82 青い鱗を持つ少女(ペット)
街の復興に向けた作業は進む。
受けた痛みを押して住民たちが懸命にそれぞれのすべきことをこなす――が、一人一人にやれることは限られているためにどうしても時間はかかる。都市長を始め人員をまとめて可能な限り効率的に動かす者もいたが、それでも初めからエルトナーゼ全域をカバーできるはずもなく、当初は手当たり次第といった具合の作業の進め方だった。
そんな中で個人ながらに復興速度を速める一助となっているとある人物がいた。
そう、我らが怪物少女ナインである。
無尽蔵の体力に無限大の腕力。
とんでもないパワーを持った少女の身を粉にした献身は住民たちにとって大きな助けとなった。
ナインがエルトナーゼ中を駆け巡って瓦礫処理や地均しを素手で行っていると当然、ものすごく話題になった。人間離れした剛力を持つ美少女ということでたちまち大人気となりあちこちで声をかけられるようになったのだ。
中には見かけただけでおひねりを渡そうとする者もいて、ナインはとても申し訳なさから受け取れないと――事件に関わりのある身としては復興作業がきっかけとは言え住民から金銭を貰うことはしたくない気持ちがあった――固辞したのだが、投げ銭文化の強いエルトナーゼではそれを拒否するのは難しく、また背後からジャラザの「貰える物は惜しみなく貰わんか」という冷血動物さながらのクレバー過ぎる意見をぶつけられ敢え無く陥落。
働けば働くほど面白いくらいに暮らしは楽になっていった。
そんなこんなで得たお金を惜しみなく使いそこそこ質の高いホテルに宿泊する一行。
一人部屋でキングサイズのベッドを三人で利用する形になるが、全員が少女らしい背丈のために狭さは感じない。そもそもベッドもどこの巨人用かと思うほど大きいのだから手狭になることはあり得ない。
部屋の豪華な内装を見回しつつ、けれど少々億劫そうにナインは言った。
「こんないい部屋を……どうせまだ貯蓄はあったのに」
「とはいえそれも有限だからの。主様は食事を必要とせんようだが、クータも儂もそうはいかん。旅路の頭数が増えるのだから、稼げる時になるだけ稼ぐのは悪いことではなかろう?」
「食費を増やす当人が言う言葉じゃない気がする」
「無論その分は働くとも。なんなりと申し付けるがいいぞ、主様よ。臣下としてなんでもしてやろう」
「え、なんでも? そいつは……」
ただでさえクータと比べて一部の発育著しいジャラザが、ベッドに腰かけながらどこか艶めかしい声色でそんなことを言うものだから、ナインの中の「男」が急激に主張を始めてしまう。思わず生唾を飲み込み、じりりとジャラザへ近づき――
「ただいまー!」
「わっふう!」
真横へ飛び出しソファに激突するようにして座り込むナイン。主の奇矯な行動に食材の買い出しを終えて部屋へ戻ってきたクータは不思議そうな顔をする。
「なにしてるのー、ご主人様?」
「見ての通り、座り心地を確かめているんだ」
「そうはみえなかったけど」
「目に見えるものだけが真実とは限らない。それをよく覚えておけクータ」
「そっか! うん、わかった!」
「まったく阿呆主従が……」
ジャラザの呆れ切った声を余所に、クータが買い出した物をテーブルに並べていく。
ブロックの酔いどれ牛の生肉と双頭ワニの生肉、燻製マッスルチキン、調理済みのオークソテー、ファンキーボアの刺身肉――
「肉ばっかじゃねえかお前のチョイスぅ!」
「クータがちゃんと焼くから!」
「そういう問題じゃないの! 駄目だ駄目だ、ちゃんと野菜も買ってきなさい。これじゃ栄養が偏ってしょうがないだろ」
「はーい……」
不服そうではあるが従いはするクータ。買い出しをやり直し、今度は真っ当にバランスの取れた食事を三人でしながら取り留めもない会話を行う。その中でナインはジャラザへとある質問をした。
「ジャラザは、あの百頭ヒュドラと同じ個体なのか?」
「生まれ変わりと言えんこともないが、正しい表現は母と娘の関係だろうな。血も記憶も継承しているがあくまで別個体よ。記憶も鮮明に覚えておるのは主様たちとの戦闘くらいのもので、櫛の歯が根こそぎ欠けたように断片的なものしか残っておらん。特に母が先祖返りを起こした前後のことはすっぽりと抜け落ちとるな」
「そうなのか」
殺す気で戦い、実際に仕留めた相手と卓を囲んでいるかと思うとなんとも奇妙な気持ちであったが、ジャラザの意識では別人(?)であるらしいと知って少し安心する。
……殺した相手の娘、という点ではまるで安心はできないはずなのだが、ジャラザの恨み節をまるで感じさせない口調がナインの気を軽くしているのだ。
「ヒュドラとは死してなお己が血を遺すものよ。そうして産み落とされた個体はその時点で高い知性を有す――つまりは儂のことだな。そう気に病むこともないぞ主様よ。儂は自らの意思でお前様を選んだのだから」
