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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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72 怪物少女は夢を見る・急

「俺がまだまだだってことは分かってるよ……お前に分からされたっていうべきか。だけどそれにしたって、そいつはズルいんじゃないか」


「ん? 何がだよ」


 それだよそれ、とナインは起き上がりながら少女を指差して糾弾する。


「なにしれっと飛んでんだよ!? 俺そんなことできねーぞ! 理想だったらなんでもありかよ!」


 翼で自由に空を行くクータを羨ましく思ったことがないわけではないが、そこまで真剣に飛行を会得したいなどとは願ったことはない――いやまさか深層意識では理想の自分に組み込まれるほど翼への憧れがあったのだろうか? 見たところ少女は翼を使わずに飛んでいるようだが……。


「はーあ、大ヒントのつもりだったんだがな。言わなきゃ通じん野暮はあんまし好きじゃないぜ。他人ならともかく、俺とお前は一心同体のはずなのにな」


「? そりゃまたどういう意味なんだ」


「あくまでも俺はお前なんだぜ、ナイン。お前にできないことは俺にもできない。今の俺はお前が完璧に力を使いこなした状態を疑似的に再現しているに過ぎないんだ。俺の力はお前の力。お前が成長すりゃ俺も成長するが、その逆はない。俺が自発的に今以上の力を得ることはないんだからな。何が言いたいかってーとつまり、お前さんは自分の可能性をこれっぽっちも引き出せてねーってことだ」


「……じゃあ飛ぼうと思えば飛べるってことか? いや、そんな馬鹿な。こっちに来てからしばらくはこの体に慣れるために色々とやったけど、空を飛べるような感覚はまるでなかった」


「まあな。そりゃ正しい。実際ちょっと前までならお前の言う通り無理だったろうよ。でも、今はどうだ? お前は本当に自分にあるものすべてを把握できているか?」


「自分に、あるもの?」


「ああ。そこを疎かにしちゃいけねーよ。だってお前さんは理想を目指しているんだからな。どんどん強くならなくちゃいけないし、そのためにはやれることを全部やっていかねーとな。利用できるもんは遮二無二構わず利用する。それくらい泥臭くってもいいだろう。そうじゃなきゃ何も守れないし、何にも勝てない」


「…………」

 少女の言葉に考え込むナイン。今の自分にやれることとは、なんだろうか。すぐには見えてこないがしかし、先のヴェリドットの戦いでは確かに、自分は十分に力を発揮できていなかったように思う。出し惜しみをしていたのではない、単に力の引き出し方を分かっていなかっただけだ。


 これまで完璧に戦えてきたつもりだった。ピンチにも上手く対応してきたつもりだった。だがその程度では全く足りなかったのだ。この少女を見ればそれが明瞭に分かる。『ナイン』とは本来、こんなにも強いのだ。数多の悪党やモンスターを屠ってきた己でも手も足も出ないほど、強烈な戦闘力を誇る――真の怪物。


 それがナイン。


「少しずつ見えてきたみたいだな」


 ふわりと目の前に降り立った少女が、今度はまったく同じ目線でナインと目を合わせた。


「……はっきりとはいかないが、ああ。ほんの少し、やるべきことが見えた気がする。どうすべきなのか、どうあるべきなのか。それがちょっとだけ分かりかけてきたよ」

「そりゃあよかった。俺も出張ってきたかいがあったってもんだぜ。そんじゃ、ナインの新たな出発を祝して俺から最後のアドバイスだ」

「聞かせてくれ」


 神妙に頷いたナインへ、少女は告げる。


拳を握り(・・・・)続けろ(・・・)、ナイン。そうしている間は、お前は戦ってるってことになる。諦めずに挑んでいるってことにな。それさえできてりゃ後は簡単、勝つだけだ」


