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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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77 再戦、怪物少女対ヴェリドット

 大広場上空の追走劇はその終幕を見せようとしている。


 空中を追ってくるナイン。ヴェリドットは間違いなく自身に出せる最高速で飛んでいるが、距離が開かない。むしろ奴は少しずつ迫ってきているくらいだ。


 相手が爆発的な推進力を持つことにヴェリドットは顔を歪めるが、しかしそれだけならば対処は容易い。

 クータにやったのと同じように直線的な速さであればいくらでも対処の仕方はあるのだ。


「『ブラッディ・レイン』!」


 例えばこれもそのひとつ。自身を覆うように周囲に血の雨を作り出す。発射せずともしばらくは滞空し維持されるこれらを置いておけば、それだけでナインは近づけなくなる。 



 ――はずだった。



「なっ――っぐうぎゃ!」


 何とナインは血の弾丸を食らいながら、それでも構わず突っ込んできた。全身に衝撃を浴びながらまるで速度を減退させずに、表情ひとつ変えずに接近し腕を振るってきたのだ。

 想定外の事態故に一瞬の硬直を見せたヴェリドットに対し、その拳は見事に腹部へと命中した。


「ぐっ、く、くうう……!」


 初めてヒットしたナインの拳はヴェリドットをしても耐え難いほどの重みがあった。

 進化したはずの吸心鬼としての肉体が、あろうことか薄い紙きれのように頼りなく感じられるほどにナインの腕力は埒外の威力を誇っている。


「――どういうことよっ、何よこの強さは――おかしいわ、あり得ない! ブラッディ・レインを真面に受けて平然としているなんて! それにそもそも――どうやって貴女は飛んでいるというの!?」


 疑問と怒りに声を荒らげるヴェリドットへ、ナインは答える。


「聖冠の力さ。どうやらこいつ、俺のピンチには応えてくれるつもりみたいでな――これだけは感謝してるぜ。お前のおかげで俺は空も飛べるようになった。だからこうやって、お前をぶん殴れる!」

「がっ………!!」


 血を展開し装甲のようにしたヴェリドットだったが、ナインの拳は薄氷を砕くように簡単にそれを破壊しつくして、本体にまで深刻なダメージを届けてきた。



 ――勝てない。この少女には敵わない。



 激痛に苛まれるヴェリドットの脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。


「~~~~ッ! まっ、待ちなさい! 私はエナジードレインを全開にしているのよ!」


 敗北の二字が浮かんできたとき、堪らずヴェリドットはナインへ待ったをかけた。

 それは脅しによる策の実行。

 住民を人質に取ってナインの身動きを封じようという、負けたくないが故に考え付いた卑劣な手段。


 効果はあるはずだとヴェリドットは睨んでいる。頭のネジが外れたような意味不明な理屈を述べていた彼女だが、その本質にあるのは弱い者を守りたいというヴェリドットからすれば反吐の出るような正義感であることは間違いないのだ。住民が命を落とすのを良しとできるほど振り切れてはいないはず――その推測を裏付けるように、ナインは空中でぴたりと止まった。


「エナジードレイン……今も俺の力を吸い取っているそれが、どうしたって?」


「さっきの二の舞になると言っているのよ……! 貴女はしばらくの間なら無事でいられるでしょう、けれど本気の私に人間は数秒だって耐えられないわよ! このまま戦おうというのなら街の人間たちは死に絶えることになるわ――貴女はそれでいいのかしら!?」


 戦わねば人が死ぬ。戦っても人が死ぬ。

 どちらも同じならなんのために戦うのか? 


 自身の責任が圧し掛かる以上戦闘を選ばない選択肢だってあるはず。ヴェリドットは交戦停止と譲歩とを引き換えに交渉するつもりだった――無論計画を諦めたわけではなく、一旦拳を収めさせた後で改めて隙を窺うつもりであった。


 しかし。


「……下を見てみろよ」


「へ?」


 苦々しい顔を見せるはずだと予期していた相手が、どこか呆れたようにそんなことを言うものだから、思わずヴェリドットは素直にそれに従った。それは奇しくも先の戦闘での両者のやり取りを取り換えたような構図になったが、ヴェリドットはそれに気付かなかった。そんなことよりもよほど不可解なものが目に映っていたからだ。


「な、何よこれは――何が起きているというのっ?」


 眼下の街を覆いつくすように、虹色の幕がかかっていた。キラキラと美しい色を放ちながらどこか暖かな光で――まるで如何にも、街を守っているかのように。


 美しいはずのその光景が、ヴェリドットにとっては酷く忌々しいものに見えた。


「オーロラみたいで綺麗だろ? 俺がヴェールを張った。どうもこの体に不可能はあんまりないようでな。聖冠のサポートありきだけど、お前から街の人たちを守る方法を見つけたよ。魔法ともまた違う技みたいだがひとまずは『守護幕ナインヴェール』……と名付けてみた。こいつが俺の悔いを断つための秘策ってわけだ」


