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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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64 誰が駒鳥を逃がしたか

 主要都市として挙げられる五大都市の一角にして随一の広さを誇るリブレライトには、当然その面積に見合った数多くの建造物があるが、その中でも一際大きく立派な建物が『治安維持局』である。


 大勢の人間が日夜働く空間、そのとある一室において、ふたつの人影があった。その部屋には窓がなく、扉ではなく鉄格子がかかり、非常に簡素で見る者に寒々しさすら覚えさせる造りになっている。

 それもそのはず、部屋は独房であるからして、幽囚こそを目的としたものなのだから。


 しかしてそんな独房の中にいるのは囚われ人にあらず、むしろ捕らえる側の人物たち――明るい茶色の頭髪をした少女リュウシィと、彼女の部下である秘書然とした女性アウロネの二名だ。


 上下関係はあってもそれなり以上に親密な仲である二人だが、今はどちらの表情にも陰りが見えた。


「なんと、まあ。失態としか言いようがないな」


 固く厳しい声音で呟かれた言葉に、アウロネは「申し訳ございません」と粛々と頭を下げた。


「発見が遅れてしまったこと、申し開きのしようもありません」


「アウロネが謝ることじゃない。君がリブレライトを離れていたのは私の指示なんだし、戻ってきてすぐに、それこそ見回りの看守よりも早く『脱獄』に気が付いたんだ。褒められこそすれ責められる謂れはないだろう。だから、失態というのは私のことだよ」


 この独房には元々とある人物が幽閉されていた。その名をキャンディナといって、既に壊滅した組織である『暗黒座会』において十二座と呼ばれる幹部の地位についていた短刀使いの女だ。


 以前にも脱走を試みた彼女はその際に片腕を失くしたうえでより厳重なこの地下独房に移されたというのに、それがもぬけの殻になっている。治安維持局がおめおめと囚人を逃がしてしまったことに、そこのトップとしてリュウシィが重苦しい顔になるのも無理はないだろう。


「脱走に際し、無味無臭の気配消しが使用された痕跡があります。辿ったところ脱走というよりも『侵入』に使われたと言ったほうが適切なようですが」


「つまり協力者が現れたってわけだ」


 キャンディナと共に逃げた何者かは治安維持局の敷地内へ忍び込むために何かを用意していたらしい。どうやら通常なら誰であっても気付くことの困難な、超高度な気配の隠匿が行われたようだが――アウロネの嗅覚はそういった手合いにこそより鋭敏になる。彼女の鼻は『気配を消した匂い』特有の香りを逃しはしなかった。


 漂う残り香を追って判明したのは、賊がキャンディナを連れ去ったらしいということと、もうひとつはその侵入経路について。


「まさか堂々と正面玄関から(・・・・・・・・・)入ってまたそこ(・・・・・・・)から出ていく(・・・・・・)とは、ね。舐められたものだ……と怒りたいところだけど実際そうやって侵入にも脱出にも成功しているんじゃ、何も言えないか」


「すぐに外部まで匂いを追いましたが、繁華街へ差し掛かった辺りで完全に消えていました。追跡は不可能です」


 香りを辿って追いつくことを諦めたアウロネはキャンディナの人相を知らされている諜報部を動かしリブレライト中を捜索させているところだ――が、街の表からも裏からも有力な情報は一向に出てこない。


 まったく進展なしのまま、この時点で既に丸一日以上も調査が続いていた。


「この建物は一階までなら市民に開け放っていて、誰だって入れるようにしている。リブレライト治安維持局はオープンさが売りだからね。ただしそれも一階部分だけだ。二階以上や地下に関しては常にセンサーが作動しているし、副局長の綿密な感知網も敷かれているんだ。それらを掻い潜って、しかも『リプレイ』の対策までしていたとなると……間違ってもそこらのチンピラにできる芸当じゃあないね」


 リプレイとは治安維持局に限らず大組織が好んで建物内に仕込むもので、特定の条件下でのみその場所で「過去に何が起こったか」を映像として再現する類いの魔法や術の総称である。


 しかしそれも万全ではなく、解法の術も少なからず存在している。


 無論そのどれもが容易な手段ではなく、対策は決して言うほど簡単ではないのだが――だからこそある推論が成り立つ。


「そういった手段を用意できるということは、他の闇組織の手引きがあったのでしょうか。ただ、それでも妙ですね。暗黒座会は極端に横の線を持たない組織でしたから、どのグループにしても敗残兵の脱走に協力するような関係性が構築されていたとは考えにくいのですが」


「その点や諜報員たちが情報を得られてないことからして、侵入者はたぶん単独犯だろうと睨んでいるよ。大勢で動けばそれだけ足もつきやすくなるし、素早さも鈍る。今回の相手はそういったことに無縁のようだから……他に仲間がいてもせいぜい一人か二人だろうね。そこにキャンディナも加わったのか、それとも別の何かに利用するつもりなのか、そこまでは分からないが」


