83 目には目を、聖冠には聖杯を
はい、これにて二章終わりぃ!(達成感)
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「ロパロもシルニコフのことは一区切りがついたようだよ。自分がもっと手を尽くしていれば助かったんじゃないか、と珍しく男装も控えて落ち込んでいたんだが部下たちに励まされたみたいでね。彼女はいい仲間を持った。それも彼女自身が良き人だから、なのだろうね」
「ええ、そうですね……」
なんとも言い難く、ナインは曖昧に頷くにとどめた。ロパロが気を持ち直したのは素直に喜ばしいことだが、シルニコフの訃報を最初に知ったナインとしてはそれに「よかったですね」などと気軽には言えやしない。
前回訪れた時よりは少しだけ――本当に僅かな差だが――整頓された様子のグッドマー宅にお邪魔しているナイン。もうひとつの前回との差異として、彼女の前にはお茶らしきものが出されている。らしきものと言ったのは茶を用意するだけでも悪戦苦闘していたグッドマーの手付きがあまりに鈍かったからだ。意外と不器用なのかと驚いたが彼女は口に出さなかった。人には誰しも向き不向きというものがある。
「街の復興もだいぶ進んだね。君の力で二ヵ月、いや三ヵ月は早まったかな?」
「いえ、そんな」
「謙遜する必要はない。お陰でロック嬢やエイミーも通常営業に戻っているようだからね」
ピナ・エナ・ロックは審秘眼の能力を無償で人のために行使し、瓦礫に埋まった救助者や行方不明者の発見に貢献していたという。死霊術師であるエイミーも数日間放置せざるを得なかった仮設安置所で死体を見張ってアンデッドの発生を未然に防いでいたという。
「二人とも大活躍だったんですね」
「君と並ぶ功労者だろうね。当然、復興に尽力した一人一人がそう呼ばれるべきなんだが……さて。本題の前に、コレから返しておこう」
立ち上がったグッドマーが奥の棚から取り出したのは、ナインにとって大切なとある品。
それを認めた彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「俺のローブ! 直ったんですね!」
「ああ。『スクリームテラー』の衣装係は常時繁忙の激務を乗り切っているだけあって著しく有能らしい。きちんと仕立て上げてくれているよ。ただ丈や幅を詰めているから元と比べると寸足らずになっているが……すまないね、こればかりは元通りとはいかなかったようなんだ」
「いえいえ、穴が塞がっただけでも御の字です。元のサイズは俺には大きすぎましたし、むしろこれでちょうどいいかもですよ」
言いながら受け取ったローブを羽織るナイン。
確かに以前よりも肩幅や丈は彼女に見合ったサイズに近づいているようだ。
着心地を確かめているナインがにこにこと笑っているものだから、それを見守るグッドマーも口元を緩めた。
「よほど大事な品らしいね? 衣装係の話では年代物だが質がいい、とのことだが」
「これ、以前に恩を受けた人からの貰い物なんです。それも家族の形見らしいので、俺も大切に使おうと思って」
「ははあ、なるほどな……ちなみにその恩人とは、女かい?」
「え!? な、なんで急にそんなことを」
「ただなんとなくそう思っただけさ。しかしそのリアクションは図星かな……」
いかんなナインくん、とグッドマーは重いため息をついた。その態度の意味がわからず、ナインは素直に訊ねる。
「何がいかんのですか」
「クータくんやジャラザくんを引き連れ、リュウシィやアウロネ氏と懇意になり、そのうえで本命は別にいるなどと……少し女遊びが過ぎるというものだよ。いくら英雄色を好むとは言っても、君自身まだ年端も行かない少女だというのに」
「なんでそーなるんですか、俺は誰にも手を出しちゃいません! っていうかピカレさん、少女相手に『女遊び』どうこう注意するおかしさに気付いてますか!? むしろピカレさん本人がおかしい人な気もするけど!」
「私は至って正常だよ」
「おかしな人の常套句だこれ!」
発憤するナインを愛おしいものを見る目で眺めて、くすくすと笑うグッドマー。
それでからかわれていたことにようやく気付いたナインはむすっとジト目を送る。
「楽しいですか、ピカレさん……?」