「守る、方法? まさかこのヴェールは……」


「そうだ。お前のエナジードレインから皆を守るために、ついさっき編み出したものだ。少なくともお前が吸い出す範囲は俺のヴェールが防いでいるぜ」


 戦闘当初からヴェールは張られていたのだが、ヴェリドットはナインを相手するのに精一杯で街の様子にまで気を配る余裕がなかったのだ。また、ナイン一人から流れてくる生命力が多すぎて人間たちから汲み上げられるちっぽけな生命力が途絶えていることにも気付かなかった。


 そのせいで異常事態の察知が遅れた。


「ぐうぅ……っ!」


 頼みの綱となっていた人質作戦がもはや機能しえないことを悟ったヴェリドットは、強く下唇を噛み締めた。

 強く強く、もっと強く噛んで――ぶちりと噛み千切ったその瞬間、激情に任せて魔力を編んだ。


「『ブラッディ・グングニル』―――!!」


 最高最速で自身の最強の攻撃を放つ。刹那の内に集められた魔力はそれでも膨大で、生み出された血槍は威圧的なまでに妖しい脈動を起こしている。当たれば今のナインといえども只ではすむまい、そう確信して投擲した槍を、しかしヴェリドットは結果を確かめようとはせずにすぐにその場から離れた。


 背中を見せることも厭わない正真正銘の全力逃走だ。

 ブラッディ・グングニルは勝敗を決するために放ったのではない、ただの時間稼ぎである。

 ナインが血槍への対応を取っている間に少しでも遠くへ、逃げ切れる距離へ……、そういったヴェリドットの強者然とした態度をかなぐり捨ててまで選んだ逃げの道は、呆気なく閉ざされる。


「逃がすわけ――ねえだろうがっ!」


 向かってくる槍を避けるでもなく、ナインは真っ直ぐにヴェリドットを目指して飛んだ。当然、槍とは真っ向から激突するルートだ。そのまま交差した――かと思えば血槍はまるでその存在が嘘だったかのように粉砕され消滅してしまった。


 ぶつかり合うその瞬きの間に、左右の拳で一発ずつの殴打によってヴェリドット自慢の血槍は消し飛んだのだ。ほんの少しも速度を落とすことなくヴェリドットの背を目掛けて飛んだナインは、飛行の勢いそのままに蹴りの姿勢を取った。


「だっしゃああ!」

「うぐぅぁあっ!」


 ナインの右足がヴェリドットの背面を強く打ち据える。宙でもんどりうつように血反吐を撒き散らしながら、ヴェリドットの心中には嵐が吹き荒れた。


(まさかこんなっ! この私がこんな小娘に! 進化して完璧な存在になったはずなのに――世界の王になれる力を手に入れたはずのにぃ! 何故こんなにも、こんなところで、こんなにみっともなく……追い詰められているというの?!)


 千々の心でがむしゃらに爪を振るった。すると爪ごと腕を叩き壊された。


 進化して以降あまり好まないようになった血の拘束術を使用してみるもまるで効果を見せず、ナインを一瞬たりとも止められない。


 殴られ、蹴られ、また殴られる。


 ズタボロになりながらヴェリドットは「何故」と「どうして」という解き明かしようもない謎に脳内を埋め尽くされる。

 ナインを前にしては再生力も吸収力もまったく追いつかない。

 まるで能力そのものが少女の小さな手によって破壊されていくような気までしてくる。


「わ、訳が分からない! こんなにも力を奪っているというのに! 貴女の生命力をそのまま私の力に換えているというのに、どうしてこんな差が!? 何故疲れないの、何故戦えるの!? どうして私が後れを取るというのよぉ!?」


「いくら俺の力を奪おうが――お前は俺にはなれねえだろうが!」


「なあっ……?」


 ヴェリドットには理解できない。依然としてナインの理屈にはまったくついていけず、ひたすら意味が分からない。


 ただひとつ分かるのは、自分が何か途方もないモノを敵に回してしまったというその事実だけだった。もはや己を絶対者などに位置付ける気力すらなく、逃げようとしては殴られ反撃しようとしては打たれ、段々意識も朦朧としてきた時――『生存の危機』。


 その瀬戸際にまで追い込まれていることに彼女はようやく思い至った。


技名に自分の名をつけちゃうセンス……ありだと思います

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