幕間 女記者ミルコットの取材記・起
幕間の扱いに悩みつつ幕間を投稿
エルトナーゼでその噂が飛び交いだしたのはいつ頃からだったか。
曰く飛びぬけた腕力を持つ少女。曰く飛びぬけた美貌を持つ少女。曰くそれなのに腰の低い謙虚な少女――とまあ本当に同一人物のことを指しているのか疑わしくなるような都市伝説じみた噂話だ。
しかしただの四方山とするには多くの人間が目撃しているし、証言している。確かにその少女はいるのだ。この街に、多くの奇矯で奇特で奇妙な人間が国中から集っているこのエルトナーゼで、そんな彼らをしても目を奪われてやまない抜群の存在感を持つ少女が。
であるならば。
自分がその正体を暴かないわけにはいくまい、と彼女は鼻息も荒く意気込んだ。
エルトナーゼに根を下ろすこと今年で二年目、まだ駆け出しながらもスクープへの熱い情熱を滾らせる女記者ミルコットである。
ミルコットはまず徹底的な聞き込み調査から始めた。
記者としての定石通り、大まかな目撃情報から段々と出現場所を絞り、可能なら次の現場を予測して先回りしたいところ。だが、既に噂の美少女が姿を現しそうな損壊の激しい場所というのは他ならぬ彼女の手によってあらかた片づけられ、もはや待ち伏せは難しい。
故にミルコットはその手段をすっぱりと諦め、彼女が去った後の現場で情報収集することに努めた。
少し探れば出るわ出るわ、ミルコットの予想を遥かに上回る数の目撃証言が集まった。中には実際に言葉を交わしたという者も少なくなく、そんな彼ら彼女らが口を揃えて言うのが「とても良い子だったよ」という誉め言葉。
なるほど幼い子供に対して大人が持つ感想としてはこの上なく相応しいものではあるが、あいにくミルコットが求めているのはそんな毒にも薬にもならないような言葉ではなく、生きた情報だ。
しぶとく聞き込みを続け、やがて明らかになっていった事実がある。
それは噂の美少女の名前と、交友関係。
彼女と会話をした中でも、瓦礫の撤去作業などで指示を仰がれた人物といったような直接関わることの多かった者がいる。そういう彼らは少女ともう少しだけ親身に話をしたようで、名前と誰の紹介でここに来たのかを明かされていたのだ。
そこから判明した少女の名はナイン。
そして彼女が親しくしている人たちが――ロパロ・フットマン、ピカレ・グッドマー、ピナ・エナ・ロック。
いずれもこの街、数多の有象無象が犇めくエルトナーゼにおいて珍しく正統な人気を誇る、トップクラスに著名な人物たちである。
いったい噂の美少女ナインと彼女たちとの関係性は、とにわかに記者魂を刺激されたミルコットは張り切ってアポイントメントを取り、まずはロパロの経営する大人気ホラーハウス『スクリームテラー』へと足を運んだ。
早朝、開演前の十五分だけ時間を貰って対面したロパロ・フットマンは、以前に取材した時よりも遥かに疲れた顔をしているようだった。それも仕方ないだろう、とミルコットは思う。復興に一段落がついて通常業務を再開しているところは多いが、皆やはり疲れ果てている。
それでも休もうとする者が少ないのはエルトナーゼ住民としての意地か誇りか。主催している演劇も含めて客の動員数や満足度が街最高のスクリームテラーオーナーともなれば、尚のこと高い矜持を抱いているに違いない。
疲労を押してこの時間を作ってくれたことへ感謝の念を伝えて、ミルコットはすぐに本題へ入った。
「ああ、ナインちゃんのことか。確かに最近はとても噂になっているみたいだね」
――フットマンさんは彼女と親しいとのことですが。
「親しい、というほどでもないけどな。ピカレからの紹介で知り合ったというだけで……ああでも、良い子だとは思うよ。こっちの頼みを文句も言わずに聞いてくれたし。おっと、この頼みの内容については質問はなしだよ、答えるつもりはないからね」
――また「良い子」ですか……。
「ん? どうかした?」
――いえ! それより、フットマンさんから見たその子の印象をもう少し詳しくお話しいただけないでしょうか。
「印象、か……。そうだな、まずはやっぱり、あの可愛らしさかな。彼女の顔を見た時は年甲斐もなく口を開けて呆けてしまったよ。未成熟ながらに完成されているような美しさがナインちゃんにはあった。少女とも少年ともつかない幼い体躯だが、けれどだからこそ穢れを感じさせない美が宿る。そういうことなのかもしれない」
――は、はあ……つまりまことしやかに囁かれている通り、ナインという少女はアイドル顔負けの可憐さを誇っているということですね。
「はは、ナインちゃんに比較されるとアイドルの子たちが可哀想だね。だってナインちゃんの本質はその目を引く容貌にはないんだから」
――それは……もうひとつの噂の元である、『人間離れした腕力』のことでしょうか。
「それも一端ではあるんだろうけどね。どう言えばいいんだろうな……あの子の場合は存在そのものの圧、というのかな。そういうのを感じさせられたんだ」
――そ、存在の圧、ですか? 申し訳ありませんが、仰っている意味がよく……。
「ふふ、しょうがないさ。語っている私こそよく分かっていないんだもの。だけどこれ以上は伝えられないよ、あの時あの瞬間に私が感じたものは、決して言語化できるようなものじゃあないからね……」
――…………。
「期待に沿えなくて悪いね。お詫びと言ってはなんだが、ナインちゃんの本質についてもっと深く知りたいならうってつけの人物がいる――ロックだ。ピナ・エナ・ロック。知っているだろう? 彼女なら私よりもよっぽど、君の聞きたいことを話してくれるんじゃないかな。良ければこちらから一報入れておこうか」
――ありがとうございます。実は彼女にも取材するつもりでいたんですが、お忙しいようで無名記者の私ではアポを取るのが難しく、非常に困っていたところなんです。
「はは、それならよかった。それじゃあ場の提供は私がしようじゃないか――」
ということで上手い具合に次の取材に繫がった。
ロパロから得られた情報はミルコットの求めていたものには程遠かったが彼女の人格者ぶりは背中を大きく押してくれた。普通であれば、よく知りもしない記者のために次の取材をセッティングしようなどと誰が思うものか。さすが大人物というのは違うなと感心しきりのミルコットは待ち合わせ場所として選ばれた自然公園にある、ひとつのベンチへ腰かけていた。
即日で会えるとは思いもしなかったが、逆に今日でないと相手側の都合がつかないらしい。
今か今かと待ちわびていると前方からやってくる、背の低い人影。
きりっとした表情や整えられた身だしなみとは裏腹に小柄童顔なせいで背伸びした子供に見えなくもないあの姿。間違いない、審眼の持ち主として名を馳せている一流相談屋ピナ・エナ・ロックその人である。