生まれて間もないというのに意思疎通が図れたり文字を読み取ったり案内ができたりと多彩な有能さを発揮していたのはそういうことか、とナインは納得する。
ユーディアが語った伝説でも原初のヒュドラは死亡時に大量の『子』を放っている――そうやって自力で輪廻転生を繰り返すような出鱈目な生き物であれば、ジャラザの異様な賢さも頷ける。
ともすれば彼女の中には何百何千年分という記憶の深海が広がっているのだから。
「まあそのお陰で助かったよ。ジャラザがいてくれたからこそ、アウロネさんのメモの行き先が分かったんだしな」
「あ!」
と急にクータが横で声を上げたものだからナインはビクリとする。
危うくカップを取り落とすところだった。
「ど、どしたよクータ?」
「アウロネにさっき会ったこと、思い出したの」
「え、アウロネさんと?」
「ぶんしんで来たって言ってた」
「分身だって? まーたそういうのか、どこまで忍者なんだよあの人……。で、アウロネさんはどうしてまたエルトナーゼに?」
「ご主人様に伝言してって言われたー。えっとね……」
クータが必死に思い出しながら語った内容は、とある囚人の脱獄についての情報と、それに伴うリュウシィの推理であった。
それを聞いて記憶を辿ったナインは、ある女が脳裏に浮かんだ。
「キャンディナ……そうか、護衛任務の時に戦ったあの女か……! まさか治安維持局から逃げ出すなんて。しかも、それを手伝った仲間がいるだって?」
深刻な顔をするナインに、一人事情の分からないジャラザが疑問を口にした。
「どうも儂と出会う以前のことのようだが……キャンディナとは誰だ?」
「そうだな、説明するよ――」
ナインは百頭ヒュドラと相まみえる直前まではリブレライトで治安維持局の活動を陰に日向に手伝っていたことを伝え、『暗黒座会』という組織を壊滅させたことを教えた。
その組織の幹部の地位にいたのがキャンディナという短刀使いの女で、別口の手から脱獄を果たしたらしいということも。
「ほほう、グッドマーに話しておった悪党退治の逸話、その相手が暗黒座会であったということだな。そして七聖具がどこから流れたかについて、か」
「おお、ジャラザには七聖具についての知識もあるのか」
「まあ雑多にの。伝聞以上のことは知らなんだ。それにしてもキャンディナと暗黒座会と七聖具――仮にそのリュウシィとやらの憶測が全て的中しているのなら『出資者』と『侵入者』は同一人物と見たほうが確かに自然だろうが、しかし傍から聞かされる分には穿ちすぎのような気もするの」
「だけど聞いたろ? 俺とクータが働いてた『ドマッキの酒場』に、顔を隠した怪しい二人組が来ていたって。そいつらは俺のことを根掘り葉掘り訊ねた挙句なにも頼まず店から出て行ったそうだぜ」
そんときゃドマッキさん怒ってただろうな、とナインが苦笑しながらそう言えば、クータが笑う。
唯一ドマッキなる人物を知らないジャラザは「うむ」と頷き、
「危機感を持つのは悪くない。そうと決まったわけではないがキャンディナという女は推定有罪。その仲間諸共、主様の敵と見ておくべきだろうの。女単体で見ても捕まった原因である主様に復讐の念を抱いていないとも限らんしな」
「そうだな……」
まさかここに来て暗黒座会の関連で頭を悩ませられることになるとはナインにとっても予想外だった。キャンディナが今どこにいるのか、新たな仲間はどんな奴らなのか、そして自分に目をつけているらしいというのが果たして真実なのか――気掛かりなことが一気に増えてしまった。
「聖冠のことだけでも胃が締め付けられそうなんだがな……」
「胃で聖冠を締め付けている、の間違いではないのか主様よ」
「ジャラザ、お前な」
「かっか、冗談だ冗談。そう怒るな。被害地で主様の活躍できそうな場ももう残っておらんことだし、明日にはグッドマーに話を聞きに行くのだろう?」
ジャラザが問えば、ナインは「そのつもりだ」と返事をしつつ卓上の料理へ手を伸ばし、ファンキーボアの刺身肉を選び口へと運んだ。
「んぐんぐ……臭みとか全然なくて美味いなこの肉。一応ピカレさんとの約束は一通り果たしたことだし、そろそろ聖冠を取り出す一案について教えてもらおうと思ってるよ。ジャラザの言う通り、俺がここでやれることももうなさそうだしな。……クータ、お前ちょっと食べすぎだぞ。もうほとんど残ってないじゃないか」
「もぐもぐ。ご主人様とジャラザ、話してばっかりだから。もぐもぐ」
「悪びれろもう少し。せめて手を止めろ一旦は」
「というかクータよ、咀嚼中に話すのは品がなかろう」
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「「迷いなくそっちを選ぶか!」」
鱗はジャラザの髪に隠れたうなじ部分とか尾てい骨あたりにあると妄想しています。
え、理由ですか? なんかえろいかなって……。




