62 常識と無知の摩擦
この土日は投稿数が少なくなる上に時間もいつもとズレると思います。
平にご容赦を!
「こんなところにいたの。探したわよフットマン」
それはピカレやロパロとは対照的で、背の低い女性だった。クータやエイミーとそう変わらないような背丈で、顔立ちにも幼いところがあるのでややもすると子供のようにも見える……だがその独特の雰囲気は彼女が成人を迎えている大人の女であることを明確に伝えてくる。
高価そうな質のいい洋服にばっちりとセットされた髪。そして鋭い目付きでまるで睨むようにしてくる彼女からはどこか威圧感のようなものも感じられる。が、話し方が平坦なことから特に機嫌を悪くしているわけでもなさそうだ。どうもこれが彼女の素であるらしい。
というのをよく承知しているからか、ロパロは怯む様子もなく満面の笑みを浮かべた。
「やあ、よく来てくれたね、ロック。丁度君の話を出していたところなんだよ。こんな場所で悪いけど、早速調査結果を聞かせてくれるかな」
「……ここでいいのかしら?」
そう訊ねたのは暗に人が多すぎるのではないか、という確認をするためだろう。彼女からしてみれば「依頼主」であるロパロを除けば他の面子は全て部外者であるからそれも当然のことだ。
しかしロパロは一考することもせずに「構わない」と返事をした。
「どんな報告になっても、ここにいるみんなに聞いてもらいたいからね。彼女たちは今回の件で私が相談に乗ってもらっているメンバーだよ」
「ふうん……。私としては、あまり気持ちのいいものではないわね。エイミーやそこの子供たちはともかく、グッドマーがいるのが気に食わないわ。私への依頼はそいつが話を断ったから、とでも言うつもりじゃないでしょうね」
不愉快そうに唇を曲げる彼女へ、ロパロが弁明しようとする――その前に口を開いたのはこちらも話題の矢面と言えるグッドマーであった。
「おやおや、やけに噛み付いてくるじゃないかロック嬢。私は君を怒らせるようなことをしてしまったのかな? あいにくとそれらしい覚えはないんだが」
「ここで仕事をしていたら嫌でもあんたの名前が聞こえてきて耳障りなのよ。客の取り合いもそうだし、あんたがそれに無自覚なのも腹が立つ。何よりその呼び方。年上に対する礼儀を身に着けろと何度言えば覚えてくれるのかしらね……実力行使に出たって私は構わないわよ?」
彼女のほうがグッドマーより年齢が上であることに衝撃を受けたナイン……だがそれよりも注目すべきは、そんな彼女が情報屋であるグッドマーと客層が被るような仕事をしているという点だろう。
「ナインくんとクータくんにも紹介しておこう、彼女はピナ・エナ・ロック嬢。なんでも見通す審眼の持ち主で、我らが人生の先輩でもある。一応は敬ってあげてくれ」
「そういうところよグッドマー。三度目の忠告には痛みが伴うと思いなさい」
怖いな、と言いつつもグッドマーは口笛でも吹きそうな呑気さだ。
どうして好んで人を煽るような真似をするのかナインにはさっぱり理解できないが、今はそんなことよりも――審眼、という新しく聞く単語に興味を引かれた。
「すいません、その審眼っていうのはなんなんでしょうか」
「ああ、知らないのか。そうだね、端的に言うなら秘密を見抜く眼、かな。そう理解しておけばいい。特に彼女の『審秘眼』は優れものでね、どんな相手でも秘匿された真実を詳らかにする恐ろしい代物さ」
「私はまさにそのためにロックへお願いしたんだよ」とロパロが勢い込んで言う。「最近の無茶はシルニコフが自分の意思でやっているんじゃなく、他の誰かに洗脳されている結果なのかもしれないと思ったんだ」
「洗脳?!」
いきなり突飛な話になったと感じたナインだが、冗談を言っているようには思えず、どういうことかと問いかける。
「なんで急に洗脳だのってことになるんです?」
「ナインくん。大きな責任を負う立場に就く者は常にそういった事態への警戒を怠らないものだよ。専用の護符や魔石であったり、プロテクトの魔法をかけたりと、『自分が操られる』ことを未然に防ぐべく手を抜かない。それはロパロも同じだ、そうだろう?」
「もちろんだよ。多くのものを動かせる地位にいるということは、それだけ他者に狙われやすくもあるからね。もしもこの体が第三者の好きにされるようなことがあったら大変なことになる。だからこそ第一にシルニコフが操られているのではないか、と私は疑った。あいつの備えを突破して好き放題をしている何者かが裏に潜んでいるのでは、とね。それを見抜いてもらうためにロックを雇った。彼女の眼でシルニコフを視てもらったんだ」
そこまで言われればナインも何となく飲み込むことができた。
