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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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67 曇り空の下で

 曇天、分厚い雲の下で。

 アニマルランド『キングビースト』の敷地内をとうに抜けて、ナインは民家の屋根伝いに駆けていく。それに僅かに先行するようにして飛んでいるのはヴェリドット・ラマニアナ。


 ナインは歯を剥いて相手を睨み追い、ヴェリドットは挑発するような笑みを絶やさないままひらひらと翼を動かす。


 空中を自在に飛び回る敵が相手でも、ナインは一歩も引けを取っていなかった。建造物の屋根や側面を跳ねて、まるでピンボールのようにヴェリドットへ食らいつく。


 もっとも、天高くまで高度を上げられてしまえばこの戦法も通じなくなってしまうのだが。まさかヴェリドットがそのことに気付いていないはずもないが、今のところ彼女に逃げるという選択肢はないようだった。かと言って逆に、追いすがってくるナインを積極的に始末しようという意思すらも見せずにいるヴェリドットは、だからこそ余裕の笑みを浮かべているのだ。


 それは何故か。


 悪戦苦闘するナインを観賞するのが、楽しくて可笑しくて仕方ないからだ。


 彼女は愉悦に満ちている。


「あははは! こんなに命中してまだ元気いっぱいだなんて、貴女も随分と化け物じみているようね。だったら――ほぅらほら、すぐに次の分をプレゼントするわよ?」


 ヴェリドットからの揶揄うような事前通告に、ナインは盛大に顔を顰めた。


「またかよ……! 馬鹿のひとつ覚えみてーに!」

「喋っている暇はないんじゃないかしら。貴女が頑張らないと文字通り『血の雨』が降ることになるのだから――『ブラッディ・レイン』」

「くそったれ!」


 魔力で作られた血の弾丸をナインは――自ら受けにいった。理由は単純、そうしなければ他人が死ぬから。


「ぐぅあ!」


 ここは街中、当然の通りには人がいる。そんな場所で拡散する弾丸が空から降ってきたりすればどんな惨状が出来上がるかなど想像するまでもない。


 ナインがそれを良しとするはずもなく、ヴェリドットはそれを承知しているからこそ敢えてナインを狙うのではなく明後日の方へ目掛けてブラッディ・レインを放っていた。より人が多くいる場所を狙って――そのたびにナインは射線に身を晒し、自らの肉体で弾丸を食い止めているのだ。


「あっはは! いつまでその献身が続くのかしらね!?」


「このっ……悪趣味な奴が!」


 宙で強かに撃たれたナインだが、聖冠戦で身に着けた重心移動で体勢を立て直し、家屋の壁を蹴ってヴェリドットのいる上空へと躍り上がった。勢いのままに蹴りつけるが、予備動作が大きすぎる彼女の攻撃はなかなかヒットにつながらない。


「ちょこまか避けやがって……っ」

「不満に思うなら貴女も躱せばいいのではなくて?」

「うざってえな――性格ブスが!」


 ナインの苛立ちも無理はない。いいようにやられている自覚もそうだが、それよりも血の銃弾全てを防いでいない、防ぐことができない状況への憤りがあった。


 散弾銃のような軌道を描くブラッディ・レインは当然距離が開けば開くほど着弾範囲が広がる仕様になっている。つまり空から放たれたならば、地上の広範囲がその攻撃圏内となってしまうのだ。そうなれば身ひとつでの迎撃は不可能。なのでナインは発射直後、まだ銃弾が広がり切らないうちに自ら当たりに行くことで凶悪な血雨を食い止めているのだ。


 とはいえナインの体は小さく、如何に素早く身を晒したところで全射線をその身で塞ぐことは叶わなかった。必ず漏れはあるのだ。そして漏れた銃弾は、それだけ街の被害と相成る。一発でも舗装道を容易く罅割る銃弾。人に直撃すれば、否、掠っただけでもどうなるか――もはや語るに及ばず。


 娯楽都市故の賑わいなのか、どこであっても天気の悪さなど感じさせないほどに人通りが絶えない。


 それはヴェリドットにとっては利用すべき『盾』が尽きないということであり、ナインにとっては戦闘における『足枷』が大量に嵌められているということでもある。


 一刻も早くヴェリドットを止めねばと焦るナイン。気が逸るのとは裏腹に、その身体はどんどん重くなっていくようだった。攻撃を食らいすぎたか? 怪我らしい怪我こそ負っていないが、ダメージは蓄積している。慣れない戦い方をしているせいで疲労もあるだろうし、何より戦いつつも周囲の人々を守らねばならない精神的負担も大きいだろう。


