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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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79 決着のち吸収と消滅、ところにより姉妹の愛

「完敗ね……貴女、本当に何者なの……? さっきまでとは、まるで様子が違うじゃない。こんな短時間でどうやってそこまで……?」


「ちょっとした自問自答だよ。何が正しいことなのか、心の中の俺が教えてくれたんだ。おかげで自分を見つめ直すことができた。様子が変わったっていうのなら、そういうことなんだろうよ」


「自問自答、か……私はそんなこと、できなかったわねえ……。いえ、しなかったのよね……」


 自嘲のようにそういって微かな笑みを浮かべるヴェリドットは、ひどく悲し気にナインには見えた。


「ヴェリドット、お前は――」


 彼女のほうこそ先ほどまでの様子とはまったく違うことに、ナインが何かを言おうとしたが。


「いいのよ。私はどうしようもない馬鹿な女……貴女にとってはそれだけの存在よ。……この傷、全然治らないでしょう? ほんの少しも再生力が働かなくなってしまっているの……今の私は残骸のようなものよ。貴女から奪った生命力で辛うじて生にしがみついているだけの、ただの残骸。けれど、長くは持たないわ。私はもうすぐ死ぬ……。だったらいっそのこと、貴女の手で終止符を打ってほしい。馬鹿な私を止めてくれた貴女の手で……」


「……そうか」


 ナインがぎゅっと拳を握る。今のヴェリドットを哀れに思う気持ちがないではなかったが、どうにか助けてやろうなどとは微塵も思わない。街は大きく壊れた。シルニコフを始め、帰らない命だってたくさんあるだろう。もしも誰もヴェリドットの暗躍に気が付かなければ、エルトナーゼは死の街になっていたかもしれないのだ。


 そんな事態を引き起こした張本人に、けじめをつけさせる必要があった。


「ちと待たれよ、主様よ」

「ジャラザ」


 最後の一撃を下すべく一歩踏み出そうとしたその時、背後からジャラザに呼び止められた。何事かとナインが振り向けば、ジャラザは落ち着いた口調で言った。


「どうせ死ぬというのであれば急ぎ殺す意味もなかろう。傀儡兵たちの暴動も収まっておる。察するに再生力と共に支配の力も解けているのだろうな」


 ヴェリドットを生かしておきたいのか、とナインは訝しむ。

 遠からず命を落とす彼女を放置することにこそなんの意味があろうか――という疑問を頭に浮かべているのがありありと分かるナインに、ジャラザは首を振った。


「違うぞ主様。儂がヴェリドットを殺すなと申しておるのは自分のためでもなければましてやヴェリドットの為でもない。あやつ(・・・)のためよ。このまま顔も合わせずに今生の別れとは、些か惨かろう?」


「あやつ?」


 ジャラザがすっと指をさす。そちらを見れば、通りの向こうから広場へと足を踏み入れる少女の姿があった。


「ユーディア」

 固い表情でこちらへやってくる彼女の名を呼べば。


「お願い、時間をちょうだい。最後に姉様とお話がしたいの」

「……わかった。俺は手を出さない」


 真剣な頼みを断ることはできない。

 瞳の輝きをすっと元に戻し、オーラを収めたナインはこくりと頷き、その場から少し離れる。

 それとすれ違うようにしてユーディアは地に伏す姉のもとへと向かった。


「ヴェリ姉様……ひどい姿ね」

「はあい……来てしまったのね。貴女にはこんなみっともない私を、見てほしくなかったのだけれど……」

「……馬鹿姉様。みっともないと言うのなら、ここ数日の貴女はこれ以上ないくらいみっともなかったわ。傲慢で自分に酔った愚物だったでしょう」

「そう、ね。そうだったわね……私はどうしようもなく、愚かだった」


 力なくヴェリドットが笑えば、ユーディアはくしゃりと顔を歪めた。


「でも……そんな姉様を止められなかった私も、同罪よ。あまりの変わりように、姉様の変化を受け入れるしかないと思ったの。私じゃ姉様の目を覚ますことは、できないって……せめても傍に居れさえすればそれでいい、って、諦めていた……!」


 目から涙を溢れさせながら、ユーディアは姉の傍らへ跪く。


「ごめんなさい! ごめんなさい姉様! 本当は私が貴女を止めてあげるべきだった! 正気に戻してあげるべきだった、なのに……! 私が弱かったせいで……!」


「泣かないで、ユー」


「! ヴェリ姉様」


 その瞬間だけユーディアの心に温かいものが灯った。


 ユー。

 それは姉が名付けた姉だけが呼ぶ自身唯一の愛称。

 エルトナーゼで再会して以降は決して彼女が呼ぶことのなかった、姉妹の絆の証。


 彼女がもう一度愛称で呼んでくれたことで、ユーディアは今のヴェリドットが完全に元の姉に戻っていることを理解した。


「私のほうこそごめんなさい、ユー。申し訳ないことをしたわ。すごく不安だったでしょう? 結局こんなことになってしまって……貴女の涙を拭ってあげたいけれど、今の私にはそれすらもできない……ごめんねユー」

