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84 キャンディナは理解する

 キャンディナはその二人をじっと眺めていた。


「見て見て見ーてー、この新聞! まただよ、ほらほら!」

 一人は少女、イクア・マイネス。

 天真爛漫な笑みを浮かべながら机に新聞を広げている。


「何々……ふむ、エルトナーゼの大騒動か。おぬしが最後の暴化の種を使ったという吸血鬼が暴れ、そして退治されたようじゃな」

 もう一人はしゃがれた老人、通称ドック。

 痩せぎすの彼はぽりぽりと頭髪の剥げている部分を搔いている。


「これもまたあの子でしょ――ナインちゃん! 絶対彼女の仕業だよ!」


「ううむ? それらしいことは書かれておらんが」


「でもほら、次の次の面を見て! 復興作業で大活躍した匿名美少女についての特集があるでしょ! 独占取材って! 写真はないけど、そこに書かれてるのがリブレライトで聞き込みしたあの子の特徴とぴったり一致するんだよ! ねえ、キャンディナお姉ちゃん?」


 不意に話を振られ、キャンディナは急いで首肯を返した。

 それに満足そうにしたイクアはまたドックとの会話に戻る。


 ふう、と声に出さない吐息をひとつ。


(まさかまたこの二人と組むことになるとは……)


 元々は彼女にとって親代わりだった男がドックからの恩を返すために下働きのようなことをしていたのが始まりだ。自然とキャンディナもその手伝いをするようになったが、その時分まだ九歳だったイクアがどこからか見つけてきたオードリュスという男性とキャンディナの親代わりの男が出自が似通っていたことで意気投合、イクアの出資と合わせてヘッドハンティングのような形で所属を移すことになった。


 そこから四年以上、キャンディナはオードリュスが組織する『暗黒座会』に身を置き、親代わりの男が業務中に命を落としても忠実に働いて幹部の地位にまで上り詰めていた。


 邪魔者を消し、反抗者を潰し、裏切り者を始末し、まさに一振りの刃たる尽力振りであった。


 暗黒座会を大きくすること、ひいてはオードリュスを伸し上がらせることが亡き男への手向けになるだろうと信じて生きていた彼女だが、そんな日々は突然の終幕を迎える。


 始まりは治安維持局の腰が本格的に上がってからだったように思うが、キャンディナにとっての契機はやはり、あの白い少女――ナインという存在が現れたことであった。


 小さくも強力無比な拳を振るい、部下ごとキャンディナを叩きのめした少女。

 彼女の余りの規格外ぶりに、キャンディナは気を失いながら組織の終わりを予見した。

 どうにかそのことを伝えようと捕らえられた治安維持局からの脱走を試みたが、失敗。それが原因で左腕を失ってしまった。


 尋問に口を割らず一日一日を砂を噛むように耐えていた彼女のもとに、イクアが再び姿を見せた。どこからともなく鉄格子の前に出現した彼女を見た時は幻でも見させられているのかと尋問手口の一種を疑ったくらいだった。


 結果としてキャンディナはイクアの手によって助け出され、今こうしてリブレライトから遠く離れたこの地にいる。なくした左腕もドックの作成した戦闘用義手によって補われている。装着した当初こそ重みによる体幹への負担で思い通りの動きができなかったが、それにも慣れた今は生身だった頃よりもむしろ戦闘力は確実に上がっている。


 この腕の仕組みさえあらかじめ露見しなければ、ナインにだって一矢報えるかもしれない――と思いつつもできることなら二度と戦いたくはない彼女である。


 しかし、関わり合いたくない彼女とは対照的に今の主人たるイクアはナインへ並々ならぬ興味を示している。仕方のないことだったとはいえ、細大漏らさずあの少女についての情報を聞かれた通りに答えたのは間違いだったとキャンディナは後悔している。


「それにね、ドック。フールトの街の記事も覚えてるでしょ?」


「ああ、なんでもシンボルになっとった巨大怪獣が突如消失したというあれか。確かお主が最初に暴化の種を使ったヒュドラが正体だったな?」


「そうそう! あれも誰がやったかなんて一切書かれていなかったけど、大暴れしたらしい痕跡といい、位置といい、絶対にナインちゃんだと思うんだよね!」


「む? 位置とはまたなんぞい」


 疑問符を浮かべるドックへ、イクアはどこか得意げに地図を引っ張り出して指をさした。


「ほら、リブレライトからエルトナーゼまで真っ直ぐ線を引くでしょ。その中間には何がある?」

「ほう……なるほどのう。フールトはちょうど中間地点というわけじゃな」


 ザッツライ! とイクアは指を鳴らした。


「リブレライト、フールト、エルトナーゼ! 軌跡が見えるようだよね、リブレライトを発った彼女がどこをどう通っているかが一目瞭然だ!」


 うふふふふふ! 両手を口に当てながら楽しそうに笑うイクアへ、ドックは呆れたように声をかけた。


「何がそんなにおかしいことがある? お主の手間暇が全て水の泡なんじゃぞ。暗黒座会もヒュドラも吸血鬼も、ぜーんぶこやつ一人にやられとるというに」


「だからだよ、ドック! あたしとこの子には縁がある! 見えない運命があたしたちを結んでいるんだ。そうじゃなきゃここまで偶然なんて重ならないよ。まだお互い直接顔も見てない同士だけど、きっと間違いなんてない――この子はあたしを楽しませてくれる子だよ、絶対に!」