「ああ、楽しいね。なに、私は性格が幾分幼稚なものでね。好意を持った相手にはつい意地悪をしたくなってしまうのさ」
「迷惑なんで治してくださいね、その性格――いえ、その気性」
「おやおや、言ってくれるじゃないか」
いつもの気障ったらしい仕草でひょいと肩をすくめたグッドマーは「それじゃあいよいよ本題だが」と話を変えた。
「! 聖冠の対処法について、ですね」
「そうだね。デートやロパロからの依頼を全うしてくれた君のために、たったひとつ浮かんだ可能性についてお教えしよう」
それは、と言葉を区切るグッドマー。
それは……とごくりと喉を鳴らすナイン。
「目には目を歯には歯を、だ」
「……えっと?」
意味が分からず首を傾げるナイン。
何故同害報復の教えがここで出てくるのかまるでピンとこなかった。
「つまりだね、ナインくん。七聖具には七聖具を、ということだよ」
「七聖具には、七聖具を……え、それって」
「ここからはオフレコということにしてくれよ。軽々しく吹聴していい内容ではないから、君も仲間内だけに留めるにしておくことだ」
「わ、わかりました」
厳格そうに見つめてくるグッドマーに、ナインはおずおずと頷く。いったい彼女は何を教えてくれるというのか。
「極秘情報だよ。宗教都市アムアシナムを実質支配している大宗教『天秤の羽根』が、七聖具がひとつ『聖杯』を隠匿していることを、君は迂闊に他人へ明かしてはいけないよ」
隠匿されているというなら――それも国最高のマジックアイテムとまで言われている宝のひとつを――その事実をグッドマーがどうやって知りえたのか非常に気になるナインだったが、それでこそ彼女なのだと思って追及は控える。ここは情報屋としての面目躍如と受け取っておくとしよう。
「あの……聖杯っていうのは?」
「そこも説明しよう。君の持つ聖冠が無限の魔力を放出するのだとすれば、聖杯はその逆。どんな力でも封じ込める封印の力を持っている。過去の文献によれば大陸を騒がせた大悪魔の封印に使用して以降、行方知れずということになっているが……その実態は宗教家たちの利権争いの種に使われていた、というものらしい」
「はあ……その種がどうしたっていうんです?」
「封印の力なら君の体内の聖冠を取り出せる、とは思わないかね」
あ、とナインは目から鱗が落ちた気分だった。
なるほど、同じ七聖具として同等の格を持つアイテムである聖杯なら、聖冠にも作用しうるだけの力はあるかもしれない。封印というのがどういう形式を取るのかは不明だが、少なくともグッドマーの言う通り『可能性』だけは十分にあると言える。
「でも、なんかすごい悪魔? が聖杯の中にいるんですよね?」
「ふ……先は文献などと言ったが大悪魔のエピソードは子供でも知っているおとぎ話さ。嘘か真か真実なんて誰も知らない。何せ三百年以上も前のことだからね。リュウシィだってまだまだ生まれていない頃だ」
グッドマーの言いぶりからして、リュウシィってひょっとしてめちゃくちゃ年食ってるのか、とナインは密かに衝撃を受けたが話が脱線しそうだったのでそちらへの感想は飲み込み、引き続き悪魔について訊ねることにする。
「じゃあ聖杯に悪魔が本当に封じられているとは限らないってことですか」
「確かめてみないことにはなんとも言えないね。寝物語になるくらい広まった噂だとすれば、聖杯に『何か』が封印されていることも考えられはするが、それが悪魔であるとは限らないし、また絶対でもない。案外中身は空っぽで、おとぎ話は所詮おとぎ話なのかもしれない」
「俺としてはそのほうが助かりますね……聖杯を使うっていうアイディアは理解できました。でも、どうやってそれに近づけばいいんですか? アムアシナムって街はけっこう胡散臭いところだと聞いていますよ。それに天秤の羽根とかいう宗教団体も、まさか隠し持っている七聖具を外様の輩に見せびらかしたりはしないでしょうし」
「あそこは選民思想が蔓延っているからね。価値ある者のみ良く生きよ、といったところか。ただしその思想が故に、権力者や力を持つ者には弱い部分もある」
「へえ……じゃあ具体的に、どうすれば?」
「鍵は闘技都市スフォニウス。そこで年に一度開かれる武闘の祭典『闘錬演武大会』に君たちが出場し、優勝することにある!」
また露骨な新展開