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8 最大の驚きは技名

「おいおい何だよ、戦ろうってのか……? 今この場で?」

「痛い目に遭いたいのだろう? 私はそう判断した」


 勝手に判断すんじゃねえよ! と内心憤るナインだったがそんなことを言えば火に油だ。どうにか落ち着かせようと宥めすかすつもりで下手に出る。


「怒らせたなら謝る! この通り――すみませんでした!」


 勢いよく地面と直角に礼をしたナイン。それを見て少女は「ならばどうする」と聞いてくる。


「貴様のすべきは謝罪ではなく正直に話すことだ。どこからどうやって、なんの目的で来た? 全てを詳らかに話せ」


「…………いや、だから。ほんと、ただの観光だっt」


 答えかけたナインは口を閉ざし、反射的にその場から跳ねた。上手く説明はできないがそうしなければマズいと感じたのだ。少女から向けられた腕、その先から何か得体の知れないものが発射された気がして。


 横っ飛びで立ち位置を変えたナインが腰を低く構えなおしたのを確認し、少女は忌々しそうに吐き捨てた。


「ちっ、見えるのか。さすがは純血といったところか」


「なんにも見えてねーよ。つーかその口振りからするとやっぱ何かやったんだな?」


 なに? とこれには少女も驚いた。見えてない、なのに、躱す? 気配を読んだということか――しかし、気配が読める者なら見えもするはず。


「……訳が分からんな、貴様は。ただのヴァンパイアとも思えなくなってきた――が、しかしだ。どのみち貴様を街に向かわせるわけにはいかんのだ。話す気がないならそれでもいい。ここで朽ちてしまえ!」


 意気軒昂に少女は「それ」を撃ち出す。今度は先のよりも大きく速い。さっきの動きからすればナインには躱せまいと必中の手応えをすでに感じていた、のだが。


「何……!?」


 撃ち出したそれは空振った。弾着直前までそこにいたはずのナインの姿が消え失せたことに少女は驚愕の表情を浮かべ……即座に凍り付く。


 自身のすぐ後ろから声が聞こえたからだ。


「今度はちょっと見えたぞ。なんか人魂みたいなの飛ばしてんだな?」

「馬鹿なっ!」


 即座に飛び退き、いつの間にか背後に回っていたナインから距離を取る少女。腕を向けなおしてロックしつつも、続けざまに撃ち込むことはしなかった。


「どうやった! 魔法を使う気配は無かったはずだ!」


「魔法? 魔法があるのかよ、この世界。すげーな、オーガがいるだけのことはあるぜ」


「また戯けたことを言いおって……!」


 歯も剥き出しに敵意を示してくる少女に呆れたように、ナインは「あんまし興奮しないでくれよ」と告げた。


「別に不思議なことはしてないって。ただお前の後ろまで走っただけだよ」


 背後に回ったのはさっき驚かされたお返しだ、と悪びれることなく宣うナインに、少女は愕然とする。

 些か油断があったとはいえ、自分が目で追えないレベルの速さ。さすがにここまでとは想定外だ。しかし、自分より素早い相手だろうとやりようはある。


「これならどうだ!」

「!」


 得体の知れない力が少女から渦巻き、ナインは目を剥いた。明らかに尋常ではない。何をするつもりなのかまるで見当がつかず、故に後手に回らざるを得ない。


「呪いと霊魂を操る我が死霊術の秘儀、とくと味わえ――『呪砲・全天発魂』!」


「何を言って――はっ!?」


 冷涼ながらも悍ましい気配が溢れ出す。悪寒を覚えるとともに、ナインの瞳にその光景がしっかりと映った。


 髑髏のような顔がついた、人魂。

 それが少女の撃ちだす弾の正体。

 そして今回は、それが群れをなすように、少女を中心とした全方位へと放たれようとしている。

 これは躱せない――いや。


 逃げ場がないことを悟ったナインは、回避を一瞬、諦めかけた。だがよくよく見れば、人魂弾は何も空間全てを埋め尽くしているわけではない。


(見えるし、隙間はある……だったら!)


 意識上では極限まで引き延ばされた体感の中で現実時間としてのナインの体は過敏に動き、驚異の高速駆動を可能にした。


 横に躱し、縦に回り、片腕の着地から腕の力だけで跳び、放物線を描いてまた回る。左右に跳ねながら軽やかに足を運ぶ。まるでその身を捕らえることは重力にすら不可能とでも言うような優雅な動きで、どこまでも緩やかながらも、その実それらすべてが見る者にとって瞬きすら許されない刹那の動作であった。


 黒装束の少女は自らの技によって視界を狭めたせいもあって、ナインの動きを完全に追うことができなかった。


 ――またしても消えた。


 そう理解するとともに、手応えのなさに少女は歯噛みする。見えなかったが、命中していないことだけは分かった。確実に奴は、回避しようのないはずの攻撃を回避して見せた――その事実に少なからず精神を揺り動かされる。動揺した、してしまったことに対しても苛立ちが募る。


 その憤懣を面白半分につつくように、横合いから声がかかった。


「おっかないな、あんた。その人魂みたいなの、なんなんだ? 当たったらどうなる?」


「……知りたいなら、その身で試すといい」


「冗談だろ。そんなの勘弁だよ」


 肩をすくめるナインは、道の傍に生えた太い幹をした大樹の陰にいた。剣呑な視線を外そうとしない少女に、困ったような苦笑を浮かべる。


「とにかくまあ、あんたが悪い奴じゃないことは何となく分かった。事情は知らんが、街を守ろうとしてるって訳だ。いくら俺が説得したって聞いてくれそうもないってこともな」