なるほど、さすがは異世界。人が変わったという表現がそのままの意味で使われることもあるわけだ。
確かに洗脳というのは姿形が変わらないまま言動だけを操られている以上、対象に近しい人物でもそうと気付くのは困難で、そういう意味では単なる暴力などよりもよっぽど危険な力であるだろう。責任ある立場の者が気を付けるというのも頷ける話だ。
そういった話をする機会はなかったが、きっとリュウシィなども彼女なりの対策をしているのだろう。
「一見ではそうと分からない洗脳。でもロックさんにはそれが通じない、と?」
「ああ、彼女に見抜けない真相はないからね――ということで、聞かせてくれ。シルニコフは今、どういう状態なんだ? あいつをその眼で視てきたんだろう?」
「ええ、ばっちりとね。彼は今――」
ごくり、とロパロが喉を鳴らす。全員の視線を集めながらピナは診断を下した。
「――まったくのフラット。洗脳状態にはないわ。つまり彼は自分の意思で行動している、ということね」
「そんな……」
ロパロは複雑な表情をした。それはきっとライバルが何者かの魔の手に落ちていないことへの安心と、だとすれば周囲の者を怖がらせるほどの暴挙に出ているのはどういうことなのかと疑問に思う不安とが鬩ぎ合っている表情だ。
「なんだ、結局は違うのか。中々いい線をいってるんじゃないかと思ったがな」
「ふむ。私もその線が怪しいと睨んでいたんだが、ロック嬢が言うなら間違いないだろうね」
「だからその呼び方……はあ、もういいわ。ええ、シルニコフが妙なことをしているのならそれは他に原因があるんでしょう。少なくとも彼を操る第三者は存在しないのだから」
「そうか……いや、ありがとうロック。それが分かっただけでも進歩だ。それを踏まえたうえで、もう一度私たちで真相を考えてみよう――」
「あの、待ってもらいたいんですが」
知り合い四人組で交わされる会話に割り込んだのは他の誰でもない、新参者ナインである。
彼女はピナの断言にも、それをそのまま受け入れる彼女たちにもあまり納得がいっていなかった。
「誤解せずに意見を聞いてもらいたいんですが……ロックさんの眼は凄いものなのかもしれないですけど、本当にそれだけで判断してしまってもいいものでしょうか? 別にロックさんの見識を疑おうってんじゃありません。ただ、色んな手段で身を守っても洗脳されることがあるように、ロックさんの眼すらも欺く術があるのかもしれない。門外漢の俺としては、そんな風に思えてしまって」
「いや、ナイン。確かにロックの審秘眼を知らなかった貴様が疑問に思うのももっともだろうが、その疑念は的外れと言わざるを得んな。何せロックの瞳は、真祖の吸血鬼の魅了すら見抜いてしまうのだから」
――吸血種族は多種多様だが、そのどれもが人間にとっては大いなる脅威に他ならない。
吸血大虫や吸血熊など人命を脅かす魔物の名を上げれば枚挙に暇がないほどだが、その中でも吸血鬼はやはり危険度、知名度ともに別格の存在である。
特に真祖ともなれば陽の光の下でも活動可能で、魅了による高度洗脳で人間を意のままに操ることすらできる。真祖にひとたび傀儡にされてしまえば通常の手段では発覚も治療も困難となる。
吸血鬼が過度に人々から恐れられているのには、単純な力や、血を啜る様が人に根源的恐怖を抱かせるのと同じく、人が形成する社会に与える脅威度が高いというのも理由となっている――
と、いうようなことを丁寧にエイミーから教えられたナインだが、彼女の知っている真祖がユーディアという強いには強いがそれ以上に尊大で喧しいというイメージが拭えない少女であったために、いまいち同意しがたい。
それに吸血種族がどうとか高度洗脳がどうとか言われてもナインにはさっぱり分からない。彼女には異世界における知識も常識も欠けていて、自身のモラルとのギャップにいつも頭を悩ませているのだ――が、しかし。
「じゃあ、その真祖よりも高度な洗脳をする相手だったりしたら、どうなんだ」
「はっ、そんなものが存在しているのなら確かに大問題だな。だがそれも杞憂だ、真祖を上回るような奴がいたらそれはモンスターにしろ人間にしろ、化け物もいいところだ。そんな奴がいるとすれば、とっくに人間の街など滅びつくしているだろう」
「うーん……?」
今までいなかったからといってこれからも現れないとは限らないのではないか……と言いかけたがやめる。ここで言葉を尽くしてもあまり意味はないようだと悟ったナイン。
――悩みの種でもある周囲との埋めがたい溝。それが今回に限っては良い方向に作用したと言えるだろう。
余りにも無知であるが故に固定観念に捕らわれなかったナインは、ここであることを思いついた。
議論するよりもよほど手っ取り早い方法を。