやはり怖くなる。


 ナインの熱烈なファン……とは、誰のことなのだろうか。


 頭を悩ませてもミルコットには判じようもないことなので、脳の回転は次第に違うことへ使用されるようになる。


 即ち次の取材をどうするかについて。


 ナインと親しい人物としてロパロ・フットマンとピナ・エナ・ロック両名と会ったからには、残るピカレ・グッドマーからもぜひ話を聞きたいところではあるが、問題はピナ以上に忙しい様子の――というより偏屈な性格で仕事を選り好みしているらしい――彼女にどうやって近づけばいいか、ということにある。


 当然伝手などなく、彼女の興味を引けそうな何かに心当たりもない。これではグッドマーとの対面は夢のまた夢だ。


 ベンチに座り込んだままうんうんと考え込むミルコット。

 その横にすっと腰を下ろした人物がいた。


「やあ」

「えっ?」


 ミルコットは目をしばたいた。

 そこにいたのは紛れもない、ピカレ・グッドマーその人であったから。

 どうやって接触しようかと悩んでいる最中にまさか向こうからやってくるなど誰に予想できようか。


 口を開けたまま固まるミルコットに、グッドマーは気障な笑みで告げた。


「無知は罪。しかし知ろうとすることもまた同じく罪。私はそう考えている」


「は、はい?」


「君は今回の騒動の原因を突き止めたかい?」


 唐突に訊ねられ、ミルコットは質問の意図を――どころかグッドマーの真意を何ひとつ掴めないままに、どうにか言葉を返した。


「暴徒化していた人々は記憶があやふやなようですが、口々に何者かに操られていたと証言しています。その対象は人間の女性だという人もいれば謎の黒い物体だったという人もいます。中には真祖を超える新たな進化をした吸血鬼だと聞かされた、なんていう荒唐無稽な説を唱えている人もいたようですね」


「ふむ、そうだね。それで、そいつはどうなった?」


「退治された、んですよね?」


「情報通であるはずの君が聞くのかい? 確かに私は情報屋だけれど、記者だって似たようなものだと思うがね」


「す、すみません……」


 恐縮するミルコットにふふっとグッドマーは笑い、


「そう、退治されたと言われている。ただし」


「ただし?」


「どこで、どうやって、そして誰に――君にはそれも分かるかな?」


 グッドマーの気障ったらしい笑みが、ますます深まった。


明日の更新は朝方になりそうです

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