「白々しいことを言う。ならば今度は、どうする? 説得とやらをしてみるか。それとも力尽くで通るか?」


 試すような黒装束少女の物言いに、ナインはますます困ったような顔になった。まるで幼い子供の癇癪に苦笑する親のような表情を浮かべる彼女に、黒装束少女の心は激しくささくれ立つ。奥の手を切るべきかどうか――彼女はリスクを鑑みながらもそうするべきだと判断しつつあった。


 怒りとは裏腹に相手を下すための計算を冷静に進める少女へ、ナインは臆面もなく言い放つ。


「説得は、意味がなさそうだ。あんたは聞く気もなさそうだし、第一俺自身、俺の潔白を証明する手段を持たない。かと言って力尽くでどうこうってのも気が咎める」


「ほう? ならば、どうするつもりなのだ?」


 再び問う少女に、ナインは「しょうがないから」と朗らかに言った。


「折衷案で行こうと思う」


「折衷案だと?」


 通りたいとナイン。通すまいと少女。そこに中立などありはしない。零か一か、だ。折衷案など見つけられるはずもない――少女がそう指摘する前に、ナインが訊ねる。


「あんた、名前は?」

「……エイミーだ。姓は無い」

「そっか。改めて、俺はナインだ。こっちも姓はない。んでもってエイミー。俺は道と日を改めることにしたよ」

「なに?」


 理解が追いつかず、怪訝な顔つきになるエイミーに、ナインはあっけらかんと告げた。


「だからさ。今日、この道を通って街に行くのはやめることにした。日を改めて、道を変えて、こっそり街にお邪魔するよ」


 これならいいだろう、とナインは満足げに言った。お互いの主張を合わせて割った、正しく折衷の提案だろう、と。しかしエイミーは頷かない。むしろこめかみに青筋を作る勢いでナインを怒鳴りつける。


「馬鹿か! 私が言っているのはルートの問題でも時期の問題でもない! 貴様が街に行くこと自体が問題外なのだと――」


「すまん。これ以上、付き合うつもりはないんだ」


 にべもなくエイミーの怒りをばっさりと切り捨てたナインは、傍の大木をむんずと掴んだ。

 無造作に根の部分に蹴りを放ちながら、腕を上へ。地面とのつながりを切り離された大木は、あっさりと少女の小さな手で持ち上げられてしまった。


 口をあんぐりと開けたエイミーの様子に構うことなく、ナインは勢いよく木を振り下ろした。


「よっと」


 そんな気の抜ける掛け声とともに、しかし絶大な速度で大地へと強かに打ち付けられる大木。余りの勢いに、冗談のような轟音と爆風が広がった。


「……っぅ!!」


 散弾のように飛び散る枝葉に、千切れ飛ぶ幹の破片。生じた衝撃や突風とも相まって、エイミーは両腕で顔を庇いながら吹き飛ばされないように腰を下げ身を低くするのが精一杯であった。


 衝撃が収まり、パラパラと木っ端が落ちる音しかしなくなってから、ようやくエイミーは前を見た。


 そこには窪んだ地面と、大木だった面影が一切残っていない木屑の残骸。そして根っこだけになった大きな切り株しか、なかった。


 ナインと名乗った不可思議な少女の姿は、どこにもない。

 逃げられた。

 こんなにもあっさりと。


「~~っ! くそったれめ!」


 やり場のない怒りを、地団駄で発散させようとするエイミーだが、その子供っぽさに気付くとすぐにとりやめた。しかし、怒りを飲み込めたわけではない。胸の内からせり上がるようにして悔しさが滲みだしてくる。


「ちっ。こんな逃走の仕方があるか、怪物め」


 吐き捨てたセリフは、相手が自分より格上だったと認めるものでもあった。見かけによらず短くない時を生きているエイミーにとって、この感覚は久しく味わっていないものだ。それこそ数十年前、リュウシィと出会って以来かもしれない。


「リュウシィに……報告せねばな」


 ありのままを話すのは己のプライドを大いに傷付けることになるが、事の顛末は隠さず知らさねばならない。懇意にしていたらしい商人がとうに死んでいたことや、その原因について。そして何より、ナインという正体不明の少女のことを。


 いずれ奴は、街に来る。

 リュウシィの守護するあの街を訪れる。


 そのときがいつかは分からない。明日かもしれないし、数年後かもしれない。もしかしたら気が変わって街への興味を無くすこともあり得る――しかしそれは、都合のいい希望的観測に他ならない。


(それではいかん。今こそ悲観論で動くのだ。日を改めるというのは奴一流のブラフで、この時点ですでに街を目指して移動している可能性もある。とすれば私は、相当に急ぐ必要があるぞ)


 一刻も早くリュウシィに会う。そしてあの白い少女の危険性を余すことなく伝える。推定吸血鬼の化け物が、街で何かを企もうとしていると。


 場合によっては、治安維持局総出での仕事になるだろう――と、エイミーはローブを着直してからふわりと宙に浮き、そのまま街のほうへ飛んだ。柄にもなく焦りを多分に含んだ表情の彼女は、フードの奥の顔色をいつも以上に悪くさせながら、懸命に先を急ぐのだった。

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