 だから拳の勢いが弱まっているのだ――と。


 ナインが自己分析する様を、空中で制止したヴェリドットがニヤニヤと眺めていた。

 美しくも厭らしい、他の存在すべてを見下すような笑みで。


「……何がおかしい」

「いーえ、別に? ただ貴女の無駄な努力が愛おしくって、つい笑ってしまうのよ」

「無駄だって? 確かにお前には好き放題させちまってるが、調子に乗るのもここまでだぜ。いい加減うんざりなんだ、ここからは殺す気でいかせてもらう」

「ふふ――凄んでみせたって無駄よ、無駄。だって貴女、お優しくって、てんで甘くて、すごく馬鹿なんですもの」


 なんだと、と気色ばむナインに一際侮蔑の籠った笑みを向けて、ヴェリドットはおもむろに横の家屋から伸びた煙突を掴み折った。

 フォークやナイフ以上の重さを持てそうに見えないほど細くしなやかなその腕は、奇怪なまでの握力を発揮できるようだった。


「貴女は愚か。とても愚かよ。どう愚かなのかと言えば、例えばこんな風に――ね!」


 振りかぶり、投擲。

 てっきり自分へ向けて投げつけてくるのだと身構えたナインだったが、まったく見当違いの方向へ放られた煙突に目を丸くし……その先を視界に収めたことで瞬時に屋根を蹴った。


 建物の二階、テラス状になったバルコニーに佇む人影。

 それは女性で、胸に赤ん坊を抱えているようだ。

 煙突は彼女たちに向けて真っ直ぐ飛んでいく。


「こんのっ……!」


 どこまでも悪辣な真似をするヴェリドットへ背を向けながら全速力で駆け、バルコニーを目指す。

 敵に無防備を晒す防御度外視の行動ではあるが、先ほどからやっていることと何ら変わりはない。


 撃つなら撃てと開き直った思考で急ぐナインに、意外にも追撃は来なかった。間違ってもその事実に感謝などしないが、どうにか投擲物よりも早く彼女たちのもとへ到着。かなりの速度で飛来するそれの破片を撒き散らさぬよう苦心しながらキャッチし、なるべく優しく下へ落とす。


 人のいない場所で砕け折れた煙突を確認してからナインは後ろの女性を気遣った。


「怖い思いさせてすみませんけど、今すぐに建物の中へ入って――え?」


 守ったはずの女性はいやにぐったりとしている。

 煙突に突っ込まれずに済んで気が抜けたのかとも思ったが、顔色が極端に悪い。呼吸が苦しそうだ。


 彼女は欄干にもたれかかるようにしていたが、ついには立つこともままならずずるずると上体を滑らせていく。


「お、おいお姉さん。どうしたんだ?」


 このままじゃ赤ん坊が危ない、と女性の身体を支えたナインは、ハッとさせられた。


 やけに静かな赤ん坊。

 眠っているようにも見えたが、そうじゃない。この子は息をしていない――死んでいる(・・・・・)。元から? いや、違う。この生気の残り香を漂わせる気配は、つい先ほどまで赤ん坊が生きていたことの証だ。ではどうして命を落としたのだ? 煙突からは守った、外傷だって見受けられない。なのに何故? この母親も妙だ、どんどんと呼気を荒げている。なす術もないナインの手の内で、みるみる血の気が失せ、肌が土気色に変わっていく。支えられてもなお耐え切れないとばかりに沈み込み、とても体が重そうに――体が重そうに?


 自分も同じだとナインは気付いた。


 酷く肉体が重く、鈍い。

 これでもかという疲労を感じる。

 こんなことはこの体になってから初めてのことだった。


「惚けた貴女もこれでようやくお目覚めかしらぁ? それならこの下をよく見てみるといいわ。貴女のその目でしっかりと確かめなさいな」


 背後から声がかかる。女性を床に下ろしたナインは、ヴェリドットの言葉に従って視線を彷徨わせた。眼下に見える人々はそれなりにいる。ただ通りを歩くだけの者、落ちてきた煙突へ近寄る者、興味深そうに宙に浮くヴェリドットの姿を指差す者――様々な人がいて、それぞれが思う通りの行動を取って……そして一様に苦しみだした。


 足元の女性と同じく、顔色を悪くさせ荒い息を吐き、そして座り込む。

 手足を投げ出すように地に沈む。

 あっという間に動かなくなる。


「なんだ、これ……お前、何してやがる? なあ、おい……何をしてやがるって聞いてんだよ!」

「貴女に起きていることと同じよ。『エナジードレイン』。それが私の能力……」


 エナジードレイン? とナインはオウム返しに呟く。ついにぴくりともしなくなった女性。これはやはりヴェリドットの仕業であると知って、怒りがより強くなる。


 しかし、もっと強い感情は――己に対する不甲斐なさ。


「発動中は私の近くにいるだけでエネルギー、つまり精力や体力、生命力といった生物の生きる力そのものが吸い取られるということよ。近づけば近づくほどそのスピードも速くなるわ、直接触れたならもっとね……でも人間にとってはそこらへんにいるだけでも十分に致命傷になってしまうようね。その点貴女は流石だわ。無謀にも私に挑もうとするだけあって、ずっと傍にいるのにまだ動けるエネルギーが残っているんですもの。……あは、けれどそろそろ体の不調も無視できなくなってきたんじゃないかしら? 吸い取られていると自覚したなら尚更ね。お分かりかしら? 貴女から減った分のエネルギーは、漏らさずこの私のものとなっているのよ。その意味が――ふふ、これ以上の説明は必要ないわよねぇ?」


 くすりと笑い。

 ぎちりと歯が鳴る。


 重く厚い雲が彼女らの頭上を覆っていた。


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