「……軽く言ってくれるなぁ。でも……拳を握る、か。シンプルでいいアドバイスだ。やってみようじゃねえか」


 全く同じ色をした瞳と瞳が視線を交わらせる。

 理想は現実を、現実は理想を、表裏一体の一人と一人、合わせて一人が互いを見る。


「おーし、そんじゃ続きをやろうか」

「へ!?」

「あん? なにすっとぼけた声出してんだ」

「いやだって……もう終わりっぽい雰囲気だったもんで」

「お前さんが勝手にそう思っただけだろ。甘えるなと俺は言ったはずだ――ついでに言うと、ここはお前さんの見てる夢みたいなもんだが、俺を倒さなきゃ起きられないからな」


「はあ?!」


 何気なしに衝撃の事実を伝える少女へ、ナインは悲鳴じみた声を上げた。

 それもそうだ、数発食らっただけでもはっきりと伝わる彼我の戦力差は生半なものではなく、今の自分では彼女の足元にすら届かず――端的に言うならまったく勝てる気がしないのだから。


 言うまでもなく、異世界で戦ってきたどんな相手よりも強いのが、この少女だ。


「無理無理無理! 勝てない! 互角どころか勝つだなんて絶対無理だろ、理想に敵うはずがないって!」

「そういう思い込みこそがお前さんの成長を阻害してんだ。自分を相手に怖じ気づいてどうすんだよ、ナイン。むしろここでやる気を出すぐらいになってもらわねーとなあ。もっと吹っ切れよ。俺たちみたいなのにはそれが肝になってくる」

「んなこと言ったって……」


 どうしても尻込みをするナインに、少女はぐっと拳を突き出した。



「おら、もう忘れたのか。拳を握るんだよナイン。挑み、戦い、そして勝て。理想ぐらい超えてけよ。たった今、ここでな。『ナイン』がそれぐらいできなくてどうする」



 熱い言葉だった。並々ならぬ熱量が込められた彼女のセリフは、余すことなくナインとしての本音であり、理想の体現でもあった。


 そうだ、彼女の言葉はすべて、自分自身の言葉なのだ。


 そう理解したナインは、がしがしと乱暴に頭を搔いてから――ふう、と深く息を吐いた。

 それから目の前の少女と同じように拳を突き出す。

 決意に満ちた表情で、ナインは少女へ告げる。


「……わーったよ、くそったれ。そうまで言われちゃ引けんわな。やってやろうじゃねえか――理想超え!」

「はっ、そうこねえとな……かかってこい、俺!」

「おうよ、行くぞ俺ぇ!」


 踏み込む。初めてのナイン側からの攻め。しかしその一歩は半歩分までで阻まれてしまう。少女の足裏がナインの膝を止めたのだ。


「だから甘い――おっと!?」


 中途半端な姿勢になったナインへ迎撃の拳を振るおうとした少女が、仰け反って緊急回避を行う。膝を踏みつけられた瞬間にナインがノータイムで反対の足を蹴り上げたからだ。さしもの少女もこの反応は予想外だった。


「誰が甘えって!?」


 今度は踏みつけられて軸足になった方で地面を蹴り、縦に一回転。踵を振り下ろすように少女目掛けて胴回し回転蹴りを放つ。


「お前だよ!」


 降ってくる踵へ少女がピンポイントの返拳を繰り出す。正反対の方向から力同士がぶつかり合えば、互いに弾かれることになる。だが両者の姿勢が違う以上有利なのは少女のほうだ。背中を晒すことになるナインより先んじて次の攻撃に移れ――


「おおっ?」


 そうプランを練った少女の思考をトレースしたかのように、ナインは振り下ろす足を引き戻してしまった。強引な重心移動を更に強引に行った結果彼女は胴回し回転蹴りの最中に体勢を百八十度入れ替えることに成功する。

 その結果ナインの前には、警戒のお留守になった少女の両足。


 迷わず掴み、引き倒す。

 すぐさま足首を捻りながら相手を下に敷きその膂力で極めにかかった――が。


 どん、と爆発音。

 背中に爆風にも似た衝撃を浴びながらナインはたまらず前方へ転がって片膝をつく。首を向ければ、似たような姿勢の少女。


 見てこそいなかったが少女が何をしたのか、ナインには大方の予想がついた。きっと思い切り地面を殴りつけたのだろう。心象風景だからか不思議と地面には亀裂ひとつ入っていないが、殴打の余波は生まれる。あろうことか少女はそれで関節技を防いでみせたのだ。


