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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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66 瞳の奥に覗く者

短めですがキリがいいので

「…………」


 ナインは何を言うでもなく静かに入室し、中の男――シルニコフへ近づいていった。それに伴って彼もまたかけていた椅子から立ち上がり、まるで歓迎するような仕草と笑みを見せる。


「小さなレディ、私に何かようかい?」


「なるほどな……」


 少々芝居じみているがまともな問い、言葉遣い。

 応対の仕方に特に不審な点はない。

 だが、しかし。


 ナインは部屋の半ばで立ち止まって、目を細めた。


 最初に気になったのは、シルニコフの体から立ち込める、むせ返るような臭気であった。まるで何日も風呂に入っていないような臭いがする。いや、「ような」ではなくおそらく彼は本当に入浴を欠かしているのだろう。


 そう思って観察してみれば、色々と目に付くことがある。


 髪は撫でつけるようにセットされているが脂ぎっている。

 肌は色味が悪く荒れている。

 濃い隈はしばらくまともに眠っていない証であり、頬のこけ方からして食事すらもきちんと取っていないのが伺える。


 これは部下が不安がるはずだ、とナインは納得する。商売敵であるロパロへ救いを求めるのも無理はない。元のシルニコフを知らないナインでさえもこれでは心配になる……それは健康面だけの話ではない。


 ナインが最も目を引かれたのは身だしなみより何より、彼の瞳だ。


 眼窩が不健康に窪んでいることや、ひどく血走って充血している点など、気がかりなところは多々あれど――やはり一番は、その目の無機質具合。


 ――これではまるでガラス玉ではないか。


 確かに視点はこちらに向いているが見てはいない。ただ映しているだけだ。意味もなく眺めているだけ。言動も一見それらしい行動を取っているだけでそこに彼の意思は存在していないのだと、その目を見れば分かってしまった。


(空っぽだ。……彼はもうどこにもいない)


 手遅れだと、分かってしまった。


 これは糸のついた人形で、もはや生きていない。


 好きに操られているだけだ――ならば手繰る糸の先には誰がいる?


 沸々と怒りが湧き起こる。人の命を我が物顔で弄ぶ狼藉者への不快感と嫌悪感。これを生命に対する冒涜だと受け取ったナインは、もう一度シルニコフの両の眼を見つめる。意思なき瞳と目を合わせる。――何かが見えてくる。それは彼とは無関係のものだ。意識と無意識の狭間を揺蕩うような空白の場所、そこに繋がる一本の線。何かに通じている。これは何だ? 目を凝らす。よく見る。彼の奥にいる何か、得体の知れない黒い影の形は――



「――みつけた(・・・・)



 何者かの息を呑む気配が伝わってきた。向こうもこちらを見ていたのだ。シルニコフの目を通じて監視カメラ代わりにナインの様子を探っていた。しかし、それが仇となった。見られていることに気付いたばかりか、ナインは朧げな視線の気配を辿って逆探知までしてみせた。


「上に居やがるなッ、糞野郎が!」


 そう見抜いた瞬間にナインは天井に向かって跳躍。ここが室内であることなど気にも留めずに全力で跳び上がり、2フロア分をぶち抜いて建物の最上階に突っ込んでいく。


「なっ……!?」


 床を砕きながら登場したナインに驚く――ハニーブロンドの髪をした、背筋が凍り付くほど美しい女性。忌々し気にナインを見るその顔つきは剣呑なものだが、それでも損なわれない妖しさと艶めかしさがそこにはあった。


「驚いたわね……まさかこんな形で露見するとは思いもしなかったわ。貴女、何者? 同族じゃあなさそうだけど、人間でもないわよね。どうして私の邪魔をするのかしら……これじゃあせっかくの準備が台無しじゃないの」


「俺が何者かなんて関係あるのか? これから潰されるだけのお前に」


「あはは! 言うじゃない。私はいったい誰に潰されてしまうというの――ひょっとして、貴女に? ふふ……お嬢ちゃんにそれができて?」


「やってやるさ。こんな近場に潜んでいた自分の迂闊さを呪うんだな……この胸糞悪い所業の落とし前はつけさせてもらうぜ」


「あらあら、勘違いも甚だしい。私に向かって利けた口じゃないわよお嬢ちゃん。その態度、きっとこれから酷く後悔することになるわ」

「ほざけ!」


 爆音とともに部屋の壁が吹き飛ぶ。ナインの殴打が炸裂弾の如く破壊をもたらすが、瓦礫に紛れるように外へ飛び出したその女の身体には傷ひとつついてはいなかった。


 その背には、蝙蝠のそれによく似た翼。


「ちいっ、空を飛べるのか……!」


 軽やかに宙を舞う女を見上げるナインへ、歌うような声が届いた。


「私の名はヴェリドット・ラマニアナ。貴女のお名前はなあに?」

「好きに呼べばいい――てめえなんかに名乗ってやる義理はないんでね!」

「あら、つれない……それじゃあ私、傷付いちゃうわね。だからこれはそのお返し――『ブラッディ・レイン』」


 ヴェリドットの周囲に赤い球体状の何かが出現、した次の瞬間には高速で降り注いできた。雨のように隙間なく、銃弾のような勢いで迫る赤い液体をナインは咄嗟に躱しきれなかった。


 小さいがかなりの威力で落ちてくるそれ――血弾は単体ではナインにダメージらしいものこそ与えなかったが周囲への被害は甚大であった。

 崩れかけの壁も床もまとめて叩き、最上階部分は崩落を始めてしまう。


「ぐうっ、こいつ!」

「あはははは! 追ってきなさいな、貴女にその気があるのなら!」


 落下するナインを見下しながら、ヴェリドットは優雅に翼をはためかせ遠ざかっていく。急ぐのではなくあくまで踊るような緩やかさで去り行くその姿に、ナインは歯噛みする。


 着地と同時、階下から上がってきたクータの声がかけられた。


「ご主人様、だいじょうぶ!?」

「ああ、俺は何ともないよ。お前たちは?」

「ご主人様が上に行ったらいきなりあの男が暴れ出して……」

「どうしたんだ」

「部屋にあった鞭で縛ってるよ」


「そうか……うん、それでいい。俺のほうは犯人を見つけたよ。ただ思ったよりも大事になっちまった、クータと青蛇は眠らせた人たちも一緒に従業員らを避難させておいてくれ。もしかしたらここももっと崩れるかもしれないし、シルニコフさんが妙な奴に操られていたことも説明しないといけない。近くにいるはずのエイミーやグッドマーさんも騒ぎを聞きつけてくるだろうから、彼女たちと協力してくれ」


 矢継ぎ早に下される指示を聞き漏らさぬようにうんうんと頷きながら、クータはその中に含まれていない人物について訊ねた。


「――ご主人様は、ご主人様はどうするの?」

「決まってる。犯人を追っかけて、この手でとっ捕まえる。奴さんからのお誘いもあることだしな」


 それだけを言い残し、ナインはクータの制止も聞かずに開いた壁から飛び出していった。


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