「絶対絶対うるさいのお……キャンディナよ、お主はどう見る。ナインというのはそこまでの相手か?」


 ただ強いという程度ではイクアの相手役は務まるまい。ドックの冷ややかな目はそう雄弁に語っている。それを受けて、キャンディナは。


「………………」

 言葉を詰まらせた。


 相手役に相応しいかどうか、などというのを彼女が判断するのは難しい。

 直接やり合ったとはいえナインには圧倒的な強さがあった、ということしか判明していないのだ。

 対してイクア・マイネスという少女はそこまで強くはない。

 特殊な術を持ってはいるものの格闘戦で言えばキャンディナにも大きく劣る実力しかない。


 ただし彼女には、底なしの悪意とも言うべき悍ましき『才能』がある。笑いながら人を殺したその手で泣きながら遺体を弔うような支離滅裂な人間性。


 思うがままにやりたいことを飽きるまでやる。

 そんな羨ましい生き方がマイナス方面へ吹っ切れたような少女なのだ。


「……いい、勝負なのかもしれません」


 長考して、導き出した結論はそれだった。


 イクアに底なしの悪意があるとすれば、ナインの強さとて底知れないものがあったのだ。互いの主張する武器こそ違えど、計り知れないという意味では二人は似通っているとも言える。


「ほう、お主までそう言うか。ではどうするんじゃイクア。早速ナインの動向を探るか? このままの流れで移動するのであれば――国外に出てしまうか。だとすれば次に近い大都市のスフォニウス辺りが行き先としては妥当じゃろうか」


「うーん、今やりたいことは別にあるからなあ! まずはそっちだよね、準備しておけばもしかするとこっちにナインちゃんのほうから来るかもだし。何せほら、私たち運命の赤い糸で結ばれてるから! 絶対!」


 鬱陶しい、とばかりに顔を顰めたドックに構わずイクアはこれからの計画を練りだしている。


 彼女がやろうとしているのは、とある街に燻る争いの火種に薪をくべる行為だ。全てを燃え上がらせ、血肉の華と血煙で地と空を染め、後には何も残らない――そういった未来を幻視している。


「お二人は……挑むおつもりですか、あの白い少女に……あの怪物に」


「挑む? それは違うよ、キャンディナお姉ちゃん。挑むとしたら向こう! 強くて逞しいナインちゃんが人々を救うべく私に立ち向かうんだよ! これまでみたいに、そうとは知らずに、かもだけどね!」


「まあ、この通りじゃな。ワシはこいつのやりたいことをさせてやるために発明を続けるまでじゃ。それが一番インスピレーションが降りてくるのでな……ちょうど面白い素材も見つかったところじゃ」


 自由気ままな二人に、キャンディナはこれまで訊ねたことのない質問をする。

 それはこの二人に救われた以上は――そして到底歯向かえる気がしない以上は、部下として過ごさねばならないのだという覚悟が生じさせた疑問だったのかもしれない。


「ドック。貴方に家族はいないんですか?」

「家族のう。妹以外はとうの昔に死んどるよ。その妹とも最後に会ったのはウン十年も昔で、とっくにくたばったとるかもしれんが」

「そうですか……ではマイネス様――」「イクアって呼んでって言ったよ?」「……イクアはどうなんですか?」


「私の家族はー、もういないね! だって私が殺したもん。直接・・じゃあないけどね」


 その発言にキャンディナは驚きと納得の両方を抱いた。よもやそこまで、というのと彼女であればこの程度、という相反する感情だ。


「それはやはり、自分が楽しむために……?」


「えっ? まさかー。殺したのは必要だったからだよ、そうじゃなきゃやっちゃったりしないよー、大切な家族なんだよ?」


 衒いなく、まるで当然のことのようにそう言ったイクアに、キャンディナは眩暈のようなものを覚えさせられた。


「必要だった、とは」

「うん? 聞きたいの、キャンディナお姉ちゃん? いいよ、じゃあまずはあたしん家のお隣さんの夫婦にちょっとした問題があったことから話さないとね――」


 昔話を聞き終えたキャンディナは、ますます眩暈が酷くなる。

 当時六歳のイクアが隣人含め六人もの死者を生み出したという事実が、そしてそれを幼き日の良き思い出のように語る彼女が、何よりも恐ろしく感じた。


 ――何があっても逆らってはいけない。


 今までもなんとなくだが確かに感じていたその感覚が、より明確に、より強烈に心臓へと刻み込まれた。


 イクア・マイネスという精神的異形には、決して背中を見せてはいけないのだと――そう理解した。


大抵の作品で悪役って楽しそうですよね

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