「さすがに無茶苦茶しやがる……」

「はっ、お前さんこそ急にやる(・・)ようになったじゃねえか」


 嬉しそうにそう述べた少女へ、ナインは不敵な笑みを返した。


「いーや、感心にゃあ早いぜ理想さんよ。俺はまだまだこっからなんだからな」

「……いいねえ、だいぶ俺好みになってきたぜナイン。それでこそお前さんだ」

「なあに、さんざっぱら殴ってくれた礼はしないと――なあっ!」


 踏み切って、跳躍。引いた右手をそのまま前へ。最速最短の拳を少女の顔面へ。

 しかし躱される。


 拳が空を切り、流された胴体へ少女の膝が突き刺さった。ぐ、と呻きながらナインは膝蹴りの力に乗るように回り、裏拳。止められる。だが構わない。止めたところで止まらない攻撃を行えばいい。


 無理矢理拳を振り抜く。すると少女が目を見開くのが分かった。受け止めた後から勢いを増すなどとは想像だにしていなかっただろう。笑いたくなったがあいにくそんな余裕はない。ナインは歯を食いしばって渾身の力を腕に込めた。


「おおぉああぁあああああぁっ!!」

「――ふ」


 とんと軽やかなステップ。振り回されてがくんと力の抜ける腕。今度はナインが目を見開いた。


 少女がやったことは今しがた膝蹴りに対してナインが行ったことと同じ、敵の攻撃に逆らわず流されただけのこと。ただしそれを裏拳を防いだ状態から――つまりは真っ向から力にぶつかった状態から流しに移行したことが信じられなかった。そんなことができるなどと思いもしないナインは、だから予断の元に拳を最後まで振り抜いてしまった。


 しかしそれができてしまうからこそ理想であり、ナインであり、自分である。


「――ああくそっ。やっぱ強すぎんだろうがよ」

「なあに、お前さんならもっと強くなれるぜ――」


 またしてもがら空きになった胴部へ、少女の様になった正拳突きが打ち込まれる。型なんて習ってねーだろとナインが思えば、少女は見様見真似だと笑みで返事をした。


 腹から背中へ風穴が空くような錯覚を受けてナインは列車に撥ねられたかのように吹き飛んだ。

 何度目だこれ、と数えるのも馬鹿らしくなった彼女は――しっかりと着地点を見据え、足から降りた。新体操のような見事な着地に少女は拍手を送る。


「おー、あっぱれあっぱれ。そんなのができんなら全然大丈夫そうだな、続けっぞ」

「まったく、スパルタめ……、俺はそんな俺に絶対ならねーからな」


 まるで疲労を見せない少女と比べ、ナインはもうふらふらだ。立っている足元も覚束ないほどに限界が近い。だが、それでもナインは構えを取った。


 術理もへったくれもない、自分独自の構え。

 いつも通りの戦闘体勢。

 いつも通りに――拳を握って。


「倒すんだろう? この俺を」


「……おう、倒してやるさ。現実が、理想をな」


 もうナインは無理などとは言わなかった。勝てる道理もプランもなかったけれど、むしろ戦えば戦うほどに勝利が遠のくようにすら思えたけれど、しかしそれでも。


 それでもナインは――少女を諦めたくなかった。

 そんな姿を、理想に見せるわけにはいかなかった。


「なんつーハードな……でも、まあ」


 決して辛くはない、とナインはぼそりと言った。楽なほうが辛い。安易で簡単で障害のない道こそ、自分にとっては辛苦が待ち受けている。それに比べればこの痛みのなんと幸福なことか。


 自分は戦っている――挑んでいる。

 正しくあろうとしている、強くあろうとしている。

 それがこんなにも清々しい。


「さあ、もういっちょ行くぜ理想ナイン!」

「ああ、思う存分に来やがれ現実ナイン!」


いい感じに引きましたが次は目覚めるところからです

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