「うう、姉様……ヴェリ姉様ぁ……」


 己が胸に縋りつき泣くユーディアを見て、ヴェリドットの瞳にも涙が滲む。


「貴女の姉としてもっと立派になりたかった。荒事を貴女にまかせっきりで逃げてばかりの情けない姉のままじゃいられないと、ずっと思っていたのよ……でもそれが、こんなことになってしまうなんて。あの子の言っていた通りだわ。私は力に溺れて、支配しているつもりがされていたのね。これもすべては私の心が弱かったせいよ……だから付け込まれた――堕とされてしまった」


「そうよ!」そこでユーディアは胸から顔を上げて語気を荒くさせた。「姉様がおかしくなった原因は、いったい何なの!? 付け込まれたって、誰に!? 誰が姉様をこんな……! 教えてちょうだい!」


「ごめんなさい、ユー。詳しく話している時間は、もうなさそうだわ」

「そんな! 私まだ、姉様と……!」


 慌てる妹に、ヴェリドットは優しく微笑みかけた。


「これが私の、最後のお願い……不出来な姉から可愛らしい妹への頼みを聞いてくれるかしら」

「なに、姉様……私にできることならなんでも言って」



私を食べて(・・・・・)



「!」


 ユーディアは驚愕する。「食べて」というのはつまり、吸血鬼が吸血鬼を捕食する『吸収』のことだ。相手の力を余さず自身の物として奪う同族殺しの行い。それをやれと、愛する姉は言っているのだ。


「許可は既に出している……ユーになら私、いいえ、ユーだからこそ私は、食べてもらいたい。私の力も心も、全て貴女の物にして。そうすれば私はユーの中で、ユーの力としてずっと一緒にいられるでしょう?」


 せめて死後くらいは姉らしく、妹の役に立ちたいのだと。

 ヴェリドットはそう言った。


「私に姉様を殺させるなんて……そんなの無理よ! 私にはできない!」


「違うわユー。殺すのではなく吸い取るのよ。どうせ尽きるこの命、せめて貴女の糧になりたいと思うのは、私の我儘でしかない。そう、私は我儘なの。報いを受けて死のうというこの時に、妹の幸福を願う恥知らず。けれどそれでも、私は貴女に幸せになってほしい」


 徐々に、ヴェリドットの言葉からは力が抜けていく。とうに限界を迎えているであろう彼女は、最後の力を振り絞って妹へ思いを伝える。


「どうかお願い、ユー。もう、迷っている暇もないわ。私の全てを、どうか受け取って……」

「姉様――ヴェリ姉様。うう、ううぅうぅ……あぁっ!」


 逡巡の末に、ユーディアは姉の首筋へと噛み付いた。

 牙を立たせ、深くまで差し込み、姉の血と魂を吸い上げる。


「それでいいのよ、ユー……もし助かる道があったとしても、回復すればまた私は暴走を始めてしまう。自分でそれが分かる……だからこの力を簒奪することで、貴女の物にしてしまうのが、きっと一番優れたやり方。ああ、ユー……」


 大粒の涙を流しながら血を吸い続けるユーディアの頭部を見つめ、ヴェリドットは消えゆく中でまどろむように呟いた。



「私のことは、もう考えなくていいのよ……貴女は、貴女の幸福を……私以外にも大切な何かを見つけ――」



 ヴェリドットの身体が、溶けるように消滅する。


 最後の一滴までを吸い終えたユーディアは、しばらく無言のままに蹲っていたが――やがてすっくと立ち上がって、踵を返した。その先にいるのはナインとジャラザだ。


 先程よりも屹然とした表情を見せる彼女に、ナインは静かに声をかける。


「終わったんだな」

「ええ。姉様は死んだわ。私の手の中でね」

「今のは……お前が殺ったってことなのか」

「いいえ。吸収した今なら分かる。姉様は私と一心同体になったのよ。私が生きている限り、姉様だって生きる。死んだけれど、生き続けるのよ」


 元からそうだもの、とアンデッドらしく答えたユーディアは、どこか挑戦的な目でナインを見る。


「どうする? もしヴェリ姉様をどうしても始末したいなら、ここで私を殺しておく必要があるけれど」


 あんたはどちらを選ぶの、とユーディアは問いかける。

 僅かな間、両者は互いの心中を推し量るように視線を結び……それからまるで押し負けたかのようにナインのほうがそっと逸らした。


これも愛の形

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