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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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69 吸血鬼姉妹の二心

 鈍色の空にヴェリドットの高笑いが響き渡る。


 相手は決して弱くはなかった――むしろヴェリドットから見ても彼女は強かった。呆れたタフネスに呆れたパワー。底なしかと思える体力に頑丈すぎる身体。いったいどういった種族なのかと本気で疑問にも思ったものだし、どうにか手下にしたいと欲が出るくらいには、強い少女だった。


 不完全とはいえ自身の魅了に抗ってみせたこともかなり癇に障ったが……今となってはそれすらもどうだっていい。どれだけ強くとも所詮は自分の敵ではなかった――勿論、そんなことは初めから分かっていたことだが。


 今の自分に敵うような存在などどこを探したって見つかりっこないのだ、という明確な自負をヴェリドットは持っている。


 だからこれは至極当然の結果でしかなく。


「私の勝ちよ、名無しのお嬢ちゃん。徹頭徹尾、完膚なきまでにね……、けれど」


 けれど念のため、教会の中を確認してみようか――生きているはずはないがしかし、死んだことをこの目で確かめておいても損はないだろう。あれだけの頑丈さがあるのだから、まかり間違えばまだ息があるかもしれない……そうであってもそれは虫の息程度の微かな命の残り火で、放っておいてもすぐに死ぬことには変わりはないだろうが、それでももし生きているのなら――。


 そう判断したヴェリドットが下に降りようとしたところで、彼女がやってきた。


「……はあい、ユーディア。今までどこにいたのかしら? 見ていたんでしょう、私の戦いを――どうしてすぐに来てくれなかったの? 貴女には不測の事態に備えるよう言い含めてあったはずなのにねえ」


「姉様の、邪魔をしてはいけないと思って」


「うふ、うふふ! そうね、確かにそうだわ――貴女がいたって邪魔なだけですもの、身を引いて正解だわユーディア。賢い妹を持って私は幸せよ?」

「……それにしても、すごいのね姉様。あのナインに勝ってしまうなんて。それもこんなにあっさりと」

「ナイン――ああ、今の子のこと。そう、ユーディアは知っていたのね、あの子のことを」


 姉が問えば、妹はこくりと頷く。


「この街に来る直前、ナインと一緒に戦って、私では彼女に勝てないと思った。認めたくはないけれどそう感じてしまったの――でも姉様は、そんなナインにも勝ててしまうのね」


「ええ、ええ――確かに彼女は強かった。ユーディアが臆するのも無理はないわね。以前までの私であれば、多少の苦戦は必至だったでしょう……けれど今の私にとってはどうってことのない相手よ。如何に頑丈だろうと力があろうとこの私、吸心鬼ヴェリドットの敵じゃあないのだから」


 人を操る魔性と、何をせずとも力を奪うエナジードレイン。そして強力な血液魔法に高い身体能力と飛行能力を併せ持つヴェリドットは、本人が語った通り絶対者であり超越者、真の化け物と呼ぶに相応しい存在となっている。


 自他ともに認める強者としての矜持がそうさせたのか、妹であるユーディアが傍についたことでヴェリドットはナインの生死確認を取りやめた。格下相手にビクビクするような浅ましい真似をするのはプライドが許さなかったのだ。


 死体を見に行くなんて下らないことよりも、今は確認すべきことがあった。


 妹を引き連れて飛び、ヴェリドットは街の中心部である中央区の巨大広場上空へ場所を移した。言うまでもなく、一望しやすい場所で街の惨憺たる状況を眺めるためである。


「うふふ、暴れてる暴れてる……とっても楽しそうじゃない? お祭りみたいで、ねえユーディア」

「ええ、そうね姉様……」


 眼下では人間たちの奮闘が描かれていた。街中に仕込んだ人形たちは脳のリミッターを振り切って尋常ならざる力で手当たり次第に人へ襲い掛かっていく。人間だけでなく動物を取り込んだ傀儡兵たちを相手に、しかし住民たちは意外なほどまともにやり合えているようだった。


 エルトナーゼの特性上民衆たちには一芸に秀でた者が多く、それが戦闘にも活かされている。反対にただ指定された通りに暴れるだけの傀儡兵は力こそ強いが工夫というものをしないので、結果的にヴェリドットが思うほどの被害者は出ていない。


