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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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71 怪物少女は夢を見る・破

 ナインは呆然と少女を見る。


「んなこたあ初めから承知の上だろうが。お前さん、あの村で自分がなんていったかもう忘れちまったのか? 泣かせる記憶力じゃねえか、おい。だったら思い出せるように俺が復唱してやるよ――『弱いままじゃダメだよな。守りたいものがあるなら強くならなくっちゃあな。心も、体も』……そう言ったんだぜ、お前は。偉そうに村人たちに説教垂れながら、本当の意味で強くなるとも言った。なあ、ナインよ。あれからお前さんは、心を鍛えたかい? 己ってもんを見返したかい? 今のお前は――覚悟ってもんを履き違えてやしないか?」


 だいたいだぜ、と少女は口調を荒らげた。


「今更自分は以前のままだとか言って塞ぎこもうなんざ甘ったれにも程があんだよ。だってお前はもうナインなんだぜ! 昔とは違う、まったく違う! お前だってそれを喜んで受け入れたくせに、ほんのちょっと躓いただけでこれだからな」


 お前はナイン。そうだ、その通りだ――しかしそれは自分からそうなったことではない。この力に相応しいのはやはり自分などではない、はずだと、そうナインは思って――


「ふっざけんな馬鹿野郎。お前、自分の家族のこと何回思い出した? もうあっちの世界では死んだと思ってるんだろう、そう受け入れてるんだろう、だっていうのに! お前の死に様に対して父親が、母親が、姉が、弟が、大切な家族が世間様からどう言われるかなんて、一度でも考えたことあんのか? 同級生と一緒に屋上から落っこちてお陀仏。見様によっちゃ無理心中にも見えるだろう。容疑者のお前は遺された家族からすりゃとびっきりの厄ネタ、ドのつく迷惑もいいところだぜ! なあ〇〇〇〇――お前はもうその名に振り向いちゃいけねえだろう?」


 今度こそナインは何も言えなくなった。あちらの世界に残した家族が自分のせいでどんな害を被るかなど、一切考えたこともなかった。そんな発想、思い浮かびすらしなかった。

 思い起こせば家族に限らず、友人知人その全てを遠い過去のこととして――元気にしているかどうかすら気にかけたことはない。


 自分はそこまで冷たい人間だっただろうか。自分本位で、我が身可愛さの自己保身ばかりが目立つ性格だったけれど、人並みに友情や家族愛を大切にする男子だったはずなのに――いや。


 そうじゃない。

 前の自分がどうこう、ではなく。

 ナインとしてのことなのだ。


 ナインにとっては、もはや無関係の世界であり、人であり、事情である。

 そこには〇〇〇〇自身も含まれる。


 無関係なのだ。記憶を持っているだけで、もはやそれはナインに纏わる事象とは縁も所縁もない代物。


 だからこそナインは、当初こそ変わり果てた自分に驚いたものの、すぐに馴染むことができたのだ。元の自分に戻りたいだとか元の世界に帰りたいなどといった郷愁に駆られなかったのはつまりはそういうことであり――ナイン自身がまったくそれを望んでいないからである。


「甘えたことは抜かすなよナイン。お前さんはもうナインなんだ。それを認めていることを認めろ。力を持つ者としての責を果たせ。許せねー奴はぶっ飛ばすんだ。無謀だろうが無策だろうが無茶だろうがそんなのはどうだっていい。要は勝てばいいんだ。勝ってこその俺たちで、ナインで、お前なんだ。勝利で己が意を示せ。どうせそれっきゃねーんだよ、我を通すにはな。俺たちに敗北はない、そうだろうナイン?」


「だけど俺は、もう負けている」


 機械的に呟かれた返答に、少女は断じて否定をする。


「いいや負けちゃいない。情けない無様を演じたがまだお前さんの心は根っこから折れちゃいないぜ。こうして俺が発破をかけてるのがそのいい証拠だろう。何せ俺はお前さんの深層心理であり、理想であり、お前さん自身でもあるんだからな。ナイン、お前は今立ち上がろうとしているんだ」


 すうっと。

 胸のざわめきが晴れていくようだった。


 見えなかった道が見えたような気持ち。いつの間にか喪失感は消えて、代わりに欠けていたものが埋まったような感覚があった。


「お前さんは理想を諦めなかった。それが答えなんじゃないか?」


 なあ、と少女が笑う。それまでとは質の違う笑みで、少しだけ優しさがある。つられるように、ナインも少しだけ笑った。


「はは……それじゃ俺は今、自分で自分と話してんのか」

「そうなる。理想として形作られている分、同じ存在ではあっても多くの部分で差異はあるようだがな……一番の違いはやっぱり、強さだろう。肉体スペックは正しく対等であっても、そこには明確な違いがあるだろうぜ。今のところは、な」