「組織ではなく個人の仕業であると?」


「まず間違いなくね。これに関しては副局長も同じ見解だったよ。……大体、暗黒座会の幅の利かせ方にも疑問があったんだ。急激に収益を上げて肥大化し、この街の裏社会でも一躍トップクラスの組織になったけど、あのオードリュスという男は悪党ではあったが決して大物なんかじゃなかった。あいつにお似合いだったのは精々が大組織の傘下にある中部組織の長くらいのもので、そもそも大勢の部下を持つには分不相応だったんだよ。じゃあ誰が奴をその位にまで押し上げたのか? ……イカれた(・・・・)出資者(・・・)がいたってことだろうね。残された帳簿にもそれらしい影は見えなかったけれど――つまりはそういった記録も残らない頃、オードリュスがまだ人も金も碌に持っていなかった初期も初期、一番初めに投資してやった奇妙で奇矯な奴が。それも小悪党如きに七聖具まで譲るような、特大にふざけた大馬鹿野郎がね」


「まさか、その投資者こそが……?」

「可能性は、ある。現状での最有力容疑者ってだけのことだが」


 下手に枝葉が広がらない暗黒座会であったからこそ、容疑者として浮かび上がる人物は限りなく少ない――否、ゼロに等しい。本来であればフーダニットに頭を悩ませるところだがリュウシィはその直感で敵の正体にかなり近づいている自信があった。


 では問題となるのはホワイダニット、その出資者が何の目的でキャンディナを攫ったかということだ。


「今更暗黒座会の何を知りたい? 何を得たい? どうしてキャンディナを必要としたのか――そこが全く見えてこなくて、気持ちが悪いね」


「……リュウシィ様の推理で、たった今私の中にひとつの懸念が浮かびました」


「なんだいアウロネ。今はどんな意見でも遠慮せずに言ってくれていい、その懸念ってのはいったいなんだ?」


「はい。キャンディナが持っている知識の中には、暗黒座会だけでなくナイン様についても含まれます」


「――! なに、いや、それは考えにくい、はずだ。キャンディナは確かにナインと交戦経験のある唯一の生き残りではある。けれど、知っていることと言えばナインが恐ろしく強いってことだけで、そんなのは大した情報じゃない……」


 ナインの存在を大っぴらに明かすことこそしていないものの、何度も仕事を手伝わせるうちに自然と彼女を目にする者は増えていっていた。彼女の活躍が毎度派手なことと、とある居酒屋宿で看板娘として評判を集めていたことからリブレライトでの知名度はそこそこあった。


 要するに、目にする機会も耳にする機会も用意されている以上、彼女へ並々ならぬ興味を持つ者が出てきても不思議ではないのだ。そこを考慮して七聖具蒐集官オイニー・ドレチドの手が伸びないうちにと急かすような形でエルトナーゼへ送ったのだが……。


 暗黒座会、七聖具、そしてキャンディナ。

 今や謎の出資者とナインを結ぶ共通項はこんなにもある。

 ひとつひとつは関係しているとも言えないような薄い繋がりだが、それが三つも重なるとなれば、もはや無関係とは言い難い。


 まさかとは思いつつも嫌な想像を振り払えず、リュウシィは善は急げとばかりに命令を下す。


「アウロネ、今すぐナインの元職場――『ドマッキの酒場』へ向かってくれ。ナインについて知りたがる客の中に、一風変わった妙な奴が来ていなかったか確認を頼む」

「了解しました、直ちに」


 下された指示を実行するべくアウロネが姿を消し、一人その場に残されたリュウシィ。


 二日前には確実にまだキャンディナはここに入れられていた。だというのに今は影も形もない。悔しさや苛立ちをない交ぜにしたような感情が膨らむ。険しい目付きで部屋を眺めれば、やはり目に付くのは――虜囚を閉じ込めていたはずの鉄格子が無残に切り裂かれ、その役目を果たせなくなっているところか。


「しかしこの切り口……いやに滑らかだ。綺麗すぎるくらいに」


 指先で格子が断ち切られた箇所をなぞる。

 飴細工に熱した刃を通したような鮮やかな切断面。

 敵は音もなく気配もなく、地下独房の頑丈な檻をいともたやすく切り開いたことになる。


「魔力の残滓はまったくない。敵は魔法使いではない……? 少なくともキャンディナを連れ出す場面では魔法を使っていない。純粋な肉体技能か、もしくは魔力を介さない特別なアイテムか。そんなことが可能な相手となるとますます面倒だな。まったく何者なんだかな……」


 場合によってはナインへ警告せねばならないだろう。

 ただでさえ聖冠にかかずらっている彼女へ余計な負担はかけたくないのだが、第二の危険が迫っているようなら背に腹は代えられない。


「叶うことなら私の手の内で解決したいところだが、さて……」


 キャンディナの脱獄を隠蔽するか公開するか、明かすにしてもどこまでに留めておくべきか。リュウシィの脳内でリスクとリターンの天秤が傾き始めた。


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