「人形の数も想定より少ないとはいえ、結構な健闘具合ね。これなら生き残りも私の想像より多くなりそう――ふふ、それはそれでいいわ」


 生存者が多いということは彼女の手駒がそれだけ増えるということでもある。当初の目的はそちらなのだから、過度に死体が多くなったところでヴェリドットにとっても得などないのだ――ただ。


 人形たちによる殺戮を――阿鼻叫喚の大虐殺を見たいという気持ちも、確かにありはしたが。


「我慢我慢……うふふ。それはこの先いつだって見られるものね」


 今は切っているエナジードレインをひとたび発動すれば、彼女の望む光景が完成することだろう。上空とはいえこの位置でもただの人間が相手なら瞬く間に体力を吸いつくすことができる。奮闘している彼らも武器を取り落とし、顔を苦し気に歪ませて、抵抗の気力もなく人形たちに殺されることだろう――ああ、見たい。力を持たない者たちの絶望する表情が見たい。


 いっそのこと本当にやってしまおうか、とヴェリドットは殺戮衝動にも似た内なる抗いがたい欲求に従いかけたが、それを止めたのはまたしても妹だった。


「いけないわ、ヴェリ姉様。ここでエナジードレインを使ってしまえば台無しになる。それに、この距離にいる私もタダじゃすまなくなる」

「――ええ、そうね。人間たちはともかく貴女まで巻き込んでしまうところだったわ。止めてくれてありがとう、ユーディア」

「いいのよ、姉様の役に立つために私はここにいるんだもの」

「ふふ、可愛い子」


 手を伸ばせば、びくりと震え顔を俯かせるユーディア。

 しかしヴェリドットはそんな彼女の首から肩を優しく撫でてやる。

 愛でるようにその柔肌の感触を楽しみ――いつ食らって(・・・・)やろうか(・・・・)と思案する。


 吸血鬼が吸血鬼の血を吸うことは、単なる食事とは意味合いが異なる。同族の血を吸う行為は、相手の能力を食らい我が物へと簒奪する同族殺しの秘儀である。しかしこれには条件があって、格上の者が格下を吸うことは可能でもその逆は不可能。そして同じ格――例えば真祖同士であったなら、相手の『許可』なくしては吸血を行えないのだ。


 ヴェリドットは吸心鬼などと自称しているが種族そのものが変容したわけではなく、彼女の分類は吸血鬼のままである。真祖であるヴェリドットが真祖であるユーディアを食らうには許可が必要となるはずだが、だが種族こそ元のままでも現在の両者には隔絶した力関係がある。


 故に、妹の血を啜ることはいつだってできるのだ――否。『暴化の種』によって進化と言えるほどに力をつけた彼女は、もはや吸血するまでもなく、それこそ今のように頭に触れているだけでその身を吸いつくすことだって可能だろう。


 何も知らず粛々と自分に付き従うユーディアを、家畜を愛おしむような感覚でヴェリドットは可愛がっていた。


 既に魅了済みであるはずの妹が俯いたまま悲痛な顔を見せていることにも気付かずに、彼女を撫で続けて――そこに一陣の風が吹いた。


 ユーディアから放した手で揺れるハニーブロンドの髪を押さえつけ、ヴェリドットは風に対し問いかける。


「あらあら、姉妹の団欒を邪魔するなんてひどく無粋ねえ。今度はどちら様なのかしら?」


「――ご主人様を、どこにやった!!!」

 吸血鬼姉妹の見つめる先で赤い炎風が猛る。


 ご主人様の意味が分からず首を傾げたヴェリドットの横で、ユーディアが闖入者の名を呼んだ。


「クータ……」

「……ああ、そういえばさっきナインの後ろに引っ付いていた子ね。そう、貴女は彼女の下僕ということ。つまりは仇討ちに来たと、そういうことなのね」


「仇討ち……!? 訂正しろ! ご主人様は、おまえなんかに負けたりしない!」


「あっはは! そう思いたければ思っていなさい。どうせ貴女も同じ道を辿るのよ。さあユーディア、姉さんはまた少し遊ぶから、貴女は離れていなさいな」

「でも、姉様……」

「いいから。他にもナインにはお仲間がいるかもでしょう? 今の内に貴女が探し出しておきなさいな。このクータって子を楽しんだら、私もすぐに行くから」


 新しい玩具を手に入れた子供のようにどこまでも無邪気に、どこまでも残酷に笑う姉に。

 妹はただ頷いて同意を示すだけだった。

 静々と――まるで己が意を殺すように、淡々と。

 音もなく泣いている彼女の心に、姉が気付くことはない。


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