 ぽきりと少女は拳を鳴らした。そして挑発的な瞳をナインへ向ける。


「よし、構えな」


「は……なんだ、急に」


「理想様からの指導だよ。いやそれとも、愛の鞭かな。お前さんは歪んでるんだから――叩いて直すのが手っ取り早い、そうだろ?」

「ちょっ、マジでか――ぐふぅあ!」


 突然のバトル展開に目を白黒させたナインの腹部へ、少女の拳がめり込んだ。


(ぎっ、なんつーパワーしてやがる……!)


 水平に殴り飛ばされ、地面を転がる。何十回転した後にようやく体が止まれば、覆いかぶさるような影が視界を暗くする。


「!」

「おらおら! ボサッとしてんなよ!」


 突き込まれる腕へ、反射的に蹴りをぶつけた。足の力は手の三倍、などとは俗説だがこと破壊力に限れば決して間違いではないはず――だというのに押し負けたのはナインのほうだった。無理矢理に蹴ったようなものだが、しかしこうもあっさりと力負けするのはどういうことかとナインの思考は固まる。


「だから甘い。力の使い方がなっちゃいねえ」


 少女は体勢を崩したナインの足を掴み上げ、ぶら下げる。

 上下が逆さまになるナイン。

 そして少女はまるでサンドバッグを蹴るようにして――


「蹴りってのは、こうやんだ」


 ドゴン!!

 鉄骨がへし曲げられるような音が響く。


「~~~~~~っ!」


 巻き戻しのように、今しがた吹っ飛んできた方向へ叩き返されるナイン。頭から地面に激突する。ぐわんぐわんと脳みそが揺れる――こんな痛みはこの体になって以降、初めて味わうものだ。


「立てよ、おら。これくらいで音を上げるほどお前の体はやわじゃねえぞ」


 いつの間にか傍に立つ少女へ、ナインはふらつきながらもどうにか立ち上がる。少女と目を合わせる。同じ容姿、同じ背丈。だというのになぜか、彼女のほうが背が高く感じる。


 同じ体だというのに、圧倒的な力の差。それが彼女を実際より大きく見せているのだろう……。


「……あ?」


 ふと少女の足元に目をやったナインは、目を丸くした。

 浮いている。

 ほんの数センチだが、確かに少女の足は地面から離れている。


「お、気付いたか。飛べるとやっぱ便利だぞ、何かとな」

「いや、お前――おいっ?」


 戸惑うナインに構わず少女は回し蹴りを放つ。咄嗟に構えた腕で受けたナインだが、あまりの威力にガードを容易く弾かれる。


「うら、がら空きになってんぞ!」


 フルスイングのアッパー。モーションは悪戯なまでに大きいが速度が速すぎてナインには躱しようがなかった。

 胸を掬い上げられるようにして宙へ身を躍らせることになる。


「くっそ……!」


 殴られた箇所が張り裂けそうなほど痛い。既に全身が悲鳴を上げているが、理想の自分とは随分と容赦をしない性格のようで、無慈悲な追撃を仕掛けてくる。


 自らかち上げたナインへ飛ぶことで追いついた少女が、無造作な蹴りを放った。空中でありながらも腕を交差させて防御したナイン。しかし当然踏ん張りなど利かず、蹴られた方、つまりは下方へ押し出される。


「かはっ!」


 今度は背中から地面へ墜落し、投げ出される。

 これで打った背中よりも蹴りを受け止めた両腕のほうがよっぽど深刻な激痛を訴えているのだから恐ろしい。同じスペックのはずだからこそ余計に戦慄もする。『ナイン』というのはここまで強かったのか、と。


 まさに彼女は――『理不尽な存在』という他ない。


「どーしたよ、もうギブか? お前さんはそんなもんなのか」


 ふわふわと浮かびながら訊ねてくる少女へ、ナインは痛みを押してどうにか言葉を紡ぐ。

「理想を相手に互角に戦えるなら、それはもう理想に届いてるってことじゃねーか……」


「ははっ、違いないな。つまりナイン、お前はてんでまだまだだってことだな」


 理想の自分が、笑ってそう言った。


自分VS自分